Chapter 4 インサイダー情報


なんだこの題名は、とお思いでしょうが…

ジャック、英国に帰還。ポーツマスのクラウン亭からソフィーに手紙を書く

4章は、ポーツマスの「クラウン亭」でソフィーに手紙を書いているジャックから始まります。こんな近くまで来ているのだから、手紙なんか書いてないで早くアッシュグローブ・コテージに帰ればいいのに、と思いますが、そうできない事情があるのですね〜

サプライス号は解散となり、乗員たちはポーツマスのあちこちで酔いつぶれています。でもジャックは、これで軍艦としての最期を迎えるサプライズ号を新品同様の姿にしてから離れたいと思い(廃艦や売却ではなく、非戦闘艦として海軍に残れる望みもまだあるので)、修理や清掃を最後まで見届けてから行こうと思っています。

スティーブンはといえば、ローラの件以来ダイアナのことが心配でたまらず、一刻も早く彼女に会いたかったので、大枚をはたいて馬車を雇い、早々にロンドンへ直行しました。

ここでわかるのですが、7巻に登場したスティーブンの名付け親ラモーンさんが亡くなって、名づけ子のスティーブンは彼の遺産を相続したようです。

サプライズ艦長としての仕事を終えても、ジャックにはすぐに家に帰れない事情がありました。キンバーとの裁判がどうなったかわからないので、彼はもしかしたら莫大な借金を抱えているかもしれないのです。真っ直ぐ家に帰ったら逮捕されるかもしれない−と怖れた彼は、まずロンドンへ行って、弁護士に事実関係を確認してから帰ろうと思っています。

一刻も早くソフィーに会いたいだろうに、いろいろたいへんですな〜。いや…ひょっとして、サムの件で、彼女に会うのがちょっとコワいという気持ちもあるのかな?

ジャック、捕虜交換船でドーバーまで行き、ロンドン行きの馬車を探すが満員。パブで馬車の席を巡ってトラブルがある

ジャックは友人の指揮する捕虜交換船(※)でドーバーまで行き、そこで郵便馬車に便乗することにします。風向きが良さそうなので、馬車で行くよりその方が早いと思ったのです。捕虜交換船はフランス沖で少し停泊した後、ドーバーに着きました。

ドーバーに上陸したジャックは「船亭 (the Ship)」というパブで昼食を取り、ついでに馬車の予約を頼むのですが、折り悪く馬車は満員でした。船亭のウエイターはジャックの隣の席で食事していた黒服の男に「馬車の席が取れました」と言い、ジャックには「すみません、この紳士の取られたのが最後の席でした」と告げます。

「何だって?おれの方が先に申し込んでいたんだぞ!」と怒鳴ったのは…もちろんジャックではなくて、ジャックの向かい側で食事していた男。彼は怒って席を立ち、食堂にいたもう一人の男も馬車を頼んでいたらしく、不快そうに黒服の男をにらみつけていました。

その後、ジャックと黒服の男は食事しながら自然に言葉を交わし、仲良くなります。彼はジャックに「馬車の席はもう一人乗れるので、ご一緒しませんか?」と言ってくれます。ジャックは有難く申し出を受けます。

※捕虜交換船(Cartel):7巻でバビントンが指揮していたようなやつ。当時はフランスとの間で捕虜交換は行われていないので、民間人や政府の人間を秘密裏に行き来させるのに使われている。

ジャック、馬車の同席を申し出てくれた男を暴漢から救う

ジャックが食事を終えて、黒服の男と待ち合わせをした駐車場(駐馬車場?)に行くと、黒服が二人の男に襲われていました。さっき食堂にいた、馬車の席のことで怒っていた二人です。二人は黒服の男の鞄を奪おうとしているようで、もみ合っています。

もちろんジャックは飛んで行き、一人に16ストーンの当て身をくわせて気絶させますが、もう一人は逃げて行きました。逃げた男を追いかけようとするジャックに、黒服の男は「どうか騒ぎにしないで、二人は放っておいて下さい、早く馬車を出して、ここを去りましょう。」と懇願します。

しばらく馬車で走った後、彼は言いました。「本当に、何とお礼を申し上げていいのか。鞄を奪われるところを助けて下さったことも、何も聞かずに馬車を出させて下さったことも…あなたには事情をご説明しなければいけませんね。」

黒服の男は、自分は政府の人間で、大陸で秘密の任務を終え、先ほどの捕虜交換船で上陸したと言います。「さっきの二人の狙いは私の鞄でした。金ではなく、情報です。彼らは私の鞄に何が入っているか知っていたのです。馬車の件は、襲撃の理由をつけるための芝居にすぎません…失礼、まだ名乗ってませんでしたね。エリス・パルマーと申します。」「私はジョン・オーブリーです。」

パルマー、ドクター・マチュリンのファンだと言う

ジャックの名前を聞いたパルマーは、意外なことを言い出します。「オーブリー艦長とご親戚ですか?あの偉大な亀、テストゥード・アウブレイの名前の由来の?」「その本人です。」「では、ドクター・マチュリンとお知り合いですか?あのような素晴らしい方とご親友とはすごいですね!私は博物学が趣味でして…もちろんただの素人ですが。本職は法案の起草です…ドクター・マチュリンの著作は残らず読みました。パリでロドリゲスドードーについて講演なさった時も、仕事のコネを利用して聞きに行きました。あまりよく聞こえなかったのですが、後で読んだ講演記録の素晴らしかったこと!」…パルマーがスティーブンを褒めちぎるので、ジャックはすっかり嬉しくなります。

うーん、ジャックって、自分よりもスティーブンを誉められると、無条件で喜んじゃうのよね。弱点だよなあ…

パルマー、ジャックに救われたお礼に有効な情報を教えたいと言う

ジャックは途中のパブでパルマーと一緒に夕食をとり、もっぱらマチュリン礼賛の話題で盛り上がりました。

馬車に戻った二人に、しばらく沈黙が落ちます。先刻から何か言いたげな様子だったパルマーが、意を決したように口を開きました。

「…あなたのご恩にどうやって報いたらいいのか、考えていたのです。あなたのような方に現金をお渡しするのは、いくら莫大な額でも、失礼に当たるでしょう。しかし、結果としてお金に繋がるような情報をお教えするのは、かまわないのではないかと…」ジャックはてっきり、勝ち馬でも教えてくれるのかと思うのですが…

「実は、私の大陸での任務ですが…もうすぐ、英仏の停戦協定が調印されます。戦争はあと数日で終わるのです。」「何ですって?!」

パルマーによれば、停戦になれば、今は底値になっている国債や株が一気に値上がりするだろうということです。数日中に買えば、大儲けできる。それは悪い事ではないのか、とジャックが心配すると、パルマーはこれは違法でもないし、誰にも損をさせないのだから道徳上も悪くない、と言います。「もちろん、あまり大規模に買っては、市場全体に悪影響を及ぼしてしまいます。複数のブローカーを通して、少しづつ買うといいでしょう。ここに、特に値上がりしそうな銘柄のリストを書いておきます。この情報はあまり広めていただいては困りますが、ドクター・マチュリンなど、ごく少数のご親友にすすめて、控えめな額で買うならかまわないでしょう…」

ジャック、ロンドンで株を買う

この巻のここから先は、ほとんどロンドンが舞台になります。ロンドンの地図かガイドブックをお持ちの方は、手元に置いてお読みになると面白いかも。「Hourbors and High Seas」をお持ちの方は、40ページをご覧下さい。

ロンドンに着いたジャックは、さっそく弁護士を訪ね、裁判がちっとも進展していないことを知ります。少なくとも借金で逮捕されることはないと知ったジャックは一安心。プライズエージェントでイオニア海の拿捕賞金が入っていることを聞き、銀行で金をおろし、早速パルマーのリストの株を買いました。アドバイスに従って、2人の株屋から分けて買うのですが…その1人、父親が取引しているブローカーはいかにも胡散臭い男で、なぜこの株を買うのかしつこく聞きたがりました。

ジャック、クラブに行く

さて、この巻はロンドンが舞台ゆえ、大英帝国名物・女子絶対禁制の紳士の社交場「メンズ・クラブ」がよく登場します。

「メンズ・クラブ」と言えば、私のイメージはD・セイヤーズの「ピーター卿」シリーズとか、坂田靖子の「バジル氏の優雅な生活」(漫画)とか、現代物ならマーサ・グライムズの「パブ」シリーズとかによって培われているのですが…英国オタクの女子にとっては、ちょっと憧れの場所だったりします(笑)。

ジャックもちゃんとクラブに所属しているのですね。彼のクラブは「ブラックス(Black's)」という名で、スティーブンとサー・ジョセフもここに所属しています。スティーブンはジャックにつき合って入会しただけで、めったに行かないそうですが。サー・ジョセフは頻繁に通っていそう。場所は、グリーンパークの近く、セント・ジェームズ・ストリートの西側。

ここでジャックが、クラブの窓からセント・ジェームズ・ストリートを眺めている描写が素敵なんですよね。雨が降り出して、傘を持った召使たちが急いでいるとか。馬に乗った知り合いが通りかかるとか。戦時中ゆえか、民間人たちの服に黒が多くなっているのが残念だ、ジャックの若い頃は色とりどりの服が花畑のようだったのに、とか。若い男はほとんどが(ブリーチでなく)長ズボンを履くようになったな、とか。

まるで、1813年のロンドンを目の前に眺めながら書いているみたいです。

ジャック、クラブで父に出くわし、パルマーの情報を教える。

そうやって道を眺めていたジャックの目に、あまり素敵じゃないものが飛び込んできます。ブラックスの向かいの、彼の父親が所属しているクラブに、今しも入ろうとしている父親の姿。

父子なら同じクラブに所属するもんだと思ってましたが…あえて違うクラブ(でも隣のクラブ)に入っているあたりが、オーブリー家の父子関係を表しているのか。それとも、陸軍さんと海軍さんでは贔屓のクラブが違うだけかな。

ジャックの母が生きていた頃は少しはマシだったオーブリー将軍ですが、ここ20年は怪しげな金儲けの事ばかり考えているようになり、自分の犬にさえ嫌われる人間になってしまっています。最近では急進派の議員として、政府や海軍を批判しまくり、息子に多大なる迷惑をかけている父。それでも親は親なので、無視するわけにもいかず、ジャックは挨拶に行きます。さらに親孝行な彼は、父にパルマーのリストを教え、理由は言わずに「ぜひこれに投資して下さい」と教えます。(ああ、やめとけばいいのに…)

ちょうどそこに父の客が二人来ます。一人はさっきの株屋。もう一人も、よく父の周りにいるタイプで、いかにも胡散臭い男でした。将軍が嬉しそうに「息子が投資のアドバイスをしてくれたんだ」と吹聴すると、二人は興味を示します。特に、ジャックが捕虜交換艦で帰ってきたという事実に関心を引かれた様子でした。

オーブリー将軍は「これから飲みにゆこう」と息子を誘いますが、「もう子としての義務は充分すぎるほど果たした」と感じたジャックは、固辞してそそくさと立ち去るのでした。