Chapter 8-2〜シャノン号


ジャックは月明かりの港を眺めながら、潮が満ちるのを待った。以前、スティーブンが彼を迷信深いと言っていた。多分、そうなのだろう。彼は幸運を信じていた。そして今、彼は説明のつかない確信を感じていた−英米開戦以来続いていた悪い流れが、変わろうとしている。しかし一方では、彼はダイアナには悪運がつきまとっているのを感じていた。彼女は悪運をもたらす。なるべく一緒にいたくはなかった。しかし、スティーブンのためには…わからない。彼はダイアナのために長い間苦しんできた。ようやく彼女を手に入れることができるのは、正しいことなのかもしれない。

そろそろ満潮だ。彼は隠し部屋に行き、ノックした。ダイアナは膝にピストルを乗せていた。彼女は唇に指を当てた。「バスケットの食べ物を全部食べて、今は寝ているの。朝から何も食べていなかったのよ。」「起こしてくれ。ボートに乗り換える。」ジャックは言った。


たとえばスポーツ選手とか、芸能人とか、好不調の波が極端で、しかもその原因が論理的に説明できないような職業の人って、一般に迷信深いですよね。(ほら、姓名判断で名前変えたりとか…)船乗りも、運に左右される面が大きいから、迷信深くなるのも無理もないのかも。

しかし、ダイアナに悪運がついているっていうのはどこからきているのだろう…やっぱり2巻の決闘未遂事件?かつてはあれほど夢中になっていたくせに、ジャックはダイアナに対して冷たいこと。あくまでスティーブン中心なのね。

「乗換えなくちゃいけないのか?」ボートを見下ろしながら、スティーブンが言った。「ああ。」「潮が満ちて、もう少しボートが上にくるまで待たないか?」「船とボートの相対距離は変わらないんだが。それに、もう満潮だ。これよりも低いボートに飛び乗ったこともあるじゃないか。」「ダイアナのことを考えていたんだよ。」「ダイアナなら、このぐらい平気さ。」ジャックは先に降りた。「さあダイアナ、ペチコートに気をつけて」「ペチコートなんてどうでもいいわ」ダイアナは飛び降り、ジャックが左腕で受け止めた。「ダイアナ、君が軽い女だとは誰も言えないな。さあスティーブン、早く。」「紐かなんか持ってないか?この荷物をまとめないと…」「可哀想に、まだ寝ぼけているんだわ。」ダイアナは少年のように舷側を駆け上がり、ショールで彼の書類を包み、ボートに投げ下ろした。三人はボートに乗り込んだ。

ほらね!いくらジャックでも、178cmの女を左腕だけで受け止められるかい!(<しつこいよ、あんた)いや、小柄な女性であっても、それはすごいと思うけど。

「スティーブン、ハリヤード(揚げ索)を引け。違う、ハリヤードだ。まったく、こんなに長いこと海に出ているのに、ハリヤードとシート(帆脚索)の区別もつかないなんて、人間の理解を超えてるね。」「陸にいる時の君はそこそこ礼儀をわきまえているのに、海に出たとたんにこれだからな。威張るのが癖になっているんだろう。感じ悪いぞ。」ダイアナは黙っていた。呆れていたせいもあるが、船酔いが始まりかけていたからだ。

ボストン港の広い、島の点在する湾を、ボートは潮に乗って進んだ。チェサピーク号が碇泊している。ローレンス艦長はもう起きているらしく、艦尾窓に灯りが見える。夜明けは近い。ダイアナはすでにひどい船酔いで、船底に横たわり、二人の上着を掛けてもらってがたがたと震えていた。その時、一艘のカッターがこちらに向ってくるのが見えた。カッターには武器を持った男たちが乗っていた。


これだけオブライアンばっか読んでいるのに、帆船用語がさっぱり憶えられない私には耳が痛い。スティーブンも私も、頭の構造がそういうことに向いていないんだな、たぶん。(<一緒に語るのは図々しい限りですが。)スティーブンと違って、私の頭は他の事にも向いていないんだけどね(悲)…

そう、ダイアナはひどい船酔い体質なんですよね。当時は船しか旅行の手段がないから、気の毒です。まあ現代でも、飛行機酔いがひどくて海外旅行できないって人、知人にいますけど。

カッターは飛ぶようなスピードで、風上に向って漕いで来た。「そこをどけ!」艇長がジャックたちに向って怒鳴った。カッターはボートの脇を通り過ぎ、去った。「コンスティテューション号が斬り込みの訓練をしているんだ。」ジャックはほっとして言った。ボートは湾の外縁にさしかかっていた。外海にぼんやりと船影が見え、ジャックはにっこりした。「あれは封鎖艦隊のシャノン号だ。」

ボートがシャノン号の舷側にぶつかると、甲板から聞き覚えのある声が降ってきた。「おい、気をつけろ!ペンキが剥げるじゃないか。」ジャックの元部下の声だった。彼の心に安堵が沸き上がった。「言葉に気をつけてくれ、ミスタ・フォルクナー。レディが乗っているんだ。ブローク艦長に会いたいと伝えてくれ。」「オーブリー艦長!たいへん失礼しました。」

ブローク艦長が彼を迎えた。「ジャックじゃないか!どうした、腕を怪我しているのか?」「フィリップ、元気か?ボートで来たんだ。すまないが、吊り腰掛けを用意してくれないか。女性がいるんだ。おれの軍医も使うかもしれない。」ぐったりしたダイアナに続いてスティーブンが上がってくると、ジャックは彼の耳元で囁いた。「おめでとう、兄弟−これで自由の身だ。」


ここ、最初読んだ時はそれほどの距離を行っている感じはしなかったのですが、地図で見ると湾がけっこう広いですね。しかも、点在する島を迂回して行かなければならないようで、ボートが外海に出るまでに7海里(約13キロ)ぐらい航行しているようです。引き潮に乗って最大4〜5ノット出ているみたいですから…ボートに乗換えてからシャノン号に辿り着くまで、だいたい2時間半ぐらいかかっているでしょうか。

また余談ですが、ボストンのチャールズタウン・ネイビーヤードではコンスティテューション号が見学できるようになっているのですよね。…うーん、ボストンに行った頃は興味がなかったから、見に行かなかった…残念だ。(<私、よくそういう事があります。)

翌日、スティーブンとジャックはブローク艦長と昼食を共にした。3人はボストンの政治状況やアメリカ海軍の開発しているという蒸気軍艦について話した。ブロークとジャックは、チェサピーク号とローレンス艦長について詳しく話した。ブロークはチェサピーク号との対決を強く望んでいた。

食事の後、ブロークは二人を案内して艦を回った。「これは何だ?」「振り子だ。これを使えば、甲板が水平になるタイミングがわかって、煙で標的が見えなくても命中させられる。」退屈しきっているスティーブンをよそに、ブロークとジャックは砲撃について熱心に話し込みながら砲列甲板を回った。シャノン号は見かけには気を遣っていなかったが、戦う艦としての準備は完璧で、ジャックは感心した。


ここで、ブローク艦長が「アメリカの最新式の軍艦」について、何か聞いていないかとスティーブンに訊いています。(スティーブンは残念ながら何も知らなかったのですが。) それは両側に大きな車輪がついていて、蒸気機関で動く船−つまり外輪船ですね。世界初の蒸気外輪船がハドソン川に就航したのが1807年ですから、1813年にはまさに最新式。軍艦としては、まだ実験段階だったはずです。

ジャックは蒸気船について「無風状態では強力な武器になるだろう」と言っています。しかしジャックたちの話によると、この頃の英国海軍省は蒸気船が気に入らず、「あんなみっともないもの」と退けていたようです。たしかに、帆船に比べると美しくはないけど…でも、このあと数十年で軍艦は蒸気艦に変わってゆくのですね。ちなみに、アメリカ海軍初の本格的蒸気軍艦(1833年)には、あのマシュー・ペリー提督(<ファーストネームをつけると別の人みたいですが)が参加していたそうです。関係ないのですが、検索していたら出てきたので、ついでに。

夕方、ジャックはシャノン号の砲撃訓練を見学した。シャノン号乗員はもちろんオーブリー艦長の評判を聞いていたので、彼を唸らせようと張り切っていた。実際、彼は感銘を受けざるを得なかった。砲撃訓練は速さでも、正確さでも、今までジャックが指揮したどの艦より上回っていた。フィリップはこの乗員を訓練するのに5年間かけているとはいえ…見事なものだ。「さて、迎撃砲と小火器の訓練に移りたいのだが…レディのお気に障らないようなら」「大丈夫、彼女は慣れている。射撃は男並みに上手で、インドでトラを撃ったこともあるそうだよ。」

スティーブンはダイアナのベッドの傍についていた。砲撃訓練が始まると、彼女は飛び起きた。「あれは何?」「ただの砲撃訓練だよ。」「窓を閉めて。私、ひどい顔をしているわね。ごめんなさいね、こんな格好で、こんなに退屈させて…でも、スティーブン…やっと実感がわいてきたわ。私たち、ついに逃げきったのね!」


そう、ダイアナは射撃が上手なんですよね。他に彼女の上手なことは乗馬、馬車の操縦、ビリヤード…陸軍将軍の娘に生まれて、男ばっかりに囲まれて育ったんだろうなあ、と思わせる特技です。