Chapter 7-1 株価操作


私はこのテの事柄に関しては無知もいいとこなんですが、現代は日本でも外国でも、株価をつり上げる(または下げる)ために嘘の噂を広めたら、それは証券取引法で「風説の流布」と言って犯罪になるはずです。さらに、株価を上げる(下げる)ためにわざと特定銘柄を大量に買ったり売ったりしたら、それもまた「株価操作」といって犯罪になります。英語では「rig the market」と言うようです。

今回、テーマが難しすぎて、いつもの検索で詳しいことは調べきれなかったのですが…英国は中世の昔から「公正な商取引」を目指した法整備を熱心に進めていたようなので、この時代には現在と同じような法律が出来ていたと思われます。刑罰は現在とはかなり違って、ずっと厳しいようですが…

ここでは詳しくは書きませんが、この巻の出来事は、オーブリーのモデルと言われている同時代の英国海軍艦長コクラン卿に起こったことを元にしています。(コクラン卿はホーンブロワーのモデルとも言われていますが、性格はジャックの方に近そう。)

以下は多分ほとんどの人には不要な解説ですが、私自身のために整理しておくと…

・ジャックの容疑は、「底値で株を買い、株価をつり上げて高くなったところで売り抜けて儲けるために、『戦争が終わる』という嘘の噂を流し、かつ特定の銘柄を大量に買った」という詐欺行為の共犯です。
・ジャックは「戦争が終わる」ということは誰にも伝えていないし、株もごく控えめに買っただけです。その噂を広め、株を大量に買ったのは彼の父親とその仲間。おそらく、4章の最後にジャックと会った株屋が、ジャックが捕虜交換艦に乗っていた事と、彼が父親に渡したパルマーのリストの株から「戦争が終わる」と推論して噂をまいたのです。ジャックは、その共犯(または黒幕)と思われています。
・もちろん父のオーブリー将軍やその仲間にも逮捕状が出ていますが、彼らは姿をくらましてしまい、ジャックだけが何も知らずに逮捕されたわけです。
・エリス・パルマーという人物は存在せず、ジャックがでっち上げた嘘だと思われています。
・この時点では、戦争が終わるという噂が嘘であることが知れ渡り、株は暴落しています。噂を信じて株を買って大損した人がたくさん出ています。

サー・ジョセフとスティーブン、ジャックの裁判について対策を練っている

さて、7章はサー・ジョセフの家で、ジャックの逮捕と裁判の見通しについて話し合っているサーとスティーブンから始まります。

サーの情報によると、ジャックの逮捕は多分に政治的なものだそうです。オーブリー将軍は急進派の議員で、いつも政府批判の急先鋒でした。(ただし、将軍自身は金儲けのために急進派に組しているだけで、特に政治的信条を持っているわけじゃないのですが)政府にとっては、この件は将軍とその仲間の急進派をつぶすいいチャンスです。もちろん本当は将軍自身を有罪にしたいけど、逮捕できなかったので、代わりに息子を攻撃する気満々。

というわけで、ジャックを弁護すると政府を敵に回してしまう怖れがあるので、ロンドンの有能な弁護士はたちは関わりたくなくて、みんな逃げてしまっている、とサーは言います。その弁護士の一人がアドバイスだけしてくれて、ジャックの無実を証明するには「エリス・パルマー」本人を見つけて法廷に引き出すしかない、ということだそうです。彼の助言に従い、サー・ジョセフは"Thieftaker"を雇ってパルマーを探させています。

この「Thieftaker(盗賊の捕り手)」、ここに出てくる感じでは、現代で言うと私立探偵のような仕事をしているらしいのですが…当時は非常に卑しいというか、ヤクザな仕事と思われていたらしく、サーはスティーブンに「ここに呼んでも大丈夫か?」と聞いたりしてます。つまり、紳士が直接口をきくのもとんでもない存在、って感じですかね。(スティーブンは「私は解剖用の死体を手に入れるために死刑執行人とだって交渉する男ですよ」と笑うのですが…死刑執行人はThieftakerよりさらに卑しい存在だったらしい。)

しかし、サーが雇ったプラットというThieftakerは、元ボウ・ストリート・ランナー(前項参照)で、有能で信用できるとロンドン裏社会でも評判の人です。サー・ジョセフの家に呼ばれて来たプラットは、調べたことを報告します。

彼によると、議会事務官にも学会にもエリス・パルマーなどという男は存在せず、全ては最初から仕組まれていたっぽい。彼はジャックとパルマーの食事したパブと乗った馬車を当って、ロンドンで馬車を降りたところまでは突き止めるのですが、その後の足取りを見失ってしまいました。

プラットはもちろん話を聞くためにジャックと会ったのですが、話してすぐに彼が無実だとわかった、と言います。話の中身というより、その話し方で。ジャックはまだパルマーを信じていて、彼がすぐ現れて説明してくれるだろうと思っているようです。いくら何でもなあ。「まだ生まれていない赤ん坊のようにイノセント」というプラットのコメントがぴったりだわ。

スティーブンはプラットに、金ならいくらでも出すから、必要なら他の人も雇って、一刻も早くパルマーを探し出して欲しい、と言います。

…って、そんなお金あるの?と言いたくなりますが、実はあるのですよね。スティーブンが名付け親ラモーンさんの遺産を相続したことは前に書かれていましたが、遺産の一部を相続しただけかと思っていました。それが、どうやら彼には子供がなく、スティーブンが全部相続したらしい。しかもラモーンさん、カタロニアでも有数の大富豪だったらしい。スティーブンは今や、正真正銘の大金持ちになっている、らしい。

とは言え、どのぐらいの金持ちなのか、いまいちピンとこないのですが…何より、本人がピンときていないらしいので(笑)。サー・ジョセフはスティーブンと食事しながら、「金持ちになった感想は?」と聞くのですが、スティーブンはどうも実感が湧かない、あまりに長いこと貧乏をしてきたので、貧乏性がなかなかとれない、と答えます。なんか、気持ちはわかるけどね。

前にも書いたけど、スティーブンはジャックとは別の意味で「金銭感覚」が欠落していると思います。私の金銭感覚(のなさ)に似ている。「あれが欲しい、あといくらあればあれが買えるのに」とか切実に思うことがあんまりない人の「金銭感覚のなさ」。まあ、私はスティーブンほど極端ではないですけど。

スティーブン、マーティンのヘルニアを手術する。その後アッシュグローブにソフィーを訪ねる

ロンドンに来る前に、スティーブンは急性のヘルニアで倒れたマーティンのところに駆けつけて手術をしなければなりませんでした。原因は、ポーツマスで買い込み過ぎた重い家財道具を無理に持ち上げたことだ思いますが…それで、スティーブンがジャックのもとに来るのが遅くなっていたのです。

マーティンさん、結婚を控えて病気になるなんて気の毒…とは思うけど、こんな時に病気になるなんてメイワクなやっちゃ、という気持ちもちょっと…(でも、ひょっとしたらスティーブンがあげた結婚祝の銀のティーセットもヘルニアの原因の一部かもしれない。)

ジャックの逮捕やマーティンの病気がいいことだとはとても言えないけど、スティーブンにとっては、友人が立て続けにタイヘンなことになって自分のことを考えているヒマがなくなったのはかえってよいことかも。実際、少し元気が出てきたような。

その後、スティーブンはアッシュグローブを訪ねたのですが、ソフィーが家にじっとして、泣いてばかりいるのにがっかりします。

ダイアナなら(少なくとも、彼の心の中の理想化されたダイアナなら)もっと強さを見せただろう…夫を逮捕に来た連中を汚い言葉で怒鳴るか、騙そうとするか、買収しようとするか、それに失敗したら、ついてくるなと言われても着替えを持って追いかけてきただろう…

こんな風にダイアナのことを考えるのは、自分の傷口にナイフをねじりこむみたいな行為だと自嘲的に考えながらも、考えずにいられないスティーブンでした。

かわいそう…。でも、たしかにダイアナなら(スティーブンの脳内ダイアナでなくても)そういうことをしそうです。少なくとも、役人に悪態をつくことはたしか。