Chapter 3-2〜誘惑


スティーブン、海中散歩する。グレアム教授に靴を借りる。

というわけで、スティーブンの新しいオモチャ、ハレー博士式ダイビング・ベル(二人用)は彼とダンダス艦長を乗せて、グランド・ハーバーで処女潜水(?)をとり行いました。こころゆくまで海の底を歩き、海中環状動物(ナマコやウミウシ)を観察したスティーブン。…でも、外海と違って、多くの船が停泊している湾の水って結構汚くないのかな。さすがにこの時代、ヘドロはないと思いますが…

ダイビング・ベルというのは、普通の服装のままで海に潜れる装置らしいのですが、そこはスティーブン、汚してもいい服装に着替えることもなしに海底を歩き回ったため、1足しかもっていないまともな靴をドロドロにしてしまいます。

海中散歩の後、ローラ・フィールディングの音楽パーティに招かれていたスティーブンはグレアム教授に靴を借りるのですが、これがなぜかかかとが高い(シークレットシューズ?)。サイズも合わなかったため歩くうちに足がひどく痛み出し、街中で立ち往生してしまいます。(私も今現在靴が痛いので、気持ちはとてもよくわかるわ。)運良くサプライズ号の水兵たちと出会って助けてもらうのですが、パーティには遅刻してしまいます。

スティーブンとジャック、ローラの家で音楽の夕べに参加。ローラは落ち着かない様子

スティーブンが遅れて到着すると、ローラはなぜか、ひどくほっとした様子で彼を迎えます。

ローラの音楽パーティというのは、楽器を演奏できる人たちが集まり、ピアノフォルテを弾くローラを中心にセッションを楽しむというもので、今までにも何度も開かれているのですが…スティーブンは、今日はなんとなく雰囲気が違っているのに気づきます。

ローラはいつもより明らかに念入りに化粧をし、非常に襟ぐりの深い真っ赤なドレスに身を包み、いつものレモネードの代わりにかなりアルコール度数の強いパンチが供され、おつまみはアンチョビーに、唐辛子で味をごまかしたスパニッシュ・フライ(媚薬、強壮剤の効果があると言われている。8巻6章参照)。そのせいか、出席している男たちには妙なエネルギーと緊張感が充満していています。おかしな雰囲気に気づいていないのは、"There you are, Stephen! There you are at last."と、いつもと同じ明るさでスティーブンを迎えたジャックのみ。

そう、ローラは自分のアプローチに一向に乗ってこないドクター・マチュリンに業を煮やし、勝負に出ているのです。しかし、涙ぐましい工夫がターゲット以外の男にばかり効果を及ぼしているのはお気の毒。たとえば、大きな胸を強調するような服装は…スティーブンは嫌いのようです。ここで「ジャックはこれに何度も騙されているが」なんて考えているのがまた(笑)。ふたりのツボの違い…

もっともジャックは、ローラにはっきり断られてから彼女のことを貞淑な聖女のように思っているので、今夜はまったくイノセントそのものですが。

ほんとのことを言うと、ジャックの見方が合っているのですけどね。ローラはスティーブンを誘惑しようとしているわけですが、それはひとえに夫を救いたい一心でやっていることですから…これから遂行しなければならない「任務」の重圧に、ピアノフォルテの演奏でつっかえてばっかりいるローラを見て、ジャックは「ご主人のことが心配なんだろう」と無邪気に思っていますが、それもある意味当たっている。

そうこうするうちに夜は更けて、ローラはなかなか帰ろうとしない他の客をやっとのことで追い出し、ジャックとスティーブンだけが残ります。ジャックは足を痛めているスティーブンを助けて連れて帰るために残っているのですが…ローラはジャックを「ポントを外に連れて行ってつないでおいてくださいます?あの子、あなたの言うことしか聞きませんの」と体よく追っ払い、「ドクター・マチュリンには残っていただきますの」と、ジャックにさえピンと来るような露骨さでスティーブンに微笑みかけます。

自分を拒否したのは夫に忠実だからじゃなく、狙いが親友だったからだ…と知った(いやそう思った)ジャックは大ショック。ポントも、普段は女主人のベッドのそばで寝ているのに外に追い払われてショック。ジャックとポントは一緒に、耳をだらりとたらして(ジャックにはたらす耳はないけど)、とぼとぼと退散するのでした。

ローラ、スティーブンに寝室で待っていてくれと言う。

フランスでは寝室で人をもてなすのは普通で、マルタもフランス流を取り入れているので、スティーブンは前にも彼女の寝室に入ったことはあるのですが…壁に掛かっていたはずのフィールディング海尉の肖像画がなくなっているのが意味深長。

ローラは先程よりもっとコケティッシュな格好に着替えて現れ、いよいよ本格的な誘惑シーン…の筈なのですが。実は、誘惑する方もされる方もこういうことは初めてなので、内心ガチガチに緊張していたりします(笑)。

いや、スティーブンはまるきり初めてではないのかな?「今までに仕事上で女性と関わったごく僅かな経験は、総じて思わしくなかった。(What litte experience he had had of women in the course of his career had, upon the whole, been discouraging.)」とありますから。そのwhat little experienceがどんなものであったのか、知りたいものです。

ルイーザ・ウォーガン(5〜6巻)?でもあれは、「思わしくなかった」どころか大成功だったような気がしますが。

スティーブン、ローラにダイビング・ベルの説明をする

緊張しながらもローラは、演奏でとちったことを丁寧に謝り、許して下さるなら、そのしるしにキスして下さいませんこと?などと、着々と押してきます。そこでスティーブンの対抗策は…

彼はローラにチョークを持ってこさせ、ローラがパーティで言ったお愛想を真に受けたふりをして、「さきほど、ダイビング・ベルについてぜひ詳しく知りたいとおっしゃっていましたよね?」と、チョークで床に絵を描きつつ説明を始めます。

以前に、全巻のネタバレなし超カンタン紹介を書いた時、9巻のところには「自分を誘惑する女性に向かって海中生物について講義するスティーブン」と書きました。あれではスティーブンが、「自分が誘惑されていることにも気づかない、典型的なうっかり博士(absent-minded professor)」みたいに聞こえたと思います。(わざとなんですが。)

でも、本当は、スティーブンがこんな所でダイビング・ベルについて講義を始めたのは、ローラの意図を重々承知の上でかわすため、また、自分が妙な気を起こしかけているのを紛らわすためでもあります。(そう、ローラの魅力のせいか、それともうっかり食べてしまったスパニシュフライの効果か、内心はかなりテンパっているスティーブンです。)

ダイビング・ベルと、その中で観察したナマコやウミウシは、色っぽい雰囲気を一気に醒ますのにうってつけの話題だっただけでなく、スティーブンにとって実際にローラよりも熱中できる対象だったので、「講義」はだんだん熱が入ってきます。一方のローラは忍耐力を総動員して興味深そうに聞いていたのですが、ついに限界に達し、わっと泣き出します。「わたくし、ひざまずいてお願いしなくてはなりませんの?どうしてあなたはそんなに冷たいのです?どうやったら私を愛して下さいますの?」

…スティーブン、やるなあ。(つづく。)