Chapter 6-2 逮捕


マーティン牧師、アッシュグローブに来る

その後もクリケットの試合は延々と続き、観戦していたスティーブンはすっかり飽き飽き。こんなゲームどこが面白いんだ、アイルランドの国技ハーリングの方がずっとスピード感があっていいのに、とか思っています。そこへやって来たのがマーティン牧師。彼は一文なし状態なので、かなりの距離を歩いてやって来てぼろぼろ状態。

というのは、軍艦の牧師というのは航海を終えたところで、艦長から「立派に勤めました」という証明書をもらって提出しないと給料がもらえないらしいのです。サプライズ号がペイオフされる際、お互い忙しくてそのことをすっかり忘れていて、マーティンはいまだ給料をもらえていないので、わざわざここまで歩いて証明書をもらいに来たのでした。10巻で悩んでいた牧師の娘へのプロポーズは、どうやら首尾よくいったらしく、新居の家財道具を買い揃えるのにお金がいるのです。

スティーブンが「これで退屈がしのげる」と思ったのも束の間、あいにくマーティンもクリケット大好きで、一緒に観戦しながらクリケットの解説をしつつ、家財道具とその値段の話を延々として、彼を骨の髄までうんざりさせるのでした。仕方なく、一人で鳥の観察に行くスティーブン。

それでもスティーブンはマーティンをロバの荷車でポーツマスまで送ったり、家財道具の買い物につき合ったり、結婚祝いに銀のティーセットを贈ったり、いろいろ面倒をみるのですが…ま、悪いけど私、マーティンさんの結婚にはあまり興味ないからパス(<ひどい)。

スティーブン、バビントンの相談に答える

クリケットをぼんやり眺めたり鳥の観察をしながら、スティーブンはバビントンの相談についてよ〜く考えていたのですが、結局こう答えます。まず、レイは海軍の偉いさんだから、怒らせたらバビントンのキャリアに影響があるかもしれない。そのあたりを考えに入れること。でも、(これはレイがどうとかではなく、あくまで一般論だが)自分がよく知らない男、特に自分を嫌っている男を信用しな方がいい

バビントンは、彼の一族は議会に絶大な影響力を持っているので、レイひとりくらい怒らせても影響はないと言います。(さすが、お坊ちゃま。)そして「彼を信用しない方がいい」という言葉を聞くと、たちまち顔を輝かせ、「では、駆落ちに賛成してくださるのですね!」と叫びます。…要は、そうしたかったのね。

「どうすればいいのか」という相談に答えるのは、要は「本人はどうしたいのか」というのを当てることだったりするのですが。でもまあ実際、この場合は駆落ちの方がいいと思う。レイみたいなのに金をやるとキリがなくなる怖れがあるからね〜

ジャック、家を海軍式に掃除する

さて、ジャックはソフィーが帰ってくるまでに、家をキレイにしておいてあげようとします。でもジャックとその部下のことだから、普通の掃除じゃなくて、提督の視察に備えて艦を磨き上げるように海軍式にやります。毎日砲撃訓練前に艦の障壁を外して「clean sweep fore and aft」にするように、毎日、全ての家具を外に出して床を磨き、絨毯をはたき、窓を全部外して磨き、あらゆるところのペンキを塗り直し、ドアノブから蝶番から全ての金属部分ピッカピカに磨き上げるという徹底ぶり。すごい。このひとたち、毎日とは言わない、数年に一度でいいからウチに来て、同じことをやってくれないかなあ…

実はジャック、サムのことに対してソフィーがどう反応するか心配なのですよね。それで、余計なことを考えすぎないように掃除に熱中しているという部分もあるのかも。

そして、ついに磨くところがなくなった彼らは、床を全部はがして削り直して張り替えるという暴挙(?)に及びます。ソフィーが帰ってくる日には、新品ピカピカの床で迎えられる…はずだったのですが…

ソフィーが帰ってくる

予想のついたオチですが、ソフィーは予定より2日早く帰って来てしまいます。ジャックが帰っているという手紙を受け取った彼女は、母と子供たちを残して一人で先に帰って来たのですが…帰ってみると、我が家の床がなくなっているのにびっくり。

床がないので、仕方なくその日の夕食は馬小屋の仕切りの中でとることになりました。馬小屋といっても、ジャックが「モーリシャス成金」だった時に購入した競走馬のために建てさせた広い立派なもので、その後の財政難から馬はいなくなってしまったので、夕食を食べるのには十分な場所です。

ソフィー、サムが気に入ったと言う

ジャックとソフィーは再会を喜びあい、抱擁とキスを交わし、馬小屋の仕切りの中で延々と積もる話を交わし…やっとソフィーに会えた喜びのあまり、ジャックはサムのことで心配していたのをすっかり忘れていたらしく、「最後に受け取った手紙は、バルバドスであの青年に持ってきてもらったやつで…」と、うっかり自分から話を振ってしまいます。

「それじゃ、あの方はあなたに会えたのね。よかったわ。」ソフィーは少し頬を紅潮させて、ためらいがちに言います。「本当に立派な、理想的な青年ね。お仕事の都合がついたらまた訪ねて来て欲しいわ。ぜひ、子供たちと友達になってほしいから…」ジャック、感激。

ソフィーははっきりとは言っていないけど、この言い方は、彼がジャックの息子だということは気づいているようですね。そして、気にしていないみたいです。…まあ、最初から気にしていなかったのか、それとも、最初は気になったけどジャックが帰ってくるまでの時間に思い直したのか、そのへんはわかりませんが。

サムはたしかに、ジャックと別の女との子供ではあるけれど、生まれたのはジャックとソフィーが出逢った時より遥か昔のことだし、ジャックは最近まで子供がいたことをまったく知らなかったのだから、ヤキモチ焼くのは理不尽なのですが。ソフィーは嫉妬深いと言われるけど、理不尽な嫉妬はしないのよね。

バビントンとスティーブン、アッシュグローブを後にする

翌日、タルタロス号の休暇が終わり、バビントンと部下たちはポーツマスへ戻って行きました。スティーブンはミサに出席すると言ってポーツマスに出かけ、そのまま「ロンドンに用事ができた」という伝言だけよこして帰ってしまいました。

ジャックは「スティーブンは時々とても怒りっぽいことがあるから、僕が何か余計なことを言って怒らせたんじゃなければいいけど」と、ズレた心配をしていますが…ソフィーには理由がわかっていました。スティーブンにとっては、自分の優しい同情の視線が、誰のものよりも痛く耐え難く感じたのだろうと…でも、何を言ったら、どういう風に接したら傷つけないですむのかわからない。

どうもこうも、いつもどおりに接すればいいのでしょうけど…それが難しいのよね。

ロンドンから役人が来る。ジャック、逮捕される

ジャックとソフィーが庭でそんな話をしていると、キリックが慌てた様子で呼びに来て、家に執行史が来ていると言います。ジャックに借金で逮捕状が出て、逃げ回っていた時のことをキリックはよく覚えているので、今回もてっきりそうだと思っています。「逃げるのはまずいみたいす。ボウ・ストリート・ランナー(※)みたいな奴らが、道の両側を見張ってます。」

ジャックたちが家に戻ると、役人らしい紳士が待っていました。「オーブリー艦長にに逮捕状が出ています。」「なんてこった…訴えたのはどの債権者ですか?」「いえ、借金による逮捕ではありません。令状による逮捕です。」「何の嫌疑ですか?」「株式市場における詐欺行為の共同謀議です。」

ジャックはほっとした様子で、それなら単なる誤解で、簡単に説明できるからと言うのですが、役人は厳しい表情で、「そうかもしれませんが、とりあえずロンドンにご同行願わねばなりません。どうか、必要以上に事を困難にしないで下さい。逃亡しないと約束するなら、必要な手配をするために30分だけ差し上げます。」

※ボウ・ストリート・ランナー(Bow Street runners) 治安判事ヘンリー・フィールディングが1748年に組織したロンドンで最初の警察隊。1830年まで存続し、後の英国警察組織(スコットランド・ヤード)の元になった。