Chapter 6-2〜紅海の鮫


ジャック、意味深長な夢を見る

風がはたと止んだとき、ジャックは副長に甲板をまかせて休んでいました。ご存知のように、彼はどんな状況でも枕を頭につけた瞬間に眠ることができ(うらやましい)、一度眠ってしまったらどんなにうるさくても起きることはありません。彼を目覚めさせるのはただ二つ、「風が変わった時」と「見張りが他の船を見つけた時」だけ。

しかし、この時はよっぽど疲れていたのか、風が止んだ時彼は目覚めませんでした。とはいえさすがはジャック、風の止んだことを身体のどこかで感じていたらしく、それは彼の潜在意識に奇妙な夢となって表れるのでした。

その夢とは−彼はすばらしい馬(たぶんナイルで乗ったヤミナちゃん)に乗り、意気揚々と駆けているのですが−なぜか、彼の身体の下で乗っている馬がいつのまにか、だんだん縮んでゆき、しまいには足が地面に引きずるようになり、それを大勢の人が見ていて彼はひどく恥ずかしい思いをしているという、暗示的な夢です。

深遠なようでわかりやすい、なんとなくジャックらしい夢だなあ。

通訳のハイラベディアン、水泳していてサメに襲われる

さて、いままで面倒くさがってあまり書いていなかったのですが(ここでまとめて説明しようと思っていた)、艦長には「ハイラベディアン」と言う名前の通訳(dragoman)が同行しています。彼はアンドリュー・レイの推薦で雇われることになったアルメニア人です。英語はもちろんトルコ語やアラビア語など、さすがのスティーブンも手の回らない多くの言語に堪能な上、性格は明るく、英国海軍に絶大な尊敬を捧げている気のいい青年で、士官次室のメンバーにも好かれています。欠点といえばちょっとお調子のりで水泳好きなことで、ナイルでも艦長の許可を得ずに勝手に河に飛び込んで怒られたりしていたのですが…

今までジャックは、少しも休むことなくドロメダリー号とニオベ号を飛ばしてきたので、泳ぐチャンスはありませんでした。この凪を泳ぐいいチャンスだと思ったのか、それとも単に暑さに耐えられなくなったのか、ジャックが止める間もなく海に飛び込んでしまいます。

ジャックは以前、サメなんて見掛け倒しで全然怖くないよ、背中に乗ったこともあるぐらいだ、と言っていたのですが(2巻)、紅海をよく知っている人の話によれば、紅海のサメは地中海や北大西洋のサメとは一味違うようです。チェーン(投鉛台)に座っていた少年水夫が、船が傾いて脚が海に浸かったとたんに膝から下を食べられてしまったというオソロシイ話もあるぐらいで。

ハイラベディアンさんはそんなことも知らず、気持ちよさそうに泳いでいたのですが…突然海面に飛び上がり、悲鳴を上げたかと思うと、あっという間に引きずり込まれます。血で赤く染まった海に(これが「紅海」由来かとも、一瞬思いました)頭と片腕がぽっかりと浮き上がってきます。また血の匂いを嗅ぎつけた他のサメがうようよと集まってきて、次の獲物を待つように旋回をはじめて…

一部始終をつぶさに見ていた艦長を含むニオベ号の連中は、もちろん大ショック。ちょうど昼食前だったのに、すっかり食欲もなくしてしまいます。何しろ、「ジョーズ」のファーストシーンを生で見たようなものですから。

でも、そこはたくましいというか、いつまでも船のまわりをぐるぐる回っているサメを「敵討ちにフックで釣り上げてさばいていいか」と伺いを立てる水兵もいます。ジャックは「かわいそうなハイラベディアンがまだ胃袋の中にいるのにか?」と反対するのですが。こういう、わりと繊細(?)なところもジャックらしいなあ。

「ジョーズ」の、釣り上げたサメを解剖して犠牲者の残骸を探すシーンを思い出します。スティーブンは平気でしょうね、ああいうのも。

ま、とにかく、ジャックはもう二度とサメを馬鹿にしないでしょう。

スティーブン、ハイラベディアンの遺品からcherengkを発見する。

さて、ジャックに頼まれて家族の連絡先を探すためにハイラベディアンの遺品を整理していたスティーブンは、その中に怪しげなものを発見します。それは二重底になっている箱で、その隠しに入っていたのは…砂漠で失われたはずのジャックのダイアモンド、cherengkでした。ラクダがジャックの荷物を蹴散らした時、キリックの目を盗んでこっそり隠したのですね。戻ってきてよかった。(キリックのために)

ハイラベディアン氏には、このこと以外にも怪しい点があったのですが…それはまた後で。

ニオベ、遅れてムバラに着く。ガレー船を発見。

せっかくここまで「Not a moment to lose!」モードで、記録的なスピードで飛んできたのに、紅海の入り口のところで長い凪につかまってしまったニオベ号。ジャックたちは、じりじりいらいらしながら空しく時を過ごします。やっとのことで風が吹き、ムバラにたどり着いたのは予定より大幅に遅く、例のガレー船はもうとっくに到着してしまっていると思われた時でした。

あきらめ半分で近づいたニオベ号ですが、しかし驚いたことに、出発が情報より遅かったのか、何かの事情で遅れたのか、ガレー船はちょうど今、ムラバへ向かっているところではありませんか。勇んで追いかけるニオベ号。追っ手に気づいたガレー船は港へ逃げ込もうとしますが、漕ぎ手が疲れているのか、スピードはじりじりと落ち、ニオベ号は少しづつ追いついてゆきます。

ジャック、ガレー船がわざと遅く進んでいるのに気づき、砲撃して沈める。

ガレー船はニオベ号の射程距離に入るのですが、何しろ莫大なお宝を乗せている船。沈めてしまっては何にもならないので、命中しないようにぎりぎりのところへ脅しの砲撃をするニオベ号。しかしガレー船はお宝を載せているせいか、止まる様子も降伏する様子もなく、ただ港へ向かって漕いで行くのですが…ジャックはその漕ぎ方と、スピードがつりあっていないように感じ、ガレーの船尾からロープがたれているのに目をとめます。水の下で帆を引き摺っているのです。

これは"lame duck ruse"、つまり、全速力で進んでいるように見せながら、帆でブレーキをかけてわざと減速し、相手に追わせてどこかに誘い込む策略。港の砲台の射程距離まで、ニオベ号を誘い込もうとしているのです。

罠に勘付いたジャックは、お宝は諦めてガレー船を沈めることにします。フランスの銀貨がこちらの手に入らないにしても、とにかく敵の手から奪い、ムバラに渡らないようにするのが任務の肝心のところですから。

艦長命令を受けて、部下たちは泣く泣くガレー船の喫水線のあたりを砲撃。ガレー船は簡単に沈み、ガレーの船員たち(この船の場合奴隷ではなく、鎖でつながれているわけではない)は、あっさりと船を諦め、ボートに乗って逃げて行きます。その中にフランス人らしい人影が一人もいなかったことを、ジャックたちはいぶかしく思うのですが…

ガレー船は砲台の射程距離外に沈没しました。この海はすばらしく透明度が高く、お宝を載せた船が沈んでいるのが海の底にはっきりと見え、ニオベ号の全員はうらめしそうに見下ろすのでした。


と、ここまで書いたら、次の展開はばればれかなあ。ほら、スティーブンのアレ…