Chapter 5〜ナイルの牝馬



この章は33ページあるのですが、さくさくっと飛ばしてゆきたいと思います。この章は主に砂漠が舞台で、灼熱の太陽、顔にたかるハエや蚊、正装して汗だくのジャック、ラマダンにつきあって喉の渇いたジャック、などの描写が多いので、書いてるだけで不快指数上がりそうで。とにかく、この章は…暑い〜〜の一言で表せるのではないかと。

でも、ラマダンの日が暮れて飲むシャーベットの描写は美味しそうだったな。(※ラマダン中のイスラム教徒は、日のある間は一切の飲食を禁じられる。)

スティーブン、ダイアナは隼のようだと思う。

さて、一旦海に戻って。ドロメダリー号は一路ナイル河口へ向っているのですが、スティーブンはまだ例のチクリ手紙のことやローラ・フィールディングのことが…というか、ダイアナのことが気になっているようです。

ある日曜日、マーティン牧師が甲板で礼拝を執り行っている最中、スティーブンは(英国国教徒ではないので)礼拝には参加せず、トップで海鳥を眺めながらダイアナのことを考えています。

ここでスティーブンは、ダイアナは彼が以前飼っていたハヤブサを思い出させる、と考えています。子供の頃、スペインの祖父の家で、彼は猛禽類を飼っていたようです。その中で、ひときわ美しく、強く、懐いている相手には優しいが、怒らせると危険な雌のハヤブサがいて、スティーブン少年には懐いていた。でも、ある日彼が彼女の前でオオタカに餌をやったら、それきり彼の元に二度と来てくれなくなった…

スティーブンの子供時代・青春時代の回想って、めったにないのでとても貴重です。しかも、猛禽類を飼っている少年スティーブン…なんか、いいなぁ。このハヤブサに嫌われたのは何歳ぐらいの時なのかわかりませんが、かなり幼い頃という感じ。ひょっとして、初めて味わった「失恋の痛み」(に似たもの)だったのかなあ、とか。

誇り高く獰猛な猛禽に喩えられるダイアナも素敵。前にスティーブンは、彼女をトラに喩えていたこともありましたね。いずれにせよ、獰猛で肉食で美しい動物なんですね。

「僕は決してダイアナを怒らせることはすまい。」と、スティーブンがつぶやくと、ちょうどいいタイミングで下の甲板から「アーメン(同感)」という答えが返ってくるのでした(笑)。

ドロメダリー号、ナイル河口に到着する。

この任務、例のフランスの銀貨を載せたガレー船を捕まえることができれば、莫大な拿捕賞金が手に入ります。ジャックにとっては、キンバーの詐欺事件とその後の訴訟沙汰で失った財産を一気に取り戻せるほどの額ですが、それもこれも、紅海に間に合うように到着できなければ元も子もない。ということで、ジャックは命令書を受け取ってからずっと「Not a moment to lose!」モードに入りっぱなし。彼の思いが天に通じたのか、幸い順風に恵まれ、またドロメダリー号の協力もあって、予定より大幅に早くナイル河口に到着します。

ところが、早く着きすぎたために、ここからスエズ湾まで砂漠を横切って行くラクダや兵隊や装備やらを貸してくれるはずのムラッド・ベイが、ラマダンのためモスクに篭ってしまっていて留守です。ジャックは時間の感覚の違うエジプト人やトルコ人たちに苛立ち、馬を借りて自らベイを迎えに行きます。

ジャック、美しい牝馬に会う。

ジャックはここで、絶世の美女と今までの人生で一番素晴らしい出会いをします。…いや、「馬との出会い」に限っての話ですが。

ジャックは馬が大好きです。5巻でも、モーリシャスでもうけた賞金で競走馬を買ってソフィーに嫌がられたりしていました。(ソフィーは馬が嫌い。またそれ以上に、夫の浪費が嫌い。)しかしその割には、船乗りのご多分に漏れず、乗馬はあまりうまくなくて、よく落馬しています。ジャックが乗馬する頻度を考慮すれば、ほとんどスティーブンが海に落ちるのと同じぐらいの確率で落ちているような気がするのですが(笑)。おそらく、彼があまりに重いので馬の方が辟易して、重荷を一刻も早く放り出したくなるのでしょうね。(2巻にそういうシーンがありましたが)

ところが、彼がモスクまでベイを迎えに行くために借りたヤミナ(Yamina)ちゃんという名の美しい牝馬は、まるで痩せた子供でも乗せているように軽々と彼を運び、酷暑の砂漠を疾走しても息ひとつ乱さない天晴れさ。ジャックにとって、馬の背でこれほど心地よく感じたのも、これほど上手く乗馬できたことも、これが初めてでした。乗馬の上手い下手って、馬の能力とか相性もあるのでしょうね。

もし任務が上手くいったら、帰りにこの馬を買って連れて帰ってペットにしよう。子供たちに乗馬を教えられるし、ソフィーもこの馬を見たら馬嫌いが治るかもしれない…などと考えているジャックですが、さて、そう上手くゆきますかどうか。

ジャック、自分のキャリアについて考え込む

ジャックは馬の背で、もしベイがすぐに協力してくれなければ、案内なしでも出発して自力でスエズ湾まで行こう、と考えています。彼はどうしても、どうしてもこの任務を成功させたいのです。それは拿捕賞金が手に入れたいからというわけではなく−いや、それもあるのですが、もっと重要なのは−自分の評価と自信を取り戻したいと思っているから。というのは、ジャックは最近、ちょっと自信を失っているようなので。

彼には、少し距離を置いたところから客観的に自分を評価する「もうひとりのジャック・オーブリー」がいて、そのもうひとりのジャックはたしかにジャックを評価していたのだけど…その根拠になっていた、彼が勝利したいくつかの海戦は、もうずいぶん過去のことになってしまっているし、イオニア海ではたしかに成功したけど、あれはほとんど運と有能な同盟軍のおかげだったし…

最近は、自分に約束されていた良い指揮艦や美味しい任務が、土壇場で別の人に行ってしまうことが続いている。単なる不運、20代後半から30代初めごろに恵まれた幸運の反動だと思っていたが、それだけではないのかもしれない。

人には、成功と失敗を分ける、はっきりこれと名指しできないある資質があって、自分はそれに欠けているのではないか。自分ではわからないけど、海軍内の他の人には−特に、上の連中には、彼に何が欠けているかよくわかっているのではないか。自分にいい指揮権が回ってこないのは、そのせいではないのか…

このジャックの気持ち、すごくよくわかるなあ。組織で働いたことのある人なら誰でも、よっぽど順調に出世している人でない限り、多かれ少なかれこんな風に感じたことがあるのではないでしょうか。ジャックがこういうことを考えるのはちょっと意外なような、でも案外彼らしいような。

ま、とにかくそういうわけで、彼は自信を取り戻すきっかけとして、久々に回ってきた重要なこの任務に賭けているのです。

ジャック、ムラッド・ベイに会う。

ジャックはモスクのある街まで行き、この地域の支配者ムラッド・ベイをモスクから呼び出して面会します。

幸い、会ってみるとムラッド・ベイはサイアハンに似た率直な人で、即座に旅の準備を整えてくれ、ジャックたちはその夜のうちに出発できることになりました。

彼らを案内するトルコ兵たちはまだラマダン中なので、夜に動いて昼は休むという旅になります。地元の兵隊に「砂漠の夜にはジン(精霊)やグール(喰屍鬼)がうようよしている、と吹き込まれた水兵たちは、すでに浮き足立っているのですが。

スティーブンとマーティン、アジアとアフリカを歩く。マーティン、ラクダにかまれる

ところで、ジャックがベイを迎えに行っている間、スティーブンとマーティンは付近の動植物を観察に行っていました。スティーブンがジャックに「行っていいか」ときくと、ジャックは「ライオンやワニに食べられないように気をつけるなら。それと、それよりずっと大事なことだが、ちゃんと時間どおり帰ってくるなら。」と許可してくれたので。(<状況を考えると、これは冗談じゃないかも)

というわけで、二人の博物学者は炎天下、アジアとアフリカが出会う地の砂漠を、暑さにも虫にもめげずに張り切ってラクダで回ってきました。マーティン牧師は例によってラクダにかまれてますけど(笑)。彼はどんな動物が相手でも、必ず一回は噛まれるか引っ掻かれるかつつかれるかしますね。動物が嫌がる動きをするんでしょうか。スティーブンじゃなくて、彼が菱沼聖子(@動物のお医者さん)なんでしょうか。