Chapter 7-2 マーシャルシー監獄


スティーブン、マーシャルシー監獄を訪ねる

さて、スティーブンはジャックが拘留されているマーシャルシー監獄を訪ねます。これがあるのはテームズ川の南側で、昔も今もロンドンの貧しい側、汚い側、治安の悪い側。サー・ジョセフは馬車を拾って行けと言ったのに、スティーブンは馬車代をケチって歩いて行き、案の定途中で道に迷って面会時間に遅れ、結局馬車代の三倍相当のワイロを払って入れてもらうハメになります。とことん貧乏性。(気持ちはわかる。私も貧乏性なので、突然大金持ちになったとしても、ついタクシー代とかケチっちゃいそうな気がします。まあ、金持ちになること自体一生ないでしょうけど。)

こういう犯罪で、裁判まで拘留されてしまうというのは厳しいですね。現代なら在宅起訴か、逮捕されてもすぐ保釈だと思うのですが。でも、マーシャルシー監獄は海軍関係の囚人が多く、けっこう自由がきくらしくて、ジャックの監房…というか部屋にはキッチンもついていて、なぜかソフィーもキリックもいて、ジャックは料理を作ったりしています。

ソフィーはスティーブンをよろこんで迎え、「背をかがめて」彼の両頬にキスをして(やはりソフィーはスティーブンよりだいぶでかいらしいです)、彼の手を握りしめ、「この間は弱い態度を見せてしまって恥ずかしい、もう二度とあんな風にはならないから許してね」と言います。

アッシュグローブに行った時に、スティーブンが「こんな時こそ君がしっかりして、ジャックのそばについていてあげないと」とか言ったのかな。それでソフィーはがんばったのかしら。このシーンのソフィーは素敵だけど、なぜか読んでると切なくて、泣きたくなるような…

ジャックはソーセージ料理、ソフィーはアップルタルトを作っています。アメリカでは「tart」とは上にパイ皮をかぶせないパイ、かぶせたのは「pie」ですが、イギリスでは逆。ソフィーはあまり料理は得意でないのですが(当時の上流家庭にはたいがいコックがいますので、奥様はあまり料理はしません)、比較的失敗が少ないのがアップルタルトだそうです。スティーブンが一緒に食べて行くことになったので、歓迎のしるしとして、パイ生地でシャムロックを作って上に飾ります。

シャムロック(Shamrock)はアイルランドの国花、三つ葉のクローバーのこと。(日本によくあるシロツメクサとは別の種類ですが。)伝説によれば、アイルランドの守護聖人・聖パトリックがキリスト教を伝導する際、三つ葉のクローバーを使って「三位一体」を説いたとか。ちなみに「シャムロック」というお酒もあって、それはアイリッシュ・ウイスキーとハーブをミックスしたグリーンのカクテルとか。飲んでみたい。

この三つ葉の形とグリーンはアイルランドの象徴ですね。私はアイルランドのおみやげで、シャムロック型のピアスを持ってますが、つけるたびにスティーブンを思い出します。(まあ、そうでなくても、スティーブンのことはほぼ毎日思い出しているのですが。)

メッセンジャーが来て、ローレンス弁護士が弁護を引き受けてくれたと報告する。

いろんな弁護士に逃げられていたジャックの件ですが、ようやくローレンスという評判のいい弁護士が引き受けてくれます。

と言っても、弁護士を探しているのはサー・ジョセフで、ジャック自身は「そもそも弁護士なんか必要ない」と思っています。この世で彼が知っている裁判と言えば軍法会議だけで、軍法会議には弁護士なんか必要ない。心にやましいところのない人間が、自ら法廷に立って正直に真実を語れば、みんな必ずわかってくれるはずだ。英国の裁判所は世界一公平で賢明だとみんな言っている。おれは自分の国の司法制度に全幅の信頼を置いている、と。

イノセントもここまでくると、ちとカンに障ってくるのは私だけだろうか…

スティーブンは、裁判は軍法会議と違って素人には太刀打ちできないややこしいものだから、どうかその弁護士を雇ってそのアドバイスに従ってくれと彼を説得。ソフィーも心から、どうかそうしてほしいと言います。結局、ソフィーの言葉が効いたのか、彼はとにかくローレンス弁護士を雇うことには同意するのですが…

パルマー、死体で発見される

スティーブンとローレンス弁護士は、ダブリンのトリニティカレッジの同窓だったとか、いろいろあって仲良くなるのですが、ローレンスは「パルマーが見つからなければ、この裁判はほとんど望みがない」と言います。もちろんそれは承知しているスティーブンは、金に糸目をつけずにプラットにパルマーを探させているのですが…それが最悪の結果になります。

テムズ川から引き上げられた身元不明の溺死体(たくさんあるらしい)の中に、パルマーと名乗っていた男と思われるものをプラットが発見したのです。その死体は、顔がつぶされていました。スティーブンやプラットには、体格や発見状況からほぼ確実に彼だとわかるものの、裁判で「これが『パルマー』です」と主張したところで、何のたしにもならない代物。

ジャック、ローレンス弁護士を困らせる

ローレンスは非常に有能で良心的な弁護士なのですが、ジャックのようなタイプにはあまり会ったことがないらしく、どうも扱いが下手。彼に「全ては父上の責任だと主張してはいかがですか?」と持ちかけて怒らせてしまいます。でも実際、噂を広めたり派手に買ったりしてまずい状況にしたのは、父親とその仲間たちなのですけどね。まあ、そもそもは彼らも被害者なのですが…

ジャックはまだ「英国の司法制度は世界一」という信頼を曲げていません。ローレンスは、裁判官や検事にも良心的でない人がいることを何とか彼に納得させられないか、とスティーブンに相談します。

ジャックの赫々たる戦歴や負傷のことを訴えたり、美しいオーブリー夫人が公判に顔を見せれば、同情をひく効果はいくらか期待できる。しかし、陪審はほとんどシティのビジネスマンなので、情や愛国心よりも金中心の価値観を持っている。しかも、判事のクインボロー卿は検察の味方だし、検事のピアスは手段を選ばないタイプだ。父の仲間で唯一逮捕されたカミングスは札付きの証券詐欺師だが、取引して検察側の証人になっている。もちろん、ジャックに全ての罪を着せようとするだろう。

有罪ならまず確実に罰金、悪くすればさらし台か監獄行き−最悪、その両方もあり得る。何より、有罪になったら海軍を不名誉除隊になるのは避けられない。ローレンスの言い方から、この裁判にはほとんど望みがないことを悟り、スティーブンはショックを受けます。

スティーブン、サー・ジョセフに相談する

というわけで、スティーブンはすっかり落ち込んでクラブに戻り、またサー・ジョセフに会います。実は少し前から考えていることがあり、ローレンスとの話でほぼ心が決まったのですが、念のためサーの意見を聞こうと思っています。

それは、「サプライズ号を買収しようと思っている」ということ。ジャックが株で儲けた金で買うつもりだったのですが、もちろん彼はそれどころではなく…莫大な遺産を相続したスティーブンは、彼女を買い取るお金は充分にあるので。

ジャックが海軍を追い出されたら、何もせずに陸にいたら気が狂うだろう。私自身も、英国にいたくない。ジャックはもう金がないから、サプライズを私掠船にしてレター・オブ・マーク(敵国艦船拿捕許可書)を取り、ジャックに船長になってもらおうと思っている。

しかし、自分は私掠船については何も知らないので、サー・ジョセフにしばらく考えて意見を聞かせてほしい…

スティーブン、マーシャルシーを再訪する

前にも書いたように、マーシャルシー監獄には元海軍の囚人が多く収監されています。除隊だけではすまない、比較的重い罪を犯した士官とか、軍法会議で死刑を免れた水兵とか。

二巻に登場した、ポリクレスト号のグッドリッジ航海長をご記憶でしょうか?伝説の不死鳥とハレー彗星の周期を比較して、「ハレー彗星と不死鳥は同じものである」というユニークな説をスティーブン相手に熱心に語っていた人です。この人はその後、この理論を嘲笑した提督にかみついた罪で(いや…文字通り、噛みついたのです)服役中。

いえ、スティーブンが訪ねていった時にジャックがこの人と「ファイブス(※)」をしていた、というそれだけの出番なんですけどね。なんか、懐かしくて。元ポリクレスト号、元気にしていたか〜という感じで…いや、元気ではないか。

スティーブン、ジャックを説得しようとする

スティーブンが面会に来た目的は、ローレンスに頼まれた通り、「法律家もモラルの高い人ばかりではない」ということをジャックに納得させ、もっと警戒するよう伝えるためです。彼は判事や法律家に広がっている腐敗を例を上げて語り、特にクイーンボロー判事とピアス検事の悪口(真実)を伝えるのですが…

でも、ジャックは断固とした声で、「英国には陪審員がいるから世界一だ、アイルランドや、他の外国のことは知らないが、英国の裁判は公平だと信じている」と答えるのでした。

ほんと、ナイーブなのもいい加減にせい、と言いたくなってきた。ジャックらしいと言えば、ジャックらしいのだけど…「英国よりスティーブンを信じろよ!」と言うのは、やっぱり無理なのでしょうか。

※ ファイブス(Fives) : ハンドボールに似た球技。三方または四方を壁で囲んだコートで2人ないし2組に分かれた4人が、手にはめたグローブまたはラケットでボールを打ち、ボールを壁に弾ませて受け渡ししながら得点を争う。