Chapter 8-1〜ふたたびマルタ


ジャック、サー・フランシスに報告する。サプライズ号が廃艦か売却されることを聞かされる。

というわけで、やっとのことでマルタ島まで帰ってきたジャック一行。ジャックはコマンダー・イン・チーフ(地域司令長官)サー・フランシスの元に出頭し、今回の一件を報告するという気の重い仕事をすませます。経緯を聞いたサー・フランシスは、「我々の諜報活動に問題があるようだな」と言っただけで、まあ報告自体は無事にすんだのですが…その後、ジャックはショックなことを聞かされます。

彼の最愛の艦、このマルタで修理をほぼ終えて港に碇泊している愛しいフリゲート艦のサプライズ号が、もうすぐ海軍をお払い箱になるというのです。あと1、2回の短い任務をこなしたら、その後英国に送られ、取り壊されるか、民間に売却されることが決まったのです。サプライズ号は元々フランスから拿捕した当時さえかなり古かった艦で、40門以上の大型フリゲート艦が主流になってきている中で28門と小さく、時代遅れになってしまっているので。

ジャックは、この地中海での「合間仕事」が終わったら、新造艦のブラックウォーター号を指揮して北アメリカに赴任することが決まっているので(…というか、本人はそう思っているので…)自分のキャリアの面では、サプライズ号がなくなっても困ることはないのです。しかし、彼にとってサプライズ号は単なる指揮艦以上のものでした。

以前、ジャックとサプライズ号の長い縁を、長編メロドラマのヒーローとヒロインになぞらえたことがあったのですが、ここはさしずめ、ヒロインが不治の病で余命いくばくもないことを聞かされるシーンでしょうか。

少年の頃から知っていて、初めは気難しく感じるけれど、知れば知るほどその良さがわかり、上手に扱えば期待以上に答えてくれ、いざという時には必ず頼りになった最愛の彼女。失うことになって改めて、どれほど彼女を愛していたかが胸にこみあげ、悲しみに息もつまる思いのジャックであります。

そして、艦そのものへの愛着もさることながら、悲しいのは艦を失うとともに、今のサプライズ号のメンバーが解散になってしまうことです。今のクルーはウースター号から移るときに自らひとりひとり選りすぐったメンバーで、ソフィー号時代や前回のサプライズ号時代からの長い付き合いの人も多く、士官も准士官も水兵も(少数の例外を除いて)とびきり優秀。その上相性もよく、お互いすっかりで馴染んで、すでに家族のようになっています。まさに彼が理想とする、鞭打ち刑をすることなしに規律を保っているハッピー・シップです。これから他の艦を指揮しても、これほどのクルーを持つことは二度とないだろうと思うと、またしみじみと寂しさを感じるのでした。

でも、サプライズの仲間を絶賛しながらも「これで、もう少し愛想のいい艦長づき給仕がいれば完璧なんだが」とか思っているジャックでした。いや、キリックもあれはあれで…彼がいなければサプライズ号じゃないっていうか…何もかも完璧では、それはそれで「味」がないよね、ジャック。

スティーブン、ローラを訪ねる

さて、その頃スティーブンは…軍医としての義務を果たして病院を訪れた後、諜報員としての義務を果たしてローラの家を訪ねます。ホテルに寄って着替えたりせずに直接行ったせいか、ローラは彼の姿を見ると開口一番「まあ、難破したんですの?」と聞いたので、彼はちょっとがっかり。いちおう本人は、まともな格好をしているつもりだったのですが。まあ、いつものスティーブンだったってことですね。今までは、ローラに会うときは(彼にしては)おしゃれしていたので…

さて、スティーブンに友達としてすっかり気を許しているらしいローラは、彼が紅海に行っている間に夫から来た手紙をまた見せて、「やはり様子がおかしいように思う、大丈夫だろうか」と、以前と同じ心配を相談します。スティーブンも、以前と同じことを言って彼女を慰めるのですが…

その手紙はスティーブンの目には、別人が書いていることはもはや明らかでした。やはり、チャールズ・フィールディングはもう死んでいるのだろう…と、スティーブンは確信し、このことが知れたらルシュールたちはローラを殺そうとするのではないかと心配します。この時点でスティーブンはローラのことをかなり好きになっているので(どういう意味で「好き」なのかは、自分でもさだかでないにせよ)、その心配は以前より差し迫ったものとして感じられるのでした。

ジャック、スティーブンが浮気していると思って失望する

スティーブンはローラの家で一夜を過ごし(といっても、まったくイノセントな夜なのですが)、サプライズ号へ朝帰り。全く悪びれずに「友達の所に泊まった」とか言うスティーブンを、無理もないことですが、ジャックはすっかり誤解してしまっています。

スティーブンでも誘惑に屈することがあるということは、ジャックにとっては、自分自身のあやまちが正当化されたような気がしてちょっぴりうれしい反面(こらこら)、彼が密かに尊敬していたスティーブンの「幻想」が打ち砕かれたことではひどくがっかりしていて…嬉しい気持ちよりがっかりした気持ちが大きいのでした。

スティーブンは今までは、酔っ払うこともなく、外国の港で女を追いかけたり、一緒に売春宿に行く士官の一行に加わったりもせず(そうか、偉いぞ…というか、その一行に含まれているのは誰かな?)、トランプが上手なのに賭博もめったにやらず、ジャックの目から見ると、聖人ではないけど、普通の男が落ちるような誘惑には無縁の人間のように思えていたので、他の男やジャック自身が犯したらなら何でもなく思える過ちも、スティーブンがやったと思うとひどく悪いことのように思えたのです。…って、うーんジャック、それは不公平なんじゃない?気持ちはわかるけど。

それにしても、何度も言うけど、スティーブンはジャックだけには本当のところを話しておくべきだと思いますね。

サプライズ号に郵便が届いている。スティーブンにダイアナとサー・ジョセフから手紙。

そういうわけで、ジャックはいくらか冷たく「郵便が来ているぞ(内心の言葉:ダイアナから手紙が来てるぞ。妻からの手紙を読んで罪悪感を感じるといい)」と言うのですが、もちろん罪悪感を感じるいわれなどまるでないスティーブンは、妻の(彼女にしては長めの)手紙を喜んで読むのでした。しかし一緒に、例の「ダイアナがヤゲロと浮気している」という匿名のチクリ手紙もまた来ています。(しつこいね)

サー・ジョセフからも手紙が来ていました。彼の手紙には、アンドリュー・レイのことはほんの一言しか触れられていなくて、彼の性格や仕事についても、彼の手助けしてほしいとかも、一切書いてありませんでした。悪口が書かれていたわけではないけれど、レイの役職とサー・ジョセフの性格を考えると、この「触れられていない」ことそのものが、サー・ジョセフが彼を信頼してないことを如実に示している−とスティーブンには思えるのでした。そこで、彼はローラ・フィールディングの一件はレイに話さないでおこうと決めます。

…正解。でも、サー・ジョセフにしてもスティーブンにしても、この時点では、レイに好感は持っていないにしても、まさかフランスのスパイだとは疑ってもいないのですよね。早く気づいて〜と思いながら読んでいましたが、これは作者の思う壺かな。まあいいけど。

ジャック、スティーブンにサプライズのことを話して涙ぐむ

手紙を読み終わったスティーブンは、ジャックがあまりに悲しそうな顔をしているので「家から何か悪い知らせでもあったのか?」と聞きます。ジャックは「他の連中にはまだ言わないでくれ」と言い、サプライズ号の運命のことを話します。スティーブンは彼の目に、うっすら涙が浮かんでいるのを見るのでした。うーんかわいい。いやかわいそう。

スティーブン、旗艦に出頭、サー・フランシス、レイ他と会議。レイ、ハイラベディアンが怪しいと言う

ジャックの報告を聞いた司令長官は諜報関係の会議を招集し、スティーブンも呼ばれます。他にはアンドリュー・レイ、サー・フランシスの政治アドバイザーと秘書だけのインサイダー会議ですが、スティーブンはそこでも全員を信用しているわけではないので「単なるアドバイザー」以上の立場は明かしていません。

会議の主題は、なぜ敵が紅海の任務の細かいところまで正確に把握していたのかという点です。レイは、ジャックたちに同行していた通訳のハイラベディアンがスパイだったのではないかと言います。彼を推薦したのは他ならぬレイだったのですが。トルコの領事館からいい推薦状が来ていたので信用したが、裏をとる時間がなかった。推薦状はニセモノだったのかもしれない−と、彼は言い訳します。

彼の遺品に手紙があったが、アラビア語なので内容がわからなかった。手紙は、砂漠で盗賊に襲われた時に唯一盗まれなかったオーブリー艦長の荷物に入っていたので無事だった。後で持ってくるので解読してほしい−とスティーブンは言うのですが…何となく、chelengkの一件は黙っていることにします。

このハイラベディアンの手紙は、後でちょっとした騒動を引き起こすのですが…

スティーブン、レイと教会へ聖歌を聴きに行く。スティーブン、とあることに気づく

会議の後、スティーブンとレイはたまたま同じディナーパーティに行くことになっていたので、同じボートで街に帰ります。パーティまでは時間があったので一緒に教会音楽を楽しみ、時間つぶしにカフェでお茶を飲む事に。

二人は、まあまあ楽しく音楽の話をするのですが、観察力鋭いスティーブンは、レイがどこか落ちつかない様子なのに気づき、また、彼に関して…あることに気づくのでした。それが前に言っていた、「衝撃の事実・その2」なのですが。

思わせぶりに、つづく。