Chapter 6-1〜スエズの砂嵐


以下は、ジャックがソフィーに宛てた愚痴手紙の内容。前章に引き続き、暑い話ばっかりです。

一行、グールやジンにおびえて速く砂漠を横切る。スティーブン、ピレネーの人狼の話をする

スエズ湾までの砂漠を、一行は記録的な速さで横断します。というのは、水兵たちは地元の兵士に吹き込まれた夜の砂漠をうろつくジン(精霊)やグール(喰屍鬼、いずれもイスラム圏の伝説)の話にすっかりおびえきってしまい、一刻も早くこの砂漠から出たいと飛ぶように道を急いだからです。

マーティン牧師が「そんなのは迷信だ」と宥めようとしたのですが、スティーブンがそれを遮るように、彼らに自分の知っているあらゆる幽霊・悪霊・悪鬼・魔物・怪物の話を聞かせて追い討ちをかけるし。ほんと、性格悪いな〜。

ところで…私は「マチュリン先生にはピレネーに人狼の知り合いがいる」ということを、どこかで読んだ気がしつつ思い出せなかったので、「『ハリポタ』とごっちゃにした私の妄想かしら…」と思い始めていたのですが、妄想じゃありませんでした。再読したら、たしかにここに書いてありました、「Pyrenean werewolf of his acquaintance」と。しかし、先生はその人狼さん、ヒトの姿をしている時に知り合ったのか、狼の姿の時に手なずけたのか、どっちかしら?(笑)。なぜ私がこんなに人狼にこだわるかは…「ハリー・ポッター」の3巻を読むとわかります(笑)

ま、そんなわけで、サプライズの水兵たちは夜行性動物の鳴き声に飛び上がり、始終現れる蜃気楼に怯え…普段豪胆な人の方がオバケには弱いらしく、あのごっつい不器用デイビスさんなど、ぎゅっと目をつぶったままカラミー君にしがみつき、導いてもらっている始末。

マーティンとスティーブン、昼間歩き回ってヘビやでかいコウモリを集める。ラクダが暴れ、chelengkが砂に埋まる。キリック気絶する。スティーブン、ダイビング・ベルを運ばせる

水兵たちには地獄の砂漠旅ですが、軍医と牧師にとっては最高に楽しい旅でした。他の人が休んでいる昼間、彼らは不眠不休で歩き回り、砂漠の生物(虫、ヘビ、コウモリなど)を集めまくっています。ヘビ嫌いのジャックは嫌な顔をしています。スティーブンが連れてきた巨大なコウモリがキリックの胸にとまり、悪鬼かと思ったキリックは気絶しかけるのですが…彼が本当に気絶したのは別の時でした。

ある日、ラクダが暴れてジャックの持物を蹴散らしてしまい、一番いい軍帽につけていたchelengk(ダイヤの勲章)が砂に埋まってしまいます。全員が必死で砂を掘り返すのですが、ダイアモンドはついに見つかりませんでした。暑さと憤激とショックが重なり、ついにばったりと倒れてしまうキリック。かわいそうに…

ところで、スティーブンは出発地点で大金を出してベドウィンのラクダの一隊を雇い、例のダイビング・ベルを運ばせています。紅海で潜る気満々。

ジャック、スエズで足止めされる。スティーブンとマーティン、大喜びで潜りまくる

そういうわけでスエズ港までは順調に着いた一行ですが、そこで足止めされてしまいます。

彼が指揮する予定の借上げ東インド会社船「ニオベ号」は準備を整えて待っていたのですが、そこで乗せる予定のトルコ人部隊が見当たらない。当地のエジプト人役人はこの任務の事をまったく知らない様子で、ひどく非協力的。おまけに、ジャックの通訳であるdragoman(中東方面の通訳・ガイド)のハイラベディアンが砂漠でサソリに刺されて寝込んでしまい、スティーブンが何とかしようとするのですが、意思の疎通にひどく時間がかかる。相手の一人がフランス語が話せるのがわかってやっと話が通じ、トルコ人部隊も見つけることができたのですが、その時には風が逆風になって出航できなくなってしまいます。

この足止めに、ジャックをはじめ一行の全員がイライラしていますが、唯一喜んでいるのがもちろん軍医と牧師。ダイビング・ベルを組み立ててスエズ湾に潜りまくって海中の生物を集め、また猛暑の中を歩き回っています。自称「サラマンダー」のスティーブンは、およそどんな暑さでも平気ですが、マーティン師はすっかり痩せこけてしまいました。が、牧師の顔から幸せそうな笑みが絶えることはありませんでした(笑)。

ソフィーへの手紙はここらまで。

風向きが変わり、ニオベ号出航する。ジャック、風が変だと思う。

しばらくして風向きが変わり、「エジプシャン」と呼ばれる風が吹き出したので、ニオベ号はやっと出航できます。

地図でご確認いただければわかる通り(ジャックもソフィーの手紙の中で「地図を見てごらん」とすすめていますが)、紅海に続くスエズ湾はとても細長い湾です。おまけに浅瀬だらけなので、間切る(風上にジグザグに進む航法)ことができず、後から風が吹いてくれないとどうしようもないのです。「エジプシャン」はジャックがかつて経験したことのないほど熱い風でしたが、とにかく追い風なのでありがたい…のですが、ジャックはこの風には、何かおかしなところがあると感じます。それに、水平線には、正体のわからないオレンジ色の帯がかかっているし。

あまりの暑さにジャックは、「ネルソンは愛国心で燃えているから外套はいらないと言ったが、もしここにいたら、愛国心で暑さもしのげただろうか?おれには効果がないね。汗だくだ。」などとつぶやきます。「愛国心が足りないんじゃないのか?」とスティーブンがつっこむと、「所得税が1ポンドにつき2シリングで、艦長の拿捕賞金が8分の1減らされるっていうのに、誰が国を愛せる?」…冗談、よね?気持ちはよーくわかるけど。

ニオベ号、砂嵐に襲われる

オーブンからふきだす熱風のような「エジプシャン」に乗ってスエズ湾を下っている時、ニオベ号は嵐に襲われます。嵐ならジャックは慣れっこ、むしろ好きなぐらいですが、こんな嵐は彼も初体験でした。非常に細かい砂が、強烈な陽光を遮るぐらいに濃く吹きつけ、視界が利かなくなるほどで…水平線にかかっていたオレンジ色の帯はこれだったのですね。

砂嵐というと、「アラビアのロレンス」とか「イングリッシュ・ペイシェント」とかの映画で見たものが印象的ですが、海上でも砂嵐が吹くなんて知りませんでした。甲板が砂だらけになったら、磨くときホーリーストーン(甲板砥石)いらずかも…(そういうわけにはゆかないようですが。)

海の色は青いのにRed Sea(紅い海)と呼ばれるのは、ひょっとしてこの砂嵐のせい?…と思って調べてみたら、違っていました。(トリコデスミウムという藻の一種が繁殖して、海水が赤色をおびることがあるからだそうです。)

強風が大好き−というか、強風を利用して最後の1マイルまで引き出すのが好きなジャックは、砂嵐にも暑さにも、くるくると風向きが変わる「エジプシャン」にも、暗礁だらけの狭い航路にも負けず、ぎりぎりのスピードでニオベ号を飛ばし、スエズ湾を抜けて紅海に出るのですが、そこで一転して凪につかまってしまいます。