Chapter 3-2〜ジャワ号


ジャワ号の人々はこの上なく親切で、12人に沢山の衣服を提供し、豪華なクリスマスのディナーを振舞った。しかしスティーブンは、艦の雰囲気がどことなく沈んでいることに気づいた。そしてここでもまた、食事の席の話題はアメリカ海軍のことばかりで、彼をうんざりさせた。

ここで、スティーブンが、ジャワ号の士官に「the President(大統領)についてどう思いますか?」と訊かれて、「金持ちだが、権力に恋々とするタイプだ」みたいな事を言って散々けなしてるんですが… 当時のアメリカ大統領は、第四代のジェームズ・マディソン。この人は評判悪いんかね? と思って調べてみたのですが、特にそういうことはないようです。クリントン時代にアメリカのケーブルTV局が行った「アメリカ歴代大統領ランキング」では、41人中18位。ちなみに、このランキングでは、初代のワシントン=3位、二代目アダムス=16位、三代目ジェファーソン=7位。確かに前任の3人よりは低いけど、評価はまあまあのようです。

ただ、この1812年の英米戦争は、国内に反対の声も大きかったのに宣戦布告してしまったので、反対派からは「マディソン氏の戦争」と揶揄されたりもしたようです。スティーブンも、立場は逆ですが、この戦争に反対していますしね。ちなみにマディソン大統領は身長162.6cm、これは歴代大統領の中で一番小柄だそうです。(なんか、余計な知識まで増えてしまうな。ほとんどトリビアの泉…)

あ、でも…ジャワ号の士官が訊いたのは軍艦の「プレジデント号」のことだったのですけどね。

スティーブンはジャックに呼び出された。行ってみると、ジャックがあまりに悲しそうな顔をしていたので、何か悪い知らせを受けたのではないかとスティーブンは心配した。「もちろん、悪い知らせだ。君は聞いていないのか?…英国のゲリエール号が、アメリカのコンスティテューション号に負けたんだ。それから、フラリック号がワスプ号に、マケドニアン号がユナイテッド・ステーツ号に負けた…フリゲートが2隻、スループが1隻…3戦3敗だ。」

ジャックはあまりに長いこと海軍にいるので、ほとんど海軍と一体化していて、海軍が艦を失うことは自分の身体の一部を失うようにこたえるようです。あんまり悲しそうなんで、思わずスティーブンが「ソフィーか子供に何かあったのか?」と心配してしまうぐらいに。この3連敗にしても、ひとつひとつ見ればアメリカ艦の方が有利な戦いばかりで、別にそれほど嘆くことはないのですが…この頃のイギリス海軍ってあまりに無敵だったので、開戦1ヶ月で3連敗しただけで世界の終わりのように思われてしまうようです。ま、あまり慢心してはいけませんね。

ジャワ号は以前拿捕したウィリアム号とブラジル沖で落ち合うことになっていた。ジャックたちはその船に乗換えて英国へ向う予定だった。ところが、サン・サルバドル港沖で落ち合ったところで、ジャワ号は遠くに正体不明の船を発見した。ボンデンは、あれはアメリカのコンスティテューション号だ、と断言した。

戦闘の可能性に、ジャワ号乗員の意気は高揚した。ランバート艦長は遠い船影を追跡する針路を取った。「あなたがたは、今のうちにウィリアム号に乗換えて下さい。」彼はジャックに言った。「とんでもない。こんな時に艦から追い出されたら、みんながっかりしますよ。」ジャックは答えた。彼の海尉たちもうなずいた。

ジャワ号は港から離れてゆく船を追い、じりじりと追いついた。しかし、ジャックの目には、相手は本気で逃げていないように見えた。あれが敵艦なら、たぶん戦闘をする気で、こちらを港とウィリアム号から引き離しているのだ。ジャックがチャズ副長にこれからの作戦を訊ねると、彼は答えた−「艦長はネルソン卿の言葉を引用されました−『操船などかまうな、ただ真直ぐ突っ込め。』その通り、真直ぐ近づいて、横付けにして叩けるだけ叩き、煙の消えぬうちに斬り込むつもりです。」ジャックは黙り込んだ。彼もネルソン提督を崇拝してはいたが、自分ならこの場合、もっと慎重な作戦を取るだろう。しかし、彼はただの乗客であり、艦長の決断に口を出す立場にはない。


"Never mind manoeuvres, go straight at 'em"というネルソンのセリフは1巻にも出てきますが、本当にネルソンはこう言ったのでしょうか。ざっと調べてみると、コナン・ドイルの歴史小説「ロドニー・ストーン」の中で、ネルソン提督はたしかにそう言っています。(でもこれってフィクションですよね…?)「ジブラルタルを越えれば男はみんな独身だ」っていうのも有名なセリフですが、これも本当に言ったのかしら?(こっちの方が気になっていたりして。)

マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればいい」と言うのと同様、この手の「名台詞」は、後の人が勝手に「あの人ならそういう事を言いそうだ」とでっち上げることが多いのだろうと思います。かの江本孟紀氏だって、「ベンチがアホやから野球がでけへん」なんて絶対言っていないと主張していますし。(<なぜ急にこんなに卑近な例になるんだか。)

「…ただ真直ぐ突っ込め」という言葉は、7巻で、まったく違う状況で再び出てきます。お楽しみに(?)。

2隻の軍艦は近づいた。相手はボンデンの言うとおり、アメリカの44門重量級フリゲート艦、コンスティテューション号だった。ジャックと元レパード号の仲間は、艦首の砲のうち2門を担当することになった。スティーブンは軍医のフォックス氏と共に最下甲板で位置についた。

コンスティテューション号が最初の斉射を放った。弾は手前に落ち、跳弾となってジャワ号に飛び込んだ。24ポンド砲弾だ。「大きすぎて残念だ」ジャックが言った。「おれがエイジェックス号で士官候補生をやってた頃、敵の弾にポスト・ペイド(郵便料金支払済)って書いて撃ち返した海尉がいたよ。その海尉はすぐにポスト・キャプテン(勅任艦長)になった。は、は、は!」みんなが笑った。


この"Post Paid"のジョークっていうのは、私にはイマイチ可笑しさがわからないんですが…。今の郵便は差出人払いが基本ですが、当時は受取人払いの方が多かったようですね。当時、切手はまだありませんでした。(世界最初の切手「ブラック・ペニー」が発行されたのは、この38年後。)なので、差出人が払ったという証拠に、切手の代わりに"Post Paid"というスタンプを押していたみたいです。

それにしても、戦闘の真っ最中にそんな冗談をやるかね?まったく、イギリス人って奴ぁ…

2隻はすでに至近距離まで近づいていた。「狙いがつき次第、撃て」命令が下った。ジャワ号の乗員は戦闘経験のない者が多かった。ジャックは艦首の砲の間を飛び回って指導した。コンスティテューション号は連続して回頭し、有利な位置に出ようとした。ジャワ号はそれを追い、なんとか接近戦に持ち込もうとした。双方、めまぐるしく位置を変えながらの壮絶な撃ち合いになった。ジャワの海尉が倒れ、レパード号も士官候補生を失った。死者と負傷者が続出する中、ジャックは今や艦首全体の指揮を執っていた。

コンスティテューションの24ポンド砲、ジャワ号の18ポンド砲−その威力の違いが、徐々に現れつつあった。これでは、とても持たない−早く斬り込みに持ち込まなければ…その時、ランバートの命令が聞こえた−「斬り込み隊、かかれ!」

ジャワの男たちが、武器を手に艦首に集まっていた。ところが、今しも敵艦に乗り移ろうとした時、ジャワ号のフォアトップから悲痛な声が上がった−「よけろ!」フォアマストが、帆桁と帆もろとも倒れてきたのだ。甲板の男たちの多くが下敷きになり、負傷し、身動きとれなくなった。他の全員が必死でロープを切り、マストを海に落とそうする間に、コンスティテューションはジャワの後へ回りこみ、艦尾から艦首までを貫く、最もダメージの大きい角度から砲撃を浴びせた。ジャワのメイントップマストが倒れた。


この戦闘で、フォーショウ士官候補生が死んでしまったのが悲しい。フォーショウくんは美少年で、適度に天然ボケで、何より、スティーブンの面倒をなにくれとなく見てくれる優しい子だったのです。あの過酷な漂流を生き延びたのに、戦闘となるとあっという間に死んでしまって、しかも「フォーショウはどこだ?」「死にました」で終わりだもの…(涙) このシリーズって全体的に、「美少年薄命」のような気が…

「艦長が倒れた!」ジャワの乗員の1人が叫んだ。チャズ副長が代わって指揮を執った。ジャワ号の士気はまだ高く、乗員は落ち着いていた。が、ジャワ号のマストは、既に3つともトップ(檣楼)を失っている。コンスティテューションの3つのトップはマスケット銃を構えた海兵隊員で埋まり、容赦なく狙い撃ちを続けている。その1人がジャックを捉え、彼は倒れた。彼は立ち上がろうとしたが、右腕が言う事をきかない。彼はよろよろと立ち上がったが、頭に破片を受けて再び倒れた。

気がつくと、彼は下へ運ばれている途中で、キリックが怒鳴っていた−「おい、揺らすな!静かに運べ!」スティーブンが傷を探し始めると、ジャックは言った。「早くしてくれ。とりあえず包帯を巻いて、手当ては後でいい。甲板に戻らなくては。」スティーブンはうなずき、腕に手早く添え木を当てて包帯を巻いた後、他の重傷患者に移った。

バビントンたちが応急マストを立て、ジャワ号はなんとか動ける状態になった。まだわからない…もっと不利な状況から逆転した例もある。敵がミスを犯してくれさえすれば…斬り込みに持ち込めさえすれば。

ジャワ号は沈みかけていた。「早くアメリカ艦に乗り換えた方がいいな。」チャズはにやりとした。ここで敵が、もう一度だけミスを犯し、斬り込みに持ち込めるほど接近してくれれば…しかし、アメリカ艦は慎重だった。コンスティテューション号はジャワ号の艦首を横切って止まり、左舷の砲列を真直ぐジャワ号に向けた。この角度からでは、ジャワは撃てない−撃てるように方向転換すれば、その間に敵はジャワを粉々にできるだろう。しかし、敵は撃ってはこなかった。こちらの降伏を待っているのだ。

「だめだ」チャズはつぶやいた。副長はジャックを見た−彼は頭を下げた。チャズは絞首台に昇る男のような足取りで艦尾へ向い、軍旗を降ろした。


海戦の時は、トップにマスケット銃を持った海兵隊の射撃手が立って、敵の士官を狙い撃ちします。ネルソン提督を殺したのもこのマスケット銃弾です。

ここ、怪我をおして甲板に戻るジャックは、かなり無茶をしているんだと思いますが、それに対するスティーブンの反応がいいなあ…と思いました。もちろん心配は心配なんだろうけど、あくまで冷静というか。どうせ止めても無駄だし、ジャックより重傷の患者は山ほどいるのだろうし。患者であれば、親友も他人も敵も味方も同じっていう、医者としての視点もあるだろうし。スティーブンが怪我した時のジャックの反応との違いも、比べてみると面白いです。