Chapter 8-1〜脱出


「オーブリー艦長にお会いしたい。ヘラパスと申します。」「あなたはヘラパス氏ではない。」ポーターが言った。「息子です。ドクター・マチュリンから艦長へ伝言をお持ちしました。」ポーターは手紙を持って上がり、すぐに戻ってきた。「上がって下さい。」

「ミスタ・ヘラパス、久しぶりだな。こっちへ来て座ってくれ。ドクターに怪我は?」「見たところはありませんでしたが、動きが妙にゆっくりしていて…眩暈がしているみたいでした。」「ホテルにはまだフランス人がいるか?」「はい。ロビーに8、9人いました。」「シャツとブリーチを取ってくれ。」ジャックが吊り包帯を外してシャツを着始めたので、ヘラパスは叫んだ。「まだ取っちゃだめですよ。ドクターが何て言うか…」ジャックは無視して、「上着と靴を」と言った。「ヘラパス、君のお父さんは在宅か?頼みたいことがある。」ジャックはヘラパスに支えられて階段を降りた。「おれはもう元気だが、しばらく動いていなかったから、階段で転んだりしたらいけないからな。」ジャックは言った。

彼らは玄関でポーターに止められた。「あなたは外に出てはいけません。」「ドクター・マチュリンのところへ行くんだ。彼は何か困ったことになっているらしい。」ジャックが言うと、ポーターはドアを開けた。「もし私が必要なら、いつでも呼んで下さい。」彼は言った。ジャックは彼と握手し、外に出た。「あのフランス人の犬どもめ、今朝彼を殺そうとしたんだ。中立の港で船を襲うようなものだ。卑怯な…」ジャックは唸った。


今まで書く機会がなかったけど、アスクレピア病院はボストンの「ビーコン・ヒル」の近くにあります。ビーコン・ヒルというのはボストンの高級住宅街です。(当時は特に高級ではなかったかもしれませんが。)高台になっているので、ジャックの病室からは港が見下ろせたのですね。ボストンに行った時はこのへんを歩いたのですが、すごく綺麗な町並みでした。感謝祭前の時期で、扉が飾りつけしてあるのも可愛くて、外国のリビング雑誌そのままって感じ。観光地じゃなくて人が住んでいるところなので、あまり写真を撮ったりできなかったのが残念でした。

どうして「ビーコン・ヒル」を見に行ったかというと、シャーロット・マクラウドの「セーラ・ケリング」シリーズの舞台になっているところだから…というのはまあ、関係ないのですけど。

「ヘラパスさん、あなたを信頼して、お願いしたい事があるのです。」ジャックは言った。「あなたは船をお持ちですね。その船には、乗員の強制徴募を逃れるための隠れ場所があるはずだ。実は、友人のマチュリンがフランス人たちに追いつめられているのです。彼の婚約者も一緒です−私の妻の従妹です。あなたの船に二人を隠して脱出させたい。私も行きます。私は捕虜宣誓をしていませんから。」ヘラパス氏は承諾し、彼の船の一隻アルクトゥルス号を貸してくれることになった。

ジャックとヘラパス親子は、港で船の隠し部屋を確認した後、馬車でホテルに向った。途中で馬の引き綱が切れ、それを直している時、町の名士であるヘラパス氏は何度も知人に声をかけられた。ホテルに着いた時には、すでに夜は更けていた。ジャックはヘラパス氏が浮き足立っているのを感じた。一方、マイケルは落ち着いていた。ホテルのロビーからは、酔ったフランス人の歌声が聞こえていた。ジャックは少し離れたところで馬車を止め、マイケルに「様子を見て、二人に我々が来たことを知らせてくれ」とマイケルに言った。

マイケルはなかなか帰ってこなかった。ヘラパス氏はますます落ち着かなくなり、「あいつは何をしているんだ」と何度も呟いた。ジャックはホテルを見つめた。この様子では、スティーブンのことは気づかれていないのだろう。ジャックは戦闘に臨む時の高揚した気持ちを感じていた。右腕が腫れ上がって痛んでいるにもかかわらず、身体に力が湧いていた。


ジャックは今まで辛かったと思うのですよね。スティーブンがなにか危ない目に遭っているらしいのに、自分は怪我のせいで動けなくて。今は大変な事態ではあるけれど、彼としては、こうして行動に移っている方がずっと気が楽なのかも。

ダイアナの部屋にノックがあった。「どうしよう、ジョンソンだわ!」彼女はうわずった声を出した。「どなた?」「マイケルさんとおっしゃる方です。」ホテルのポーターの声がした。

しかし、なぜかマイケルはなかなか来なかった。ようやく上がって来た彼は、「遅くなってすみません。フランス人がいなくなるまで待っていたんです。」と言った。「もう少し待てば、出られます。下にオーブリー艦長と父が来ています。」「すぐ用意する」スティーブンはジョンソンの書斎から手早く書類を選び、本と一緒に持った。開いたバスルームのドアから、デュブルーユの蒼白い顔が見えていた。「スティーブン、あのダイアモンドがデスクにあったって言ったわよね?」「そっちには行かない方がいい。嫌なものがある」「かまわないわ。あれは私のものだもの。」ダイアナはネックレスを取ってきた。足跡に血がついていた。「当然の報酬だわ。彼の手紙を翻訳したり、客をもてなしたり…」スティーブンは目を伏せた−以前の彼女なら、こんな言い訳はしなかっただろう。「スティーブン、あなたがスパイ活動に関係あるなんて、知らなかったわ。」「関係ないよ。ただ、ハリファックスに陸軍情報部の知人がいるんだ。もしかしたら役に立つかもしれないと思ってね。」

三人がそっとロビーに降りると、数人の酔ったフランス人が、唄をがなりながら去りかけているところだった。彼らが馬車で去るのを待ち、三人が外に出ると、ジャックが1人で待っていた。ヘラパス氏と馬車の姿はない。彼は土壇場で怖気づき、逃げたのだ。「スティーブン、大丈夫か?怪我はないか?その荷物、おれが持とう。ヘラパス、本当にありがとう。港へ案内してくれ。」港へ向う途中、スティーブンはジャックの腕を調べた。彼はジャックの腕をネッククロースで吊って、何も言わずに荷物を取り返した。月明かりの中、四人は港に着き、アルクトゥルス号に乗り込んだ。


ネッククロース(当時の男性が首に巻いているスカーフみたいなもの)って、腕を吊れるほど長かったのね、と初めて認識しました。ファッションの歴史を調べても、男性ファッションの記述は少ないし、記述があっても部品(?)ごとに詳しく説明までしてくれているものは見つからないのが残念です。(あったら教えて〜)

スティーブンは二人を殺したことはダイアナに言ったのでしょうけど(隠しようがないし)、彼女は死体を見たのかな?見てこの態度だったら、ある意味すごいかも。

スティーブンとダイアナは船の隠し部屋に入った。「中に食べ物の入ったバスケットがあります」ヘラパスが言った。ダイアナは「ヘラパスさん、本当にありがとう。何てお礼を言ったらいいかわからないわ。」と言った。

「ヘラパス、本当によくやってくれた。しかし、まだ危地は脱していない。君のお父さんのことが気になっているんだ。彼を責めるつもりはない−これだけやってもらった後で、そんな事を言うのは恩知らずだ。でも…お父さんはもうお歳だ。考えていた以上にそうだった。彼がもし尋問されたら…わかるね?」「はい。」「お父さんと話していたんだが、適当な潮時が来たら小さいボートに乗換えて、ドクターとミセス・ビリャズを連れて逃げるつもりだったんだ。考えたんだが、今すぐそうした方がいいように思う。ボートはあるか?」「船番が釣りに使っているボートがありますが、あれではハリファクスまで行けませんよ。」「そんなに遠くまで行かずにはすむと思う。」ヘラパスはアルクトゥルス号の横に浮いているボートをジャックに見せた。「満潮になったら乗り換える。君も一緒に来ないか?またドクターの助手になるといい。」「ありがとうございます…でも、私にはここに絆がありますから。それに…私たちは敵同士です。」「そうだった。忘れていたよ。君を敵だと思うのは難しいな、ヘラパス。」ヘラパスはボートにマストを立てるのを手伝い、去った。


この船の「強制徴募よけ」の隠し部屋なんですが…アメリカ海軍は強制徴募をしていなかったので、英国海軍の強制徴募を避けるためのものです。でも、アメリカの船から徴募しちゃっていいのでしょうか?イギリス海軍からの脱走兵を捜していたってことかしら。

ヘラパスくんはここで退場。彼はこの後どうしたかなあ。ルイーザはジョンソンのところへ行っちゃったみたいだし。シングルファーザーとしてキャロラインを育てながら、ハーバードで医学の勉強かな。がんばって欲しいものです。アヘンにだけは手を出さぬように。