Chapter 9-1 宣告


スティーブン、マーシャルシーでソフィーに会って話す

ある霧雨の降る朝。開門時間に合わせてマーシャルシー監獄を訪れたソフィーは、スティーブンが雨に濡れ、寒そうに立っているのを見てびっくり。「まあ、スティーブン、びしょぬれじゃないの。早く帽子をかぶって、私の傘に入って、私の腕につかまって…」といつものように世話をやくソフィー。(なんだか、この二人の脳内イメージが、どんどんソフィーの方がデカく逞しくなってゆくなあ。スティーブン=ソフィー<<<ジャックという感じだったのが、スティーブン<<ソフィー<ジャックぐらいになっているのですが…笑)

スティーブンはジャックに会いに来たわけではなく、ジャックに会う前にソフィーに会って話をしたかったのです。彼は今までジャックのために、いろいろコネやツテを頼って走り回っていたのですが、結果はあまり芳しくなくて疲れきっています。

ローレンスの話によると、控訴は不可能だそうです。何でも法律では、起訴状に含まれていて有罪になった人間全員が訴えないと裁判は行えないそうです。ジャック以外の被告(父のオーブリー将軍とその仲間)は行方不明なので、全員で訴えることは不可能なので…そんなアホな、それならそもそも最初の裁判も行えないはずだろう、と思いますが、とにかくルールではそうなっているそうです。

スティーブンが訴えた相手に「司法のルールは変えられない」と何度も言われた、と話すと、ソフィーは「司法なんてくそくらえだわ」と、従姉妹そっくりの口調で言いました。ソフィー素敵。ソフィーがダイアナと「似ている」と書かれているのはここが初めてですね。でも、血縁なんだから、実は底にはつながっているところがあるのかな…ちなみに、英語では「司法」と「正義」は同じjusticeなので、「正義」なんてくそくらえだ、と言っているようにも聞こえます。

実はスティーブンは「司法のルール」よりも、「海軍の慣習」を変えられないかと思って駆け回っているのですが。海軍の慣習では、犯罪で有罪判決を受けた艦長を「自動的に除隊処分にする」という慣習があるので…これに何とか、例外が認めてもらえないかと努力しています。

まずコネそのいち、プリンス・ウィリアム(クラレンス公爵)に当るのですが、公爵には涙ながらに、「これは私でも第一海軍卿でもどうにもならない、王か皇太子でないと」と言われます。残念ながら、ウィリアム王子と兄の皇太子は仲が悪いので、皇太子にお願いを聞いてもらえる見込みはない。そこでスティーブンは皇太子の「妻」(カトリックなので英国では正式な皇太子妃にはなれない、しかしローマ教皇は認めているので、カトリックのスティーブン的には立派な妻)のフィッツハーバート夫人に会います。しかし彼女は「自分はもう皇太子に影響力はない」と言って、皇太子の新しい愛人レディ・ハートフォードに会うことを勧め…とにかく、皇太子へのアピールは時間がかかる上に望み薄のようです。

スティーブンがソフィーに言いに来たことは、「サプライズ号はトム・プリングズに任せて、シェルマーストン(私掠船や密輸船が母港にしている港)に置いていて、すでに乗員を集め始めている。もしジャックが承知してくれて、彼が懲役刑にならなければ、すぐに出航したいと思っている−これをジャックに伝えて、承諾させてもらえないだろうか?」ということでした。

「でもスティーブン、なぜ自分で言わないの?」「『機械仕掛けの神』の役割は嫌いなんだ。君から言った方がいい。ジャックはくれぐれも、何の義理を感じる必要はないと言ってくれ。僕が資本を、彼が技術を提供するというだけなんだから。僕は、自分では池をボートで横断することもできないし、他のキャプテンと海に出るつもりはないからね。それから、『私掠船(privateer)』や『海賊(corsair)』という言葉は使わないように。『レター・オブ・マーク(Letter of marque)』か、『私有戦闘船(Private man-of-war)』と言うんだよ。」

"Letter of marque"には、「敵国艦船拿捕許可状」という意味の他に、「その許可状を与えられた船」もさすようですね。それから、Man-of-Warは普通「軍艦」と訳されるのですが、軍に属してなければ軍艦はおかしいので、「戦闘船」にしました。

4巻では「妖精の名付け親(fairy godmother)」の役は嫌だ、と言っていたスティーブン。今度は「機械仕掛けの神(deus ex machina)」…どちらも、「物語の途中で唐突に現れて主人公を助け、ご都合主義のハッピーエンドをもたらす役」というような意味ですね。

スティーブンは、よっぽど恩着せがましい行動が嫌いなようで。そこが素敵だけど、私としては、ジャックに目隠しをして港まで連れて行き、「さあ、目を開けて!」と言ったら目の前にマストにでっかいリボンをつけたサプライズ号が…ってぐらいのクサいことをやって、ジャックを泣かせて欲しかった気もします(笑)。

スティーブン、自宅にサー・ジョセフを訪ねて話す

またサー・ジョセフの自宅を訪ねると、サーはスティーブンに"Letter of marque"(許可状の方)を渡します。「レター・オブ・マーク」は対象一国づつ別々にとらなければならないのですが、サーはフランス、オランダ、アメリカ、その他もろもろ、とにかく敵国全部に対する許可状を既に取ってくれていました。スティーブンは喜んで、「God set a flower on your head, dear Blaine.(神があなたの頭上に花を下さるように、ディア・ブレイン)」と言います。(<なんとなく可愛かったので、引用。)

サー・ジョセフは外務省と陸軍の諜報関係者と密談を続けていて、例のチリとペルーの件には、ドクター・マチュリンと「私有戦闘船サプライズ号」が理想的だという結論に達していました。ドクターはサプライズ号の船長がオーブリー氏でなければ動かないと言ってあるので、最悪でも、ジャックが懲役刑を受けることはないだろうということです。つまり政府の偉い人たちが、その程度には判事にプレッシャーをかけられる、ということですね。しかし、クインボロー卿は別のやり方で悪意をぶつけてくるかもしれないので、あまり楽観はできないそうです。

ジャックの量刑宣告が出る

スティーブンは刑の宣告をすぐ知らせてもらえるように裁判所にメッセンジャーを頼んでいたのですが、サーと話している時にメッセージが届きます。

さらし台です。…罰金とさらし台。国王に罰金2500ポンドを支払い、ロンドン市王立取引所正面にて正午から午後二時の間に一時間、さらし台にかけられるべし。」「それを怖れていた。…マチュリン、イングランドで人がさらし台にかけられるところを見たことがあるか?」「いいえ。」「血腥いことになることがある。死ぬほどの重傷を負った例もあるし、障害を負ったり、群集に石を投げられて両目を潰された男もいる。今度の件の裏には、金や政治的思惑の他に、君の友人に対する隠された強い怨みがあるような気がする。プロの拳闘士を雇って、ガードさせた方がいい。プラットが適当な連中を探してくれるだろう。」「すぐに手配します。アドバイスをありがとう、ブレイン。」

スティーブンは、何とかオーブリーの海軍追放を避けたいといろいろツテを当っていることを話し、レディ・ハートフォードはその力にりそうかどうかサー・ジョセフに聞きます。「除隊を避けるのは無理だ。問題は、復職が可能かということだ。除隊時の先任順位のまま復職した前例もあるが、それには長い時間と絶大な影響力が必要だし、このような場合は…レディとは知り合いかね?」「アンドリュー・レイがレディ・ハートフォードと親しいようなので、紹介してもらえるよう頼んでみます。」「当ってみる価値はあるだろうが、彼女とレイのような最低の人間が相手では、時間と賄賂を取られただけで終わりになる可能性もあるぞ。」「それは承知の上です。」

スティーブン、レイを訪ねて妻のファニーと話す

というわけでレイ宅を訪れたスティーブンですが、レイは不在でした。しかし、彼の名前を聞いてレイ夫人(バビントンの恋人ファニー)がすごい勢いで階段を駆け降りてきて、彼の両手を握り締めて「ドクター!オーブリー艦長のこと、聞きましたわ。何てひどいことなんでしょう!」と叫びました。

ファニーちゃんは元々「不器量でずんぐりして毛深い」とか書かれていていて、はっきり言って美人ではないのですが、今、義憤にかられて頬を紅潮させ、目をきらきらさせている彼女は「ほとんど綺麗と言ってもいい」とスティーブンは思います。それもあるけど、やっぱり恋は女性をキレイにするのね。

もちろん、彼女が怒っているのはジャックの件。「海軍士官をさらし台にかけるなんて!とんでもない話ですわ。あんなにご立派で、勇敢で、ハンサムで、背の高い方を!チャールズ…いえ、バビントン艦長は、彼のことを崇拝していて…チャールズはドクターのアドバイスに感謝しています。私も嬉しくて…それにしても、可哀相なオーブリー艦長!さらし台で、石を投げられたり、野次られたり…お辛い目にお遭いになるわ。」「しかし彼は無実ですから、恥を感じることはないのではないでしょうか。」「もちろん、オーブリー艦長が無実なのはわかってますわ。でも、有罪だって誰が気にするっていうんでしょう?市場の操作なんて、誰でもやっているじゃないですか。レイだって、今回の値上がりでずいぶん儲けたんですのよ。…ミセス・オーブリーに、くれぐれもよろしくお伝え下さい。私にできることがありましたら、お子さんたちでも、ネコの世話でも、何でもしますからって…」

ここで、ファニーは何故かバビントンのことを「チャールズ」と呼んでいるのですよね。なぜそう呼んでいたのかは、次の巻(12巻)でファニーから説明があるのですが(「二人の間の冗談として、一緒に見た劇の主人公の名で呼んでいた」みたいな)…でも、やっぱりここは「オブライアン氏が間違えて、後でごまかした」という説がファンの間では有力です。オブライアンさんって、なんでか知らないけど、自分でつけたキャラクターの名前を時々間違えるのですよね。モゥエットくんなんか、ジェームズなのかウィリアムなのか…(ジェームズ・ウィリアム・モゥエットかもしれないけど。)まあ、こういうのをチェックするのは編集者の役目ですが。

そこへ、アンドリュー・レイが帰ってきます…というか、召使たちによって運び込まれて来ます。足腰立たないほど泥酔しているレイは、ファニーとスティーブンが話しているのを見てニヤニヤ笑い、戯れ唄(詩?)をつぶやきます。「A beaten wife and a cuckold swain/Have jointly cursed the marriage chain. (殴られた妻と寝取られ男/仲良く結婚の絆を呪う。)

レイって本当に、あらゆる意味で最低男ですね。ファニーがかわいそう。「チャールズ」くんが早く助け出してあげないと…