Chapter 2 反乱者たち


ジャックとスティーブン、サムの乗った船を見送る

その翌日、ジャックとスティーブンはサムをサプライズ号に招き、一緒に食事して、すっかり親しくなって別れたようです。伝道団の神父たちとサムがブラジルへ向う船(かなりボロい上に操船がヘタクソらしい)は、よたよたと港を出て行き、心配そうに見送るジャックパパ。「あの船がここまで来れたのは、純粋に神のご加護のおかげだな。サムの乗っているのがあんな、守護天使の大群が必要なような船でなければよかったのに…」

大丈夫、サムの乗る船にはいつも、旅の守護聖人・聖クリストファーと大天使ラファエロがついているに違いない。安心してジャックパパ(笑)。

しかし、「ジャックパパ」と言えば…われわれ読者は、4巻はじめで「ジャックもついにパパになったのね〜(しみじみ)」などと思っていたのですが…本当は私たちが1巻冒頭で彼に初めて会った時から、ジャックはすでにパパだったのですね。それも、もう10歳ぐらいにはなっている子供のパパだ。ひゃー。

ジャックはサムが立派な青年に育っているのを喜び、「ジョージもああいう風に育ってくれるといいなあ」と言ったりするのですが、それでも「サムが黒人でなければいいのに、カトリックでなければいいのになあ」とも言ってしまいます。

この気持ちは差別心からというより、「黒人やカトリック教徒は海軍の任官士官(海尉や艦長)になれない(※)」という、その一心から。「あれほど頭が良くて、人に好かれる性格なら、(白人でプロテスタントだったら)海軍元帥にだってなれるのに。」

ジャックの価値観って、とことん海軍が基準なのよね〜。英国海軍は彼の命。それと、やっぱり息子には自分の道を継いで欲しいっていうありふれた気持ちも、あるのかな。

「でも、黒人でカトリックならアフリカの大司教になれるかもしれないぞ。」と反論するスティーブン。「それどころか、ローマ教皇にだってなれるかもしれない。」

今更ですが、スティーブンがジャックの友人でよかったなあ、としみじみ思います。スティーブンがいなければ、ジャックはサムのことを、これほど落ち着いてポジティブに受け入れることはできなかっただろうと思うのです。いや、拒否したりはしないと思うけど、ちゃんと受け入れて、優しい言葉をかけただろうとは思いますけど…それでも、やたらにサムのことを可哀相だと思ったり、罪悪感で落ち込んだりしたのではないかと。

スティーブンと会う以前にも、ジャックには親しい友人がたくさんいました。親友のヘニッジ・ダンダスをはじめとする海軍の友人は、同じ艦に乗れば長期間一緒にいるので、おのずと深いつき合いになるはず。でも、彼らはみんな海軍軍人です。ほとんどの人がジャックと似たような価値観を持っている。違う世界から来て、違う価値観を教えて、ジャックの世界を広げてくれる友人はスティーブンが初めてだったのではないかな。

一方スティーブンも、ジャックに会う以前から友人が多い人でした。ヨーロッパ中に友人がいる感じ。国籍も生い立ちもさまざまな人と付き合いがあって、多様な価値観を学んでいたはず。しかし、彼はジャックとは逆に、長期間べったり一緒に過ごすような深いつき合いの友人はジャックが初めてだったのでは。

※warrant officer=准士官(軍医や主計長など)にはなれる。

ジャック、ソフィーがサムのことを気づいたかどうか心配する。

サリーとのことは、ジャックがソフィーに出会う遙か以前のことだし、ジャックは降格になった経緯をソフィーに話しているだろうし、やましく思ういわれはまったくないのですが、それでも妻がどう思うか、心配になるのが人情というものです。

ジャック、ハーマイオニー号反乱者たちの軍法会議に出席する。

さて、ソフィーのことを心配する前に、ジャックにはもっと憂鬱なことがあります。ノーフォーク号に乗っていたハーマイオニー号の反逆者たちの軍法会議です。軍法会議の裁判官はジャックの大嫌いな仕事ですが、今回は特に憂鬱。

軍法会議に臨んで、ジャックはハーマイオニー号のピゴット艦長がいかにひどい艦長であったか回想しています。ピゴット艦長は「(ヤード作業の後)一番最後に甲板に降りて来た者は鞭打ち」という罰をよく科していました。ぐずぐずするな、さっさと動けという、厳格な艦長のやり方なのですが、これには問題があります。まず、たいていの場合、最後に降りて来る者はヤードの一番端にいた者で、登る時には最も早く動いた者であるということ。次に、このやり方では、全員がちゃんときびきび動いていても、必ず一人は鞭打ち刑を受ける者が出ること。だから、ジャックのようなまともな艦長は決してこのようなやり方はしないのですが…

ハーマイオニー号の鞭打ち刑は回数も多く、むちゃくちゃ残酷なものだったので、水兵たちはひどく怖れていました。それである時、ピゴットがいつものようにこの命令を怒鳴ると、ヤードの端にいた二人の水兵が内側にいる水兵を追い越そうと焦るあまり、無理にシュラウドに飛びつこうとして転落、艦尾甲板に激突しました。二人とも即死と聞かされたピゴット艦長は一言、「その陸上者どもを海に捨てろ」と冷たく言ったそうです。

ジャックがなぜこのエピソードを知っているのか…と一瞬、疑問に思ったのですが、こういう噂は海軍中に広まっていたのでしょうね。ひどい艦で、反乱が起こるのは時間の問題だとみんな分かっているのに、誰もその艦長をどうにもできないという海軍の制度運用にも問題があるような気がしますが…

ハーマイオニーの被告たち、お互いに罪を着せあって醜い争いをする。ジャック落ち込む

というわけで、反乱を起こした理由には若干の同情を禁じ得ないジャックですが、全員に絞首刑の判決を下さざるを得ないということはわかっています。彼としては、他にどうしようもなかったとはいえ、自分が捕虜として連れて来たせいでこうして裁かなくてはならないのも憂鬱なんでしょうね。

彼の憂鬱を倍加させるのは、なんとか絞首刑を逃れたいと悪あがきする被告たち。人違いだと言ったり、自分は巻き込まれただけで反乱には参加していなかったと言ったり、密告者に転じて罪を逃れようとしたり、何とか他の人に罪を着せようとしたり…

ジャックとしては、彼がこよなく愛する海軍の醜い面を、両面(一方ではピゴット艦長の記憶、一方ではこの水兵たち)から見せられるのが、落ち込む理由なのでしょう。

モウェットにプリングズから手紙が来る。モウェットの詩が出版されることになるというが…

軍法会議を半分終えてサプライズ号に戻ったジャックは、喜びに顔を輝かせている副長に迎えられます。彼はロンドンからプリングズ艦長の手紙を受け取ったのです。

10巻でダナエ号を回航して英国に向ったプリングズ艦長ですが、北大西洋でスパルタン号というアメリカの私掠船に追われました。非常に快速の私掠船で、ダナエ号はもう少しで捕まるところだったのですが、運良く振り切ることができ、なんとか無事に英国に戻りました。3日間必死で逃げつづけたおかげで、ダナエ号は記録的なスピードで英国に到着することになりました。

プリングズは親友から預かった原稿を持ってロンドンへ行き、出版してくれる会社を探しました。「トムはすばらしい出版社をみつけたそうです。私の詩を出版してくれて、紙代と印刷費と広告費と、あとわずかな手数料を払いさえすれば、利益の半分をくれるそうです!」と喜ぶモゥエットくんですが…

…ちょっと待て。利益の半分?出版費用を全部払うんなら、利益は全部もらえるのが当然じゃないか?また騙されてやしないわよね、とちょっと心配。「また」と言っても、モゥエットとプリングズは別に騙されたことはないのだけれど。ジャックの銀鉱の件があるから、船乗りは陸ではカモにされやすい、と思ってしまう。また実際そうなんですが。

ジャック、軍法会議で落ち込む。スティーブン、提督の秘書官ストーンから私掠船スパルタン号が出航したと聞く

翌日、軍法会議の続きが行われます。見せしめ効果を高めるために絞首刑が日曜日に執行されると聞いて、ますます嫌悪感のつのるジャック。(日曜日はキリスト教の安息日。キリスト教の安息日の習慣は宗派によって色々ですが、一般にユダヤ教と違ってそれほど厳格ではない。当時の英国でも、さほどの制限はないようですが、それでも鞭打ち刑や負債者の逮捕は日曜を避けて行われていた様子。まして、絞首刑を日曜に執行するなんてことはめったにないようです。)

一方、診察のためにジャックと一緒に旗艦を訪れていたスティーブンも、別の理由で落ち込んでいました。

提督の秘書にストーンという男がいます。彼は諜報員の仕事に憧れていて、何とかドクター・マチュリンとお近づきになりたいと思っています。そこで彼は、ちょっとした情報を彼に教えに来ます。それは私掠船スパルタン号(プリングズのダナエ号を追いかけた船)が5日前にアメリカを出航し、サプライズ号が急いで出航すれば追いつけるかもしれないという情報なのですが…

もちろんスティーブンはこの軽率な男を警戒し、何のことを言っているのかわからないというフリで接するのですが…ストーンの訳知り顔から、こんな所のこんな連中にまで自分の正体が知られていることを悟り、絶望的な気分になるスティーブン。

自分のことが広く知られれば知られるほど、自分の有用性と身の安全が脅かされるのをよく承知しているスティーブンは、ジャックと同じぐらい暗い気分でサプライズ号に帰るのでした。

二人が帰ると、サプライズ号ではアメリカ人捕虜のお別れディナーが行われていて、ジャックとスティーブンも出席します。会は盛り上がるのですが、いくら杯を重ねても、ジャックとスティーブンの気持ちは晴れませんでした。

しかし、スティーブンからスパルタン号のことを聞いたジャックはちょっと目を輝かせます。英国へ帰るついでに願ってもない獲物を手に入れられるかもしれないし、何より、それを口実に絞首刑を見ずにさっさと出航できるので。

軍法会議の判決が出る。サプライズ号、英国へ向って出航

翌日、軍法会議は結審し、全員死刑の判決が出ます。すでに提督からスパルタン号追跡の命令を受けているジャックは、挨拶もそこそこに旗艦を退出し、絞首刑の執行から逃げるように、英国へ向って急ぎ出航するのでした。