Chapter 5-2 サー・ジョセフの逆境


前項はあまりにスティーブンが痛々しくて、書いていて疲れましたが(泣)、この項はちょっと楽しかったです。ちょっとした「サー・ジョセフ特集」だったりするのですが。

スティーブン、サー・ジョセフの自宅を訪ねる

ネイサン弟の哀れみの眼差しを辛く感じていたスティーブンは、サー・ジョセフが彼に同情したり、ことさらに優しく慰められたりしたらもう耐えられないと考え、重い気持ちでシェパーズ・マーケットを訪れたのですが…さすがはサー・ジョセフ。ダイアナのことはもちろん知っているのでしょうが、話題にも出さず、顔にも出さず、まったくいつも通りにさらりとした態度でスティーブンを迎えます。スティーブンはもちろん、読んでる方もほっとしたりして。

「さすがサー・ジョセフ」と書きましたが、ここでサーがどういう態度を取るのか、予想がつかなかったのですよね…スティーブンにも、わかってなかったみたいだし。ジャックやソフィーなら、どう反応するかだいたいわかるのですが…サー・ジョセフ・ブレインは2巻から登場していて、いい加減おなじみになっている人物のはずですが、イマイチ底が見えないというか、まだまだ謎の多い人です。そこが魅力なのですが。

スティーブンもいろんな面を持った奥深いキャラですが、彼の場合1巻からずーっと出ずっぱりで、しかも日記まで書いて心の底を読者にさらけ出してくれるので、さすがに分かってきました。一方、サー・ジョセフはたまにしか出てこないし、なにより、われわれ読者は彼がスティーブンとかかわる時しか見ていないのですよね。サー・ジョセフが人情を見せるのはスティーブンとかかわる時だけで、他の時は「氷山のよう冷たい」と言われています。スティーブンと話しているところしか知らないわれわれにとっては、そっちの方が想像がつかないのですが。

でも、この11巻では、サーは今までの巻を全部合わせたよりも出番が多く、しかも今まで読者に見せなかった面を(はっきりとではありませんが)うかがわせる描写もあったりで、サーのファンには(私もファンですが)こたえられない1冊となっております。

サー・ジョセフ、結婚はやめたと言う

7巻4章で、スティーブンはサー・ジョセフから「ある女性と結婚を考えているが、結婚に際して障害となるある身体的不調がある」との相談を受け、彼のために薬を処方しました。スティーブンは良心的な医者として、まずその薬のことをサーに訊ねるのですが、薬は非常によく効いたそうです。(すごいなー…21世紀の医学を超えている。それとも「暗示効果」かしら?)

でも、サーは結婚をやめてしまったそうです。その理由として、彼は「友人たちを見ていても、結婚後長く幸せに暮らしている夫婦はめったにいないから」と言うのですが…友人たちの中でもとりわけ、ある友人夫婦(M夫妻)の破局がこたえたのでしょうね。

スティーブンとサーは夕食を共にしながら、いろいろと話します。ちなみに、メニューは「ロブスター、去勢鶏のパイ、ライスプディング」。サー・ジョセフは英国人には珍しいほどのグルメで、彼のとこの食事はいつも美味しそうです。

スティーブンは彼に、街でスリにやられたことを話し、「金銭的被害はたいした事はないが、プライドを傷つけられた。自分がそこらのスリにしてやられるとは思っていなかったので」と言います。それを聞いたサーは、少し考え込んだ様子で、食欲を失ってしまったようでした。

サー・ジョセフ、諜報部で実権を失っていると語る

食事の後、サー・ジョセフは「自分もプライドを傷つけられている、自分も海軍内でいいようにしてやられて、しかも誰にやられているのかわからないからだ」と言います。

サー・ジョセフはある時落馬事故で怪我をして、二週間ほど休んだのですが…治って海軍省に戻ると、諜報部のメンバーがすっかり変わってしまっていました。彼は完全に諜報部での実権を失い、忠実な部下たちは閑職に追いやられ、かけがえのない価値のある外部のエージェントたちは、新しいメンバーに無礼な扱いを受け、嫌気がさして辞めてしまった人も多い。サー・ジョセフ自身も、辞職に追い込もうといろいろ嫌がらせを受けていますが、まだ状況をひっくり返す望みを持っているので粘っています。サーは、海軍以外の各諜報機関にも太いパイプを持っているので、それが望みのつなです。

カッコイイなあ、サー。今までは、言わば「順境」にいるサー・ジョセフしか知らなかったので、穏やかな物腰に隠した冷徹さでスパイたちを思うままに操る、かなりディレッタントで、余裕たっぷりの(でもマチュリンにだけはちょっぴり弱い)ボスというイメージしかなかったのですが(もちろん、それはそれで素敵なのですが)…逆境に追い込まれ、権力を失い、姿の見えない敵に迫害されつつ一人で戦っているサーというのは、想像するともっとずっと良いですわ。

サー・ジョセフ、諜報部の「乗っ取り」を企てた人物もその目的もわからないと言う

現在の海軍省で表向き権力を握っているのは事務長官のバローと第二事務官のアンドリュー・レイ。彼らのどちらかがこの「乗っ取り」に関わっている可能性は高いが、黒幕はもっと高い地位にいる人間で、バローやレイは操られているに過ぎないと考えている。問題は、それが誰だかわからないことと、何が目的でやっているのかわからないことだ。単なる権力欲か、公金横領か(諜報部の金は他の部署ほど厳しく監査されないので)、それとも敵と通じている裏切者がいるのか?

バローとサー・ジョセフは昔から非常に仲が悪かったので、バローは喜んでサー・ジョセフを苦境に追い込んでいる節はあるものの、サーはバローを「愚かだが真面目」だと思っているので、この陰謀の動機が金や利敵行為である場合は、おそらく彼はかかわっていないだろうと思っている。

ここでびっくりしたのは、「バローは人の地位やコネに敏感な人間なので、私が労働者の息子だと知ってからは馬鹿にしている」というサー・ジョセフのセリフです。えー、そうだったのか!私はなぜか、サーは貴族生まれ貴族育ちと思い込んでいたのですが、違ったのですね。自分の才覚と努力だけで這い上がって、自身の優れた業績によって「サー」の称号を勝ち取った人だったのか。

サー・ジョセフのイメージが少し変わってきました。ますます素敵だ。

スティーブン、ダナエ号のことを話し、真鍮の箱を見せる。サー・ジョセフ、金をエサとして諜報部に返すことを提案する

さて、スティーブンはダナエ号のことをサーに話し、服を脱いで包帯を解き、その下に身につけていた真鍮の箱を見せます。中には紙幣がびっしり入っているのですが、サーはその金額に驚き、これは海軍諜報部から出た金ではないと言いました。

二人で長い時間をかけて紙幣を数えた後、サーは「この金を正直に海軍省に返しに行ってはどうか」と提案します。もちろん、今の海軍省諜報部の状態では、この金が適正に処理される保証はまったくないのですが…

逆に、これはいい囮になる、とサーは考えます。もしこの組織乗っ取りが、諜報部の金を目的としたものなら、陰謀に関わっている人間がこの金に飛びついてくるかもしれない。サー・ジョセフは銀行家のネイサン兄弟と親しいので、金の流れは追うことができる。うまくいけば、この金によって尻尾をつかめるかもしれない。

サー・ジョセフ、スティーブンに警戒するように言う

クラブに帰るスティーブンに、サー・ジョセフは「君も『武装』した方がいい」と言います。つまり、敵に「簡単に陥れたり、罪を着せたり出来る相手」だと思わせないために、重要人物と繋がりのあるところを見せた方がいいということです。ちょうど明後日に皇太子の誕生日レセプションがあり、スティーブンと親しいクラレンス公爵(国王の三男)も来るので、出席するといい。

「君も海軍省に行ったら、無礼な態度で迎えられるかもしれないが、覚悟しておいてくれ。それと、フランスへ行く任務を持ちかけられたら、絶対に断るように。」その言葉の意味を悟ったスティーブンはショックを受けます。(つまり、密かに消される可能性が高いってことです。)「ただの憶測だが、念のためだ。君の場合、警戒しすぎるということはない。」

サーはスティーブンをクラブまで送って行きました。「夜の道は安全ではないからね。でも、この金がスリにやられたら、いっそ面倒が省けるだろうな。」

スティーブンとジャック、海軍省を訪れる

翌日、スティーブンはジャックと一緒にホワイトホールの海軍省を訪れます。

ジャックは第一海軍卿に面会し、サプライズ号が民間に売却になることを聞かされます。が、もうすぐ戦争が終わることを知っているジャックには、もうあまり悲しくありませんでした。彼女が海軍に残ったとしても、戦争が終わってしまえばすることはなくなるし。それより、これから株で儲かる金で彼女を買い取ろう、と考えてニコニコしているジャック。

スティーブンは大金の入った真鍮の箱を持って、レイを訪ねて行きます。が、彼は殺風景な部屋に通されたまま、長いこと放っておかれました。1時間以上経っても誰も現れず、スティーブンは自分が「故意の無礼な扱い」を受けているのに気づきます。彼は「明日また来る」とメモを残し、海軍省を後にしました。

以下余談:この海軍省ですが、ホワイトホールの官庁街にあります。当時の建物(Old Admiralty Building)は現在もありますが、今は別の政府機関が使っているようで、自由に見学はできないようです。(いや、できるかもしれないんですが…ちょっと調べがつきませんでした。)

当時の海軍省(Admiralty)の様子を描いた絵がないかなあ、と探してみると、シャーロック・ホームズのサイトにありました→Admiralty

これは1848年の絵で、ジャックとスティーブンの時代よりは35年ほど後なので、少し違うかもしれませんが。(特に煙突のあたりとか)

実は前から、ロンドン内のこのシリーズゆかりの場所を紹介する「オブライアン風味ロンドン案内」というのを書いてみたいと思っているのですが…なぜそこがゆかりなのかネタバレしないと語れないのと、わたしの歴史知識が乏しいのと、実際にロンドンへ行った時あまり回れなかったのとで、やるかどうか迷っています。