Chapter 4-2〜ドロメダリー号


同じ調子で感想を書いているのに少々飽きてきたので、今回は少し趣向を変えてみたいと思います。(あまり変わってませんが)題して「かわいいドクター:スティーブン大研究」。

このドロメダリー号での短い航海の間、スティーブンがやたらに、彼らしくてかわいらしい行動をしてくれるので…いや、これをかわいらしいと見るか、単なるダメっ子と見るかは人それぞれかと思いますが。

ドクターらしいその1:船が出港したのに気づかず、お客が降りそこなう

ドロメダリー号にダイビング・ベルを見に来ていたマーティン牧師。ベルを見学した後、出航準備に忙しい乗員たちの邪魔をしないよう、ドクターの船室にこもって積もる話をします。積もる話といっても、博物学関係の情報交換ですが、何しろ久しぶりに同好の士に会ったオタク同士ですから、話はつきず…盛り上がるあまり、ドロメダリー号が錨を上げたのにも、すべるようにグランド・ハーバーを出たことにも気づかない二人でした。

「もうすぐ出航でしょうから、そろそろ失礼します」「それじゃ、艦長に挨拶して行って下さい」などと言いながら甲板に出た二人は、いつのまにか港が消えうせ、四方八方、見渡す限りに夕暮れの海が広がっているのをみて茫然自失。

どこから見ても間抜けな陸上者(おかもの)という感じでぽかんと口を開けている二人を見て、やれやれって感じのジャック。あわてず騒がず、「よろしかったら、紅海までご一緒しませんか?」とマーティン牧師を誘うのでした。

マーティン牧師とドクターは艦長の夕食に招かれます。その席で、紅海のサンゴ礁を見たかった牧師は大喜びでジャックの申し出を受け、臨時の艦付き牧師兼軍医助手としてくっついてくることになります。

ジャックは「紅海までの旅では、いろいろ珍しい動物が見られるかもしれません。しかしもちろん任務優先ですから、観察の時間がなかったからといっていちいち文句を言うような人は困るのですがね」と、スティーブンを睨みながら言うのですが、昨夜のごたごたでほとんど眠っていないスティーブンは睡魔に襲われていて、まるで聞いていないのでした。

このドジは、マーティンさんにとっては災い転じて福となったからよかったのですけどね。

ドクターらしいその2:食事中熟睡し、船の揺れで椅子から放り出されて怪我をする

3人での夕食中ジャックは、ナイルの海戦の時、ちょうどこの辺りの海域でフランス艦隊を追いかけた思い出を語るのですが、スティーブンは椅子に座ったまま完全に熟睡しています。その時船が揺れ、スティーブンは眠ったまま椅子からもろに投げ出され−ジャックが素早く動いて支えようとするのですが間に合わず−テーブルの角に頭をぶつけ、額を切ってしまいます。

かなり血が出たので、ジャックはじめ周囲は大騒ぎするのですが、本人は(一旦目を覚ましたら)あわてず騒がず。手術道具を取ってこさせ、自分で傷を押さえているところをマーティン牧師がきれいに縫い上げます。血をだらだら流しながら、ひとり落ち着いてる図っていうのも、またちょっと…いや、かわいいとまでは言わないけど、とってもスティーブンらしい。

キャビンに寝に行く時、モゥエットが腕を取ろうとしているのを怒ってはねつけるのもまた彼らしい。

ドクターらしいその3:「ダイアナがヤゲロと浮気している」という手紙を思い出す

スティーブンが「ダイアナがヤゲロと浮気している」という匿名のチクリ手紙を受け取っていることは、8巻5章で語られていましたが、マルタ島でも一通受け取っていたようです。

スティーブンはこの手紙を信じていないのですが−というのは、同時にダイアナの、丁寧ではないけど愛情のあふれた手紙が届いたので−ダイアナは道徳に縛られずやりたいと思ったことはやる女性だが、浮気をしている時、同時にこんな手紙を書くなんてことは彼女の美学が許さないだろうと思ったので。(この考え方、スティーブンらしい。)

しかし、怪我をした翌朝、舷窓越しに聞こえた水兵の「おい、cuckold's neckの押さえ方も知らないのか?」という大声で目を覚ましたスティーブンは、ふとこの手紙のことを思い出します。(cuckoldとは「寝取られ亭主」−つまり、奥さんが浮気をしている旦那のこと。cuckold's neckは海事用語で、ロープの結び方の一種。)

手紙の内容は信じていないとはいえ、やはりちょっと嫌な気分にはなっているらしく、「ジャックにはこういう手紙は絶対に来ないだろうな」とか考えているちょうどその時にジャックが船室に入ってきたので、「ちょうど君のことを考えていたんだ。cuckold's neckって、海の用語ではどういう意味だい?」と聞きます。

「cuckoldで僕のことを思い出したって、どういう意味だ?」と、ちょっと引っかかったらしいジャック。「さっきこの言葉を聞いたから、君に意味を訊こうと思っていただけだよ。オセロを気取らないでくれ。ソフィーに不埒な申し出をするほど馬鹿な男がいたとしても、ソフィーは一週間ぐらいその申し出の意味に気づかないだろう。そして気づいた時には、君の猟銃でその男を撃ち殺すだろうよ。」

言い寄られても一週間気づかないソフィーがかわいい(笑)。そして、ソフィーに対するこの表現が、スティーブンらしいです。でも、「ダイアナはそうじゃない」という苦い気持ちが、いくらかは裏にあるのだけど。

ドクターらしいその4:サプライズの水兵たち、ドクターのダイビング・ベルをピカピカにする

暇をみつけては、ドクターのベルを磨いている水兵たち。真鍮の部分はもちろん、鉛の部分まで、すでにぴっかぴかです。これは彼らが本能的にモノを磨くのが好きだと言うこともあるのですが、血染めのナイトキャップをかぶって歩き回っているドクターに対する同情の念を表すためでもあります。

ジャックがスティーブンの怪我の原因について「べろべろに酔っ払って艦長と牧師に撲りかかり、こてんぱんにのされた」という話を広めたので彼らのドクターへの親切はさらに倍増しているようです。(ジャックの意地悪?それとも、熟睡していて椅子から投げ出されたという話よりは、船乗り的にまだ聞こえがよいと思ったのでしょうか。)

ドクターがみんなに愛されているのは間違いないのですが…どういう人だと思われているのかは、イマイチ謎ですな。

ドクターらしいその5:スティーブン、モウェットとローアンの「ドロメダリー(dromedary)」の意味をめぐるケンカに中立を保つ

さて、数日後、ドロメダリー号の船長たちとサプライズの士官たちが同席した午餐会が開かれます。

それに先立って、モウェット副長とそのライバル・ローアン海尉はまたまたケンカをしています。ローアンは「ドロメダリーとは、動きの鈍いフタコブラクダのことだ」モウェットは「いや、動きの速いヒトコブラクダだ」と譲らず、ディナーの席で「ドクターなら知っているでしょう、私が正しいでしょう」とスティーブンに迫ります。

スティーブンは「これは、例えば海軍で『スループ』と言うような時と同じく曖昧な意味の広い言葉で、どちらの意味に使う人もいる。しかし、この船の名前になっているぐらいだから、もちろん本来、快適で速い動きをする動物を指すのでしょう」と答えます。

おお、スティーブンたら…モウェットとローアンのどちらにもよその人の前で恥をかかせず、しかもドロメダリー号の顔も立てる大人な答え。ここまで、スティーブンの子供っぽいところばかり挙げていましたが、その気になれば彼はこんな大人なふるまいもできるのですね。

まあ、たまにはですが。

(ちなみに、私の辞書によるとdromedaryはヒトコブラクダ。モウェットくんが正しいようです。)

ドクターらしいその6:スティーブン、ローラ・フィールディングのことを考える

ディナーの会話ははずむのですが、スティーブンは例によって会食の途中で会話に興味を失い、心はさまよい出します−今回はローラ・フィールディングの方向に。ここでスティーブンは、彼の貞節(ローラと寝なかったこと)は、タイミングが悪く、不必要で、馬鹿げていて、益のない、聖人ぶったものであったのではないのかと考えています。(stephen's mind wandered back to Laura Fielding and his perhaps untimely, unnecessary, foolish, unprofitable, sanctimonious chastity)

まあ要するに、ひょっとしてものすごく惜しいことをしたのではないのか…と思っているのですが。…でも、スティーブンがあの場合にローラに「つけこむ」ことは、何がどうなってもあり得なかったのではないかと思います。

スティーブンも、自分でそれは分かっているの だろうとは思いますけどね。それでも、ちょっと考えてみずにはいられないのでしょう。これはあんまりドクターらしくなかったかな…