Chapter 1-2 サム・パンダ


この黒人青年の描写は、次のようになっています。

ジャック・オーブリーを二十歳若くして、肉を数ストーンそぎ落とし、黒檀色に磨き上げたらかくもあらん…ジャックの長い黄色い髪に対してこの若者の髪は短く黒い巻毛だし、鼻梁はあまり高くないが、それでもよく似ている。全体的な雰囲気や印象も、歩き方も同じだった。礼儀正しく控えめにスティーブンを見つめながら背を屈め、首を傾けている仕草さえそっくりだ。

初めて読んだ時から(つまり、もう2年以上になりますが)時々、この子の顔を頭の中にビジュアライズしようと努力しているのですが、イマイチうまく浮かびません。ジャック・オーブリーそっくりの若い黒人。ラッセル・クロウを黒人にした顔…真面目でハンサムで…などと考えていると、なぜかなんとなくデンゼル・ワシントンの顔が浮かんだりして。ああ、全っ然、似てないし。

あのスティーブンが一目見て珍しくパニックを起こすぐらいだから、相当そっくりなんでしょうね。

スティーブン、青年とボートでサプライズ号に帰る。

スティーブンはすぐにパニックから立ち直り、「オーブリー夫人からお手紙をお預かりしているのに、艦長にお会いする方法がわからない」と困っていた青年を、リチャードソンに頼んで一緒のボートで送ってもらうことにします。

「オーブリー夫人は元気でしたか?」「とてもお元気でした。皆さんお喜びになるでしょう」そう言って、純白の歯と漆黒の肌の持ち主ならではの輝くような微笑を浮かべた若者を、スティーブンは心配そうに見つめます。ソフィーは勘が鋭いし、嫉妬深いことは彼もよく知っていたので…

サプライズ号、興味津々で青年を迎える

ボートがサプライズ号に着いた頃にはすでに、この青年の噂はサプライズ号の艦長を除く全員に伝わっていたので、みんな興味津々で彼を迎えました。

スティーブンは艦長室に行くと、ジャックに「聞いてくれ。妙な知らせがあるんだ。旗艦にとても立派な黒人青年がいて、君を探していた。ソフィーから手紙を預かっているそうだ。連れて来ていいか?」「ソフィーからの手紙だって?もちろんいいとも。」たちまち顔を輝かせるジャックに、スティーブンは−「あのな兄弟…問題は手紙より使者の方なんだ。うろたえるなよ。

艦長室に入ってきた青年は、かなり緊張した声で艦長に挨拶し、ソフィーの手紙を手渡します。ジャックはうろたえるどころか、青年の顔をしげしげと眺めて…「妙に見覚えのある顔だ。たぶん、どこかで会った事があるのだろう。」などと考えています。

ジャックったら…鈍い。にぶすぎる。他の人は全員、一目でピンときているのに。あまりに鈍くて、たまらなくかわいい(笑)。

…でも、写真もなく、いまほど鏡も多くないこの時代では−特にジャックのように鏡を見て過ごす時間が短そうな人には−「自分の顔」というのは、意外になじみのないものだったのかもしれませんね。

青年、名乗る

キリックとその助手がワインとケーキを持って入ってきますが、青年の顔をよく見ようとするあまりぶつかってワインをこぼしてしまい、艦長に怒鳴られてすごすごと退場します。その後、早速ソフィーの手紙を読んだジャックですが、前に受け取ったものとほぼ同じ内容で、最後に追伸で「親切に訪ねて下さった『名前のよくわからないこの方』が西インド諸島にいらっしゃるらしいので、この手紙を預けます」とありました。「…ありがとうございました。妻はあなたの名前がよく聞き取れなかったようですが…」

私の名前はパンダ、サミュエル・パンダです。母の以前の名はサリー・ムピュタ。神父さまたちと英国に行くことになった時、母があなたにこれを渡してくれと…それでアッシュグローブ・コテージに行ったのです。あなたに会えるかと思いまして」

何てこった。」サミュエルが差し出した包みには、「H.M.S.Resolution」と文字が刻まれたマッコウクジラの歯が入っていました。若い士官候補生(たぶん16〜17歳か?)だったジャックが、任務の合間に自艦の名を苦労して刻みつけ、プレゼントした相手は…

ジャックは、普段は楽譜台として使っている「ドクターのあれ」(ダイアナのプレゼント)のフタを開け、そこについている大きな鏡を二人並んで覗き込み、茫然自失しつつ二つの顔を見比べるのでした。「驚いたなあ。知らなかった。全く、思ってもみなかった…」

サム、身の上話をする

かつて喜望峰で、レゾリューション号の士官候補生ジャックは、サリー嬢と愛し合い、彼女を索類保管庫に隠しました。それが上官に見つかって彼女は放り出され、ジャックは平水兵に降格となったわけですが、彼女はその後生まれ故郷に近いアフリカのロレンソ・マルケス(モザンビーク、当時ポルトガル領)に帰り、ジャックの子を生んでサミュエルと名づけました。小さい頃病弱だったサムを育てるのに苦労した彼女は、サムをアイルランドから来たカトリック伝道団に預け…その後サリーはズールー教の呪術医と結婚し、今はロレンソ・マルケスの病院でアフリカ式の薬を作っているそうです。

というわけで、サムはアイルランド人の神父たちに育てられ、神父たちが英国に行く時、父親に会えるかもと思って連れて行ってもらい…その後、こうして西インド諸島へ来ました。これからブラジルの伝道所に向うことになっています−彼はポルトガル語が話せるし、同じ黒人に受け入れやすいので…

「ああ、サム、本当によく会いに来てくれたよ。何か出来る事はないか?…もっと早ければ、いろいろ出来たのに。全然知らなかったから…海軍に入るには遅すぎるし、どっちにしても…待てよ、艦長の書記になる気はあるかい?結構いい職だし、いずれは主計長になれるかもしれないし…」一生懸命考えるジャックですが、サムはにっこりして、「お気持ちは嬉しいのですが、何かを求めて来たわけではないのです。あなたとお話して、祝福して頂ければそれでいいのです。」「もちろん、いいとも−サム、君に祝福を。でも、もっと実質的なものも上げたいんだ。でも多分、君には立派な職があるんだね。その神父たちに雇われているのかい?…サム、君はまさかペイピスト(カトリック教徒)じゃないだろうな」「がっかりさせたのなら申し訳ありませんが、私はペイピストですよ。私の生活費は伝道団から出ているのです。特別免除(私生児が司祭になるには特別な許可が必要)が得られれば、いつか司祭になりたいと思っています。今はまだ下級聖職(助祭より地位の低い聖職者)ですが」「そうか…私の親友の一人はカトリックだ。これからは…親友の一人がカトリックで、しかも黒人だって言えるようになるな。」

青春時代がいきなり戻ってきたような」この出来事に、さすがのジャックも頭が混乱気味のようですが…海軍に入るのが、誰にとってもこの世で最良のことだと考えているフシがあるのが、いかにもジャックですね。

サムくんは23〜4歳でしょうか。礼儀正しいし、真面目だし、見かけも頭もよさそうだし、すばらしく良い子ではないですか。ジャック・オーブリーの遺伝子の良い所だけが出たようです。彼は神父になるので、この遺伝子が後の世に継がれることがないのはちと残念ではありますが。

ヘニッジ・ダンダスさんには分かっているだけで6人隠し子がいるそうですが、ジャックは彼ひとり…なんでしょうか?まあ、結果的に放っておくことになったけど、全然知らなかったのだからジャックは悪くないよな。でも、いい子に育っていてラッキーですよ、ジャックは。

「自分のまったく知らないところから、自分の血をひいた子供がイキナリ現れる」…これは男にとって、夢なんでしょうか、悪夢なんでしょうか。女には絶対そういうことは起こらないので、ちょっと聞いてみたい気もします。