Chapter 2-1〜ゴシップ


マスチフ犬のポント、ジャックに惚れ込みところかまわず飛びつくようになる。

ご存知のように、ジャックは人を水から救出するのが得意中の得意です。彼に命を救われた人々は、人によってまったく恩知らずであったり、一応感謝はするけど素直でなかったり、かと思えばボンデンやデイビスみたいに艦長を慕って「一生ついて行きます」になったりするのですが…

この場合、助けたのが人でなくて犬であったので、ジャックへの感謝と慕う気持ちは、一切の遠慮も虚飾もない形で表れるのでした。…つまり、バレッタの街を歩いていて100メートル先に彼の匂いを嗅ぎつけると、どこであろうと一直線に全速力で駆け寄り、思い切り飛びつくという形で。

犬に飛びつかれるといっても、テリアやポメラニアンなら可愛いもんですが、何しろポントは子牛ほどもある巨体。ジャックもそれに見合う巨体なので、彼自身がけがをしたりすることはないのですが…迷惑をこうむるのは、彼がたまたま逃げ込んだ店。ムラノガラスの店を破壊したり、カフェをしっちゃかめっちゃかにしたりの大騒ぎが1日3回も繰り返され、ジャックもほとほと困り果てるのですが…

しかし、この一件の本当の被害はそれだけにとどまりませんでした。ポントはいままでローラ・フィールディングの忠実なボディーガードで、大事な女主人に近づく男は誰でも八つ裂きにせんばかりの勢いだったのです。その犬がジャックには異常に懐いているばかりか、彼を女主人のもとへ誇らしげに導いては二人が立ち話をするのを嬉しそうに見ている、という状態では、暇人でゴシップ好きの艦長たちの間に「フィールディング夫人とオーブリー艦長はいい仲だ」という噂が立つのも無理のないこと。

ジャックは艦長連からわけもわからず羨ましがられたり、その奥方連から冷たい目で見られたりしているうちに噂に気づき、心外に思います。「自分は仲間の海軍士官の妻は『聖域』だと思っているのに」…ん?そうか?だってモリー…「つまり、相手の方から明白なシグナルを送ってこない限りは。」…なるほど。

ジャック、サプライズの残ったメンバーを引き連れてゴゾ島へ行く。

さて、ジャックとスティーブンとプリングズはそんな感じでマルタの日々を過ごしているわけですが、サプライズ号の他のメンバーはその後どうしているでしょう。

実は彼らも、マルタ島でサプライズの修理が終わるのを待機中です。水兵の方は他の艦に引っ張られてだいぶ人数が減ってしまったのですが、プリングズの昇進により副長(艦なし副長)になったモウェットをはじめ海尉や士官候補生は当然引き取り手なし。ボンデン、キリックなどおなじみの連中ももちろん残っています。長い間陸にいるので、彼らも暇を持て余し、規律は緩みっぱなし。連日の遊びまくりで、イオニア海で即金払いされた拿捕賞金も使い果たし、だらしない格好。慢性的二日酔いで、顔色はゾンビのよう。

そんな部下たちの規律を少しでも保とうと、ジャックは定期的に点呼を行い、遠足(?)に連れて行ったりしています。今日はゴゾ島(マルタ島に隣接する島)までボートを漕いでの強行軍。水兵たちはぶつぶつ文句を言いつつも、久々に健康的にひと汗かいた後、一杯おごってもらって気分がよくなったようです。

ジャック、紅海の「極秘任務」について噂を聞く。

ゴゾ島には、同じように足を伸ばしてきた艦長たちがカフェに集まり、また噂話に花を咲かせています。といっても今度は恋愛関係のゴシップではなく、近々紅海で遂行されるという「極秘任務」の話題。

紅海のムバラ島という島の付近で勢力をふるっているタラル(Tallal)という有力者がいるのですが、最近ナポレオンが後ろ盾につき、フランスから船をもらって付近を通る東インド会社の貿易船相手に半海賊行為をしています。英国としては彼を鎮圧したいのですが、英国海軍が直接乗り込むとアラブ諸侯を刺激してしまう。そこで、東インド会社の船を借りて海軍が乗員を送り込み、オスマン・トルコ海軍のテクニカル・アドバイザーとして参加するという形をとって「奇襲攻撃」を仕掛ける事になっています。

紅海というのは気が狂うほど蒸し暑く、他の海域とは桁違いに凶暴なサメがうようよしている上、危険な浅瀬が多く航行が難しいそうです。おまけにスエズ運河はあと半世紀ほどしないと存在しないので、地中海から紅海に出るにはまず砂漠を横切って行かねばなりません。というわけで、この任務に指名されるらしいローズトフという艦長をみんなで気の毒がっているのですが…でも、ここでこんなに詳しく任務の内容が出てくるってことは…いずれジャックがやることになるってことですな。

それにしても、「極秘任務」であるはずの事が、こんなに気軽に酒場の四方山話になっているあたり、スティーブンが聞いたらまた一段機嫌が悪くなりそうな話です。もう既に「奇襲」にはなりそうもないし。軍の機密保持がめためたになっている理由の一つは、この「艦長たちのヒマさ加減」にあるのではないかしら。暇だとお喋りばかりするのは、女も男も同じような…

ジャック、ゴゾ島に住むハートレー提督を訪ねる。

ジャックはゴゾ島に来たついでに、当地に住むかつての上官ハートレー提督を訪ねます。ハートレーは海軍ではどちらかと言うと評判の悪い人で、長らく海に出ていない引退状態の提督。士官候補生時代のジャックに親切にしてくれて、彼を海尉に推薦してくれ、またジャックが海尉任官試験を受けた時の試験官のひとりで、平水兵に降格された件について意地悪な質問をされてしどろもどろになっていた時助け舟を出してくれた人です。

またジャックは彼が海に落ちた時に引っ張り上げた事があります。提督は(泳げないくせに)「お前が助けんでも自分で何とかできた」と頑として主張しているのですが…たとえ恩知らずでも、恩を仇で返す連中でも、自分が助けた人々にはなんとなく絆を感じるジャックは、それ以来彼と懇意にしています。これでチャラにして縁を切ってしまえばよかったのに。

だってこのハートレー提督って人、かなり嫌な感じ。彼の評判が悪い原因のひとつは、女にだらしなくて、艦に「最も安い類の」愛人を乗せて航海したりするところにあったのですが…まあ乗せるのはいいよ。でもこの人、飽きるとその愛人を、後の事も考慮せずにそこらの港に放り出すこともあったようで…それは、かなり許しがたいなあ。

それでも、義理堅いジャックは彼と友好関係を続け、近くの港に来るたびに彼に挨拶の品など送ったりしていたのですが、会うのは久しぶりです。ジャックは寂れた道を徒歩で提督の家に向うのでした。