Chapter 6-1 カッコーとクリケットと告白


カ行でそろえてみました(<意味なし。)

スティーブン、夜の馬車でポーツマスに向かう。終戦の噂を聞く。

ロンドンでの用事を終えたスティーブンは、ジャックとの約束通り馬車でアッシュグローブに向います。

当時、ロンドンからポーツマス郊外のアッシュグローブまで馬車でどの位かかったのかよくわからないのですが、少なくともまる1日近くはかかるらしい。必然的に途中で何度も食事ストップがあり、乗客たちは世間話を交わします。

話題はなぜか、株式市場。スティーブンは乗客の老婦人から、「戦争が終わりそうなので、株が上がるって聞いたんですけど、今買った方がいいでしょうか?」と相談を受けます。「私は株式にはほとんど知識がありませんが、少なくとも私の聞いた限りでは、当分戦争が終わる様子はありませんよ」とスティーブン。乗客の中の別の紳士も「そんなのは、株を値上がりさせて儲けようとしている奴が広めたデマですよ。」と同意しました。

前項のクラブの老メンバーといい、どうやら「戦争が終わる」という噂が広まっている様子。これはひょっとして…いや、これは後の伏線なので、詳しく説明はしませんが…

スティーブン、アッシュグローブに向う森を歩く

スティーブンは、馬車の経路で一番アッシュグローブ・コテージに近いところで止めてもらい、馬車を降ります。それは夜明けに近い頃でした。スティーブンは近くのパブに「後で取りに来させる」と言って荷物を預け、手ぶらで歩いて夜明けの森を横切ることにします。わざわざそんなことをするのは、もちろん、早朝に活動する鳥や動物が見たかったから。

私は過去にイギリスには何度か行きましたが、もちろん観光は街歩きが中心で、イングランドの自然は車から眺めた経験ぐらいしかないのですが、現在でも、大都会を出てすぐの所にふつうに羊の群れがいたり、ちょっと行くと広大な森が広がったりしている感じが素敵だと思いました。

ジャックの家(というより、むしろソフィーの家)アッシュグローブ・コテージは、その名の通りトネリコの森(Ashgrove)に囲まれていて、それは例の廃鉱を含めてジャックの所有地となっているのですが、さらにその周りには、深く美しい森が広がっています。

スティーブンは、ここに来た時はいつも森を散策しているらしい。前に見かけたアナグマの巣に寄ってみると、綺麗なシマシマの巣の主が、アゴの下に大量の荷物をかかえ、不器用によたよたと運びながら、後ろ向きに巣に入って行くのが見えました(かわいい。)

「なぜこんなに喜びを感じるのだろう」と、スティーブンは考えます。新発見の動物でも、珍種でも何でもない、ただのアナグマが巣材を運び込んでいるだけなのに。それでも心が喜びを感じていることは否定できない。それも、強い喜びを。

その時、木立のてっぺんに当っていた夜明けの光が、少しづつ下の枝に降りてきて、木の葉の露の滴に当り、スペクトラムの全ての色がまじりけのない鮮やかさで見え…そのうちに森には早朝の光が射し、美しい色に溢れ、一瞬の静寂の後、活動を始めたありとあらゆる鳥の声に満たされて…イングランド南部のありふれた森なのに、世界中の未開の自然を見てきたはずのスティーブンでさえ、「これほど美しい光景は見たことがない」と思うほど…

「これにふさわしい感謝を捧げるなど不可能だ。」彼は思い、ロンドンでジャックと聞いたグロリアコーラスをBGMに、神聖な感動に満たされるのでした。

余談(言い訳):ここを書いていて、このシーンの美しさについてゆけない自分の語彙の貧弱さに嫌になりました。「心を洗われる」とか「感動」とか、陳腐な言葉しか出てこなくて。流行の言葉で言えば、「癒し」ですが…あまり便利な流行り言葉を使いすぎると、それが流行らなくなった時に何て言っていいかわからなくなるので、なるべく使わないようにしています。

しかし、せっかく洗われた彼の心は、そこらじゅうでカッコー鳥がクックー、クックーと鳴き出したので、あっという間に嫌なことを思い出し、沈んでしまうのでした。

カッコウの鳴き声ははcuckoo、つまり「cuckold(寝取られ男)」。実際、cuckoldの語源はカッコウからきているようです。

カッコウと言えば、自分で巣を作らず、他の鳥の巣に卵を産み落として育てさせるので有名ですね。テレビの自然番組で見たことがあります。よその鳥の巣で孵ったばかりのまだ目も開いていないカッコウのヒナが、自分が生き残るため、本来の持ち主の卵をオシリで押して巣から落としているところとか、巣からはみ出すほどデカくなったヒナが、自分の五分の1もない育ての親にエサをねだるところとか、なかなかグロテスクな光景でした。でもそれがなぜ「寝取られ男」に繋がるのかは、よくわかりません。

ジャックたち、クリケットをしている

ところが、コテージについてみるとそこはもぬけの空。おまけにドアは全開、窓に至っては外されていて、一種異様な雰囲気。不審に思ったスティーブンがうろうろしていると、外から男たちの歓声が聞こえてきました。そう、ジャックたちはクリケットをしていたのです。

ゲームに熱中している男たちの方へ、ドクターがのんびり歩いて行くと、彼に向って一斉に警告の声が上がります。フライを追いかける野手が三人、彼の方へ後ろ向きに走って来たのです。(クリケットも野球同様、打ち上げたボールをダイレクトキャッチすれば打者はアウトになるらしい。)落ちてくるボールを避けようとしたスティーブンは、野手たちとぶつかってダンゴ状態にひっくり返り…この大混乱にもかかわらず奇跡的にボールをキャッチした守備側の選手は、しかし歓声の代わりに攻撃側チームからの罵声を浴び、スティーブンを知っている全員が「ドクター、ドクター、大丈夫ですか?」と駆け寄って来るのでした。この時守っていたのは、ちょうどポーツマスに入港していたバビントンの艦「タルタロス号」(ドライアド号から新しい艦に移ったらしい)のチーム。攻撃していたのはもちろん、ジャックたちの「元サプライズ号」チーム。

スティーブンはとことんクリケットと相性が悪いらしい。それにしても、落ちようにも海が存在しない場所でさえ、いちいちこういう登場をせんでも…

ジャックが何でクリケットなんかしているかというと、せっかく帰って来たのに、折り悪く家族はアイルランドに行って留守だったからでした。ソフィーの妹のセシリアに子供が生まれたので、そのお手伝いに。(たしか、セシリアの旦那は陸軍さんでしたね。今はアイルランドに赴任しているらしい)電話のない時代は不便です。そこでジャックはソフィーを待つ間に、水兵を指揮して家を軍艦式に大掃除し、残った時間でクリケット三昧しているというわけ。

クリケットの試合って一日中やるのですよね 一日中どころか、1試合に何日もかかるらしい。食事ブレイクやティーブレイクをはさんで延々と。さすが大英帝国。(何がさすがなのかよくわからんが…)ジャックたちも、昼食はパブから荷車でフィールドに届けさせて、本格的にやっているらしい。スティーブンではないけど、よく飽きないものです。

ジャック、サプライズ号を買うつもりだと言う

試合は昼食ブレイクになり、ジャックとスティーブンはコーヒーを飲むために家に戻ります。艦の上ではコーヒーを淹れるのはキリックの役目ですが、実はジャックも淹れるの上手なんですよね〜。家にいる時は、家事の中でもコーヒーを淹れることは彼の役目です。(というか、ジャックはほとんどの家事がソフィーより上手そう。当時の上流階級の婦人はあまり自分で家事しないし。)

芳しいコーヒーを飲んで人心地ついたスティーブン。ジャックは新聞を読み、また株が上がったことを知ってニコニコしています。「実は、サプライズ号を買うつもりなんだ」と打ち明けるジャック。スティーブンは「高くないのか?」と驚くのですが、ジャックは「敵の拿捕船が買い入れられる時と違って、こういう場合はそれほど高くないんだ」と、すっかりその気になっています。

スティーブン、バビントンに相談を受ける

さて、スティーブンがフィールドに戻って昼食を食べていると、バビントン艦長が「ドクターに相談があるのです」と言います。

バビ君は今までにもドクターに様々な相談をしたことがあるらしい。それは、どこかで拾った怪しい病気のことだけじゃなくて(それもあったでしょうが)。少額のお金を借りに来たり(お小遣いは十分もらっていたと思うが…悪いコトに使い果たしていたんだろうなあ)、一度など、ほんの少年の頃、悪い先輩に「お前は妊娠している」と騙されて、慌てて相談に来たりしたこともあったらしいです。(便秘していただけなんですが。)

かわいいなぁ、ウィリアム・バビントン。大好き(笑)

バビントンはもう自由にできる金をたっぷり持っているし、知恵も(多少は)ついたので自分が妊娠したと思い込むこともなさそうだし、彼が「ドクターに折り入って相談が」と言ってきた時、スティーブンは何の相談か見当がつかなかったのですが…

バビ君が言うには、彼は帰国してから、あるパーティでファニー(ハート提督の娘、今はアンドリュー・レイ夫人)と再会したそうです。ファニーと彼は以前に恋人同士だったのですが、ハート提督はすごい剣幕でバビを追っ払い、結婚しなければ一生家から出さないと娘を脅して、無理やりレイと結婚させました。辛い結婚生活を送っている彼女に再会したバビントンは、今は前よりもっと愛し合うようになった、と言います。

「いいかウィリアム、私が不倫をしろとアドバイスすると思っているのなら…」と、ダイアナの不倫のことで気が立っているスティーブン。「いえ、不倫することに関しては、ドクターのアドバイスは必要ありません。」と爽やかに言ってのけるバビントン。ますます素敵(笑)。

バビントンの話では、レイは妻の合意なしには一切お金を使えないらしい。当然のことながら、二人は結婚当初からとことん仲が悪く、おまけにレイは大酒のみで借金漬け。何より悪いことに、金を遣えない腹いせか、ファニーに暴力を振るうそうです。

で、彼の相談と言うのは、ファニーと話し合って二つの解決法を考えが、どちらがいいか考えて欲しい、ということでした。レイに借金を返せるだけの金をやった上で別居し、結婚を形だけのものにして、もう一切妻にかかわらないよう約束させるか。あるいは、世間の評判は気にせず、僕がファニーと駆落ちするか。でも、最初の方法を選ぶ場合、レイをある程度信用できなければならない。ドクターはレイに会っているし、人を見る目がおありになるから、教えてほしいのです。レイは最低限の約束を守る人間だと思っていいでしょうか?

実は今まで私は、バビが結婚しているかどうか、よくわかっていなかったのですよ。でも、もし結婚しているならスティーブンがその事を言わないわけがないから、彼が独身であることに間違いはないようです。彼のことだから、結婚しながら女遊びをしているということもあり得るかなあ、とか思っていたのですが…たいへん失礼をいたしました。

どっちのオプションを選ぶにしても、ファニーを絶対に救い出すつもりなのが男らしい。筋の通った慎重な考え方をしているのが、艦長としての有能さをうかがわせもします。すっかり男前になったバビントンくんです。もう「ドクターのネズミを食べてしまいました」と泣いていた男の子の面影はない…いや、ちょっとはあるかな(笑)。