Chapter 4-1〜紅海の任務


ジャック、スティーブンをベッドから引っ張り出す。キリックとボンデン、スティーブンを身支度させる。スティーブン、新司令長官サー・フランシス・アイブスの会議に出席。

時々思うのですけど、スティーブンって、ジャックに隠し事をし過ぎじゃないかな。

スティーブンはシークレット・エージェントなのだから秘密主義になるのは当然だけど、ジャックは意外と口が固いし、話してしまえばいろいろ協力してくれるし。他のひとはともかく、ジャックには話してしまった方がいいような気がするのですが。なにより、ジャックはスティーブンに隠し事をされると、口には出さないけどなんとなく寂しそうだしね。

でも、今回もスティーブンはローラに関する真実をジャックにちっとも話していないのです。だからジャックは、すっかり誤解してしまったまま。ジャックは嫉妬しているわけではなく、またこういうことを殊更に非難したりするタイプではないのですが、なんとなく、すっきりしない気持ちは残っているみたい。

まあそういうこともあって、スティーブンが翌朝、午前中の会議に出席しなければならないのに日が高くなっても寝たくっているのを見て、ちょっとムカっときたジャック。メイドからマスターキーを借りて彼の部屋に乱入、ぐっすり眠っていたスティーブンを容赦なくベッドから引きずり出します。

スティーブンは夜明け過ぎにホテルに帰ってきた上に、その後も眠れなくて、ほんのちょっと前に睡眠薬を飲んで寝付いたばかり。しかも、キモチいい夢(ローラとの夜が、現実とは違うなりゆきになったという夢)から乱暴に起こされてむちゃくちゃ不機嫌。しかしジャックはキリックとボンデンに「大至急ドクターの身支度をして会議に行かせろ」と厳命して立ち去ってしまったので、ジャックに直接逆らうことはできても、ジャックに命令されたボンデンとキリックには何を言っても無駄なのはわかっているスティーブンは従順に二人の世話に身を任せ(笑)、大人しく会議に行くのでした。

この会議は、ソーントン提督の後任の新司令長官(Commander-in-Chief)サー・フランシス・アイブスが主催したもので、アンドリュー・レイとかグレアム教授も出席しているのですが、内容は…あまり大した事はなかったので省略。

ジャック、サプライズ号の点呼。デイビス、陸軍の営倉に入っている。

スティーブンが会議でこっそりトーストを食べたり、居眠りをしたりしている間、ジャックは工廠でサプライズ乗員の点呼をしています。

不器用デイビスの顔が見えないので、ジャックは嬉しそうに「脱走したのか?」と聞くのですが、残念ながらそうではないのでした(ジャックが内心「彼はどうやったら脱走してくれるのか」と嘆いているのが可笑しい)。彼はとあるスコットランド部隊の兵士からキルトを奪ったかどで陸軍の営倉に入れられているのでした。

いや、何でこのエピソードをわざわざ書いたかというと…たしか、キルトって下になんにも履いていないのではなかったかと…それは怒るだろうなと…いやすみません、もうほんとすみませんこういうとこばかりに目がゆくやつで…

それはともかく。点呼をしていたジャックのところに司令長官の使いがやってきて、サー・フランシスが彼を呼んでいると言います。ジャックは後の指揮を、プリングズ艦長に頼み、即座に旗艦に出頭するのでした。(プリングズはもうサプライズの一員ではないのですが、他にすることもないので、モウェット副長の縄張りを荒らさぬよう遠慮しいしい点呼に参加しているのです。)

ジャック、司令長官に呼び出される。サー・フランシス、ジャックに紅海でフランスの銀貨を乗せたガレー船を拿捕する任務を与える。

C-in-C(Commander-in-Cheif、司令長官のこと)がオーブリー艦長を呼び出した理由は、彼に任務を与えることでした。そう、例の紅海の任務(2章参照)です。そう、あの任務には(読者にはとっくに見当がついていたことですが)任命される予定だったローズトフさんの病気のため、やはりジャックが任命されました。

サー・フランシスはこの任務を「Plum」(おいしい仕事)だと言います。「マルガからフランスを追い出した功労に対するご褒美」として、オーブリー艦長を任命するのだと。でも2章の話では、ちっともおいしい仕事には聞こえなかったのですが…しかし、事情が変わったそうなのです。

最近になって入手した情報によれば、フランスはオスマン・トルコ(現在英国寄り)に対抗してエジプトのモハメット・アリを支援するため、紅海の港を必要としている。ムバラ島の港を手に入れるため、当地の権力者タラルに莫大な金を払うことになり、銀貨をぎっしり載せたガレー船を、紅海北方のカッサワ港に用意している。しかし、今はちょうどラマダン(断食月)で、飲まず食わずでガレー船を漕がせるわけにはいかないので、ムバラに向うのはラマダンが終わってからになるだろう。オーブリー艦長の任務は、このガレー船を拿捕してフランスの作戦を妨害すること。当然、成功すれば莫大な拿捕賞金が手に入るわけで、Plumと言うのはそういう意味だったのです。

この任務でジャックが指揮するニオベ号(英国海軍が借り上げた東インド会社の船)はもう紅海で待機しています。が、当時はまだスエズ運河がないので、直接船で紅海まで行くことはできません。そこで、ナイル川までは輸送船のドロメダリー号(ドクターのダイビング・ベルを運んできた船)で行くことになります。

ガレー船を確実に捕まえるには、ラマダンが終わるまでに紅海へ到着したい。それには一刻も無駄にできない−と考えたジャックは、即座にモウェット副長に連絡し、元サプライズ乗員たちの出航準備をさせます。詩作以外でも有能なモウェットは、その日のうちに準備を整えるのでした。

スティーブン、長い休暇中のマーティン牧師と再会する。

さて、その頃スティーブンは、バレッタの街で懐かしい人と偶然の再会をしていました。

8巻に初登場したマーティンさんは、封鎖艦隊のバーウィック号の牧師ですが、バーウィック号のベネット艦長にはイタリア人の恋人がいます(8巻5章参照)。恐い恐いソーントン提督がいなくなったので、彼は恋人を艦に乗せたくてしょうがないのですが、牧師がいてはそれがやりにくい。そこでベネットはマーティン牧師に長期休暇を与え、何ヶ月でも好きなだけ遊んできてよいと−まあ要するに、追っ払われたわけです。

しかしマーティン牧師はこれ幸いと休暇を満喫しています。最近では、鳥に加えて頭足類(イカやタコ)にも興味の幅を広げているらしい彼は、ギリシアで海綿取りの人々と一緒に素潜りを試みたり(あまりうまく潜れなかったようですが)した後、マルタに来たようです。当然彼は、スティーブンのダイビング・ベルの話に大興奮。ベルを見せてもらうために、スティーブンについてドロメダリー号へ行きます。

そう、この時点でダイビング・ベルはダンダス艦長の艦からドロメダリー号に戻されています。偶然だったのか、スティーブンはドロメダリー号に乗って行くことを知っていて、用意周到に移しておいたのか…(はっきり言わないのですが、たぶん後者だな。)とにかく、紅海までベルを持ってゆく気満々。「暇な時があったら、紅海で潜って珊瑚礁を観察したいんだ」とジャックに言うのですが…

ところが、任務を得て例によってすっかり"Not a moment to lose"モードに入っているジャックには、「暇な時(leisure)」という言葉がカンに触ったようです。「暇だって?冗談じゃない、任務なんだから暇なんてあるわけないじゃないか」と、ぴしゃりと怒られてしまいます。

スティーブンは、「海軍というのはいつもいつもせかせかと急いでいて、貴重な動植物を観察するチャンスを逃してばかり」としょっちゅう愚痴っていますが、ジャックはジャックで「軍艦は観察旅行のためにあるんじゃないぞー」てな不満がたまっているみたい。映画でもこの点でケンカしていましたが。原作だと言い争ってはいても、映画ほど深刻な感じじゃなくて、どっかほほえましい感じなんですけどね。(でも、映画では原作に何度も出てくるこのパターンを、うまく凝縮して見せていたと思います。)

…さて、スティーブンは果たして紅海でダイビング・ベルを使えるのでしょうか。それは後のお楽しみ、なんてね。

ドロメダリー号、ナイルに向って出航。プリングズ、みんなを見送る。

こうして、命令を受けてから半日もしないうちに、オーブリー艦長は元サプライズ号(の中でまだ残っていた)メンバー全員を連れて、輸送艦であわただしくマルタを去ってゆきました。が、残された人がひとりだけ…そう、プリングズです。彼はもうサプライズ号の海尉ではないのに、艦長として艦をもらえる見込みもまったくなく、これからもマルタで待機です。

ひとり埠頭に立ち、夕日の中を去ってゆくドロメダリー号の上で忙しくしている仲間たちに手を振るプリングズ。その姿はひどく寂しそうで…あ〜あ、艦長に出世したのは、果たして彼にとって良いことだったのかなあ…