Chapter 3 私掠船スパルタン号


サプライズ号の水兵たち、艦と艦長がツキを失ったと思っている

スパルタン号のおかげで、故国へ帰って解散する前に、もうひと稼ぎする見込みができたサプライズ号。乗員は張り切っているはずですが…

しかし彼らは、特に古手の水兵たちは、先行きに対して悲観的。なぜなら彼らは、サプライズが「ツキを失った」と思っているからです。それは、いろいろとツイてなかった前回の航海(10巻)から引きずっている呪いとか、艦内で自殺した(のだから当然憑いているに違いない)ホーナーの幽霊とか、ジョー・プライスじいさんが言い立てたがるような理由は色々あるのですが…

最大の理由は、スキッパー(艦長)がツキを失ったから。そしてバーキー(艦)とスキッパーのツキは、セットになっているから。何たって、昔の過ちで生まれた「隠し子」が、他でもない女房のとこに現れるなんて−これほどツイてねぇことが、世の中にあるかい、てなわけで。

ソフィーを知っている古い仲間たち(キリック、ボンデン、ジョー・プライスなど)は、自分たちの知っている女の中で唯一の「本物のレディ」である彼女を「ほとんど宗教的レベルで」崇拝しているのですが、一方で、何と言っても彼女は(信じられないけど)あの母親の娘だということも重々承知しています。また、良妻賢母の鑑のような彼女を、尊敬する一方でちょっとコワイとおもっているので、彼女がサムに対してどういう反応を示すか、艦長のために心配している…というか、興味津々というか…

ジャック、ソフィーのことを心配している

もちろん、当の本人であるジャックも心配しています。いつもの運動で艦尾甲板を行ったり来たりしながら、もうすぐ帰る我が家の風景になつかしく思いを馳せながらも、そのことは重く心にかかっています。彼はソフィーを深く愛してはいますが、部下たちと同様に、完璧に道徳的な女はどこかコワイと思っているので。(男が「女房が怖い」という時は、たいていやましい気持ちが元になっているのね。)

もちろん、姑のミセス・ウィリアムズも、サムのことを知ったらうるさく言ってくるだろうとは思うのですが、彼女にはバシっと「そのことはもう話題にしないで下さい」と言える自信がある。姑はコワくない、コワいのは妻…(笑)

ジャック、サプライズ最後の航海を楽しむ

そんなこんなで、いろいろ心配しながらも、北大西洋の航海は珍しいほど順調で、艦長は日々を満喫しています。水泳を楽しんだり、標本採集に励むスティーブンとマーティンの嬉しそうな顔を喜んだり。サプライズ号の素晴らしい走りに満足を感じたり。何と言っても、これはついにサプライズ号の最後の航海。それも、いよいよ最終段階なのですから。ポーツマスに到着すれば乗員はペイオフ(給料を払って解雇)になり、艦は廃艦か、売却か、予備役か−その運命を待つことになるのです。

とは言え、最後のひと稼ぎをするチャンスはみんな諦めていないので、スパルタン号に出会った時のためにサプライズ号は商船の偽装をしています。甲板にだらしなく荷物を置いておくとか、本物の砲門を隠してニセの砲門を描いた布をかけるとか。つまり、砲のない商船が軍艦のフリをしている…フリをするわけですね。ややこしい。

サプライズ号、砲撃訓練する。夜明け、スパルタン号らしき船が目撃される

さて、そんなある日、ソフィーの誕生日が来ます。恐いけれど愛している奥さんの誕生日を記念して、ジャックは大砲を思い切りぶっ放す…いや、砲撃訓練をすることにします。みんな、これが特別な訓練になるのは分かっています−もしかしたら、サプライズ号最後の砲撃訓練になるかもしれないので。みんな張り切って全力を尽くし、スピード新記録(3分8秒で片舷砲撃3回)を達成します。(この記録がどのぐらい凄いのか、よくわかりませんが。でも凄いんでしょうね。)

翌日の夜明け、見張りが船を目撃し、それがどうやら私掠船らしいので、乗員はスパルタン号かと思って色めき立ちます。しかし、私掠船は私掠船でも、それは英国の私掠船でした。

その私掠船はプルーデンス号、船長はエリスといいました。サプライズ号の呼び出しに応じ、レター・オブ・マーク(他国商船拿捕免許状)を持ってサプライズに出頭してきたエリス船長ですが、何となく落ち着かない様子でした。

軍艦は私掠船から好きなように乗員をプレス(徴募)できるので、部下を奪われることを怖れているのかと思ったのですが…サプライズ号はこれから英国に帰って解散する予定なので乗員はもういらない、とジャックが説明しても、まだ船長は様子がヘンです。

実はエリス船長は元海軍で、ジャックの昔の知り合いだったのです。何かの罪で不名誉除隊になり、今は私掠船の船長に「身を落として」いるので、気づかれるのもいやだし、かといって無視されるのも悲しい、と思ってソワソワしていたのですね。

2巻でジャックがキャニング氏に私掠船船長の職をもちかけられるシーンがあったように、なかなか職を得られない海尉が私掠船の船長をやることはよくあるようです。それでも、私掠船は軍艦よりも明らかに「下」なので、船長をやるのは不名誉という気持ちがあったようです。

プルーデンス号と別れてしばらくして、サプライズは再びスパルタンらしき船影を視認。プリングズ艦長の話によると、スパルタンはポルトガル(英国の同盟国)の軍艦に偽装していたということなのですが、なるほど、この船はまさしくポルトガル軍艦そっくり…と思ったら、本当にポルトガル軍艦でした。

二度の失望にもめげず、スパルタンを探しつづけるサプライズ号。

スパルタン号が現れる

で、三度目の正直で今度は本物のスパルタン号を見つけます。

商船の偽装でスパルタンをおびき寄せたサプライズ号は、首尾よく風上に回りこみますが、そこでぴたりと風が止んでしまい、両船はしばらく睨み合いになります。

サプライズを商船だと思い込んでいるスパルタン号は、ボートを下ろし、ロープで引っ張って船の方向を変えて舷側砲をこちらへ向け、砲撃してきました。サプライズも同じことをするためにボートを下ろし、商船の偽装を解いて軍艦旗を揚げ、反撃を開始しようとするのですが…

ところが、ボートに乗っていた馬鹿力の不器用デイビスが、ロープを強く引っ張りすぎたためにボートがひっくり返り、泳げない人々が海に投げ出されてしまいます。それを助けようと、やはり泳げない人々が思わず飛び込んだために騒ぎに拍車がかかり、艦長をはじめとする泳げる人々がたいへんな苦労をして彼らを引っ張り上げ(ジャックはまたしてもデイビスを海から助け上げるはめになり)…

そうこうしている間に、サプライズの正体に気づいたスパルタンは、タイミング良く(サプライズにとっては悪く)吹き始めた風に乗って、さっさと逃げ出してしまいました。

泳げない船乗りって多いのですよね。2巻だったか、「なまじ泳げると海に落ちたとき死ぬまで時間がかかって苦しい」と主張している人がいて、「変な理屈だなあ」と思っていたのですが…たしかに、映画のウォーリーくんは必死で泳いでいて可哀相でしたね。

サプライズ号−スパルタン号の長い追跡が続く

追い風に乗ってスタートダッシュしたスパルタン号を、即座に追跡開始したサプライズ号。両者とも快速船、だんだん強くなる追い風に乗って、北東の方角へ飛ぶように走る2隻。なかなか差は縮まってきません。両者10ノットを越えるスピードで走りながら、長い、長いチェイスが続きます。

でも、例によって追跡の詳細は省略。(ごめんなさい。)

追跡が始まってから1日半経った夜、風が強くなってきます。嵐になれば、相手より安定性の高いサプライズ号の方が有利になるので、ジャックは期待するのですが、スパルタン号は「より多くの帆を張るために錨策をマストヘッドにつけてマストを固定する」という、サプライズ号のお株を奪う手を使ってスピードを上げてきます。

追跡3日目、風はますます吹き募り、サプライズ号はじりじりと間をつめています。サプライズ号は、すでに13ノットの高速で走っていました。スパルタン号は船体を軽くするため、水を捨て、砲を捨て始めています。もうすぐ追いつける−その前に日が暮れなければ。二隻はすでにヨーロッパ大陸の近くまで来ています。今日の日暮れまでに追いつけなければ、スパルタンはブレスト港へ逃げ込むだろう。

ボンデンが艦首のチェイサー(追撃砲)を準備し、もう少しで射程距離に入るというところまで追い詰めるのですが−そこで無情にも日が落ち、あたりは暗くなりました。スパルタン号は灯りを全て消し、闇に溶けてゆきました。

スパルタン号だけに意識を集中していたジャックは、いつのまにか視界内にトップライトをつけた戦列艦が現れていたのに気づいてびっくり。それは英国の戦列艦、海峡艦隊の旗艦でした。…サプライズ号はいつのまにか、英仏海峡の入り口に近いところまで来ていたのです。プリングズのダナエ号はスパルタン号に追われていたせいで早く大西洋を横断したのですが、サプライズは逆に追っていたせいで早く着いたわけです。

旗艦はスパルタン号に気づかず、「サプライズ号艦長、旗艦に出頭せよ」と信号灯を揚げます。その間に、スパルタンはフランス岸へと逃げて行きました。

旗艦に呼び出されたジャックは、海峡艦隊の司令官は私掠船を追いかけていたのを信じてくれず、「どうせどこかの商船だろう」と言われた上「信号も揚げずに艦隊に飛び込んでくるとは何事だ」と叱責を受ける始末。スパルタン号追跡は、残念ながら散々な結果になりましたが、早く故国に着けたのがせめてもの慰めか…