Chapter 8-2〜賭博者たち(The Gamblers)


またまた、こんな所で更新止めていて申し訳ありません。わけもないのに文章書くのに時間がかかる時期ってありまして。

このあたり、スティーブンについて「実はギャンブラー(自己中心派)だった」とか、「実はムショ帰りだった」とかという意外な面(いや、あまり意外ではないか?)が明らかになっていて、面白いのですが、それだけに余計に書きにくくて…とまあ言い訳はこのぐらいにして、そのあたり(「スティーブンは実は…」)を中心に書いてみようと思います。

スティーブンは実は鋭い目と寛容な心の持ち主だった。

さて、そういうわけでディナーまでの時間つぶしに、木陰のカフェでアイスコーヒーなど飲んでいる二人ですが…美少年のウェイターが何度もテーブルにやって来ます。その時のレイの様子を、緑色の色眼鏡の陰からつぶさに観察していたスティーブンは、レイが同性愛者であること、あるいは少なくとも「ホラティウス(古代ローマの詩人)のように、両方の性に焦がれる人」だと気づきます。

まあ、言ってしまえば、アンドリュー・レイはバイセクシャルではなくてホモセクシャルなんですが(ハートの娘とは財産目当ての形だけの結婚)。でもレイのことはまあ、(比較的)どうでもいいとして…それよりも気になるのはスティーブンの方です。ローラの一件(3章)といい、「どうして、そういうことに関してそこまで鋭いのか?」ってとこですね。レイがよっぽどあからさまな態度をとっていたのか…でも、他の人々が気づいている様子もないし、やはりスティーブンは特別に鋭いのでしょう。

ここらへんで、海外の(ある種の)ファンサイトでよく引用されている文章があるのですが−「スティーブンは、そのことに道徳的憤りは感じなかった。いかなる憤りも感じなかった。彼はホラティウスが好きだったし、一般的に寛容な地中海的態度の持ち主だったので、同様の幅広い性癖を持つ多くの男性を好んできた。(This aroused no virtuous indignation in Stephen; no indignation of any kind. He loved Horace, and, having the usual tolerant Mediterranean attitude, he had loved many another man with the same eclectic inclinations.)」

あえて直訳気味にしてみましたが、要するに、ゲイやバイの友達はたくさんいるよ、ってことかと。パリのアデマール・ラモットさん(7巻)とか。それ自体、当時としては珍しいことなんでしょうけど…英国に比べたら地中海方面は寛容だったのかしら。それでも、スティーブンほどこだわらない人はやはり珍しかったのではないかと思いますが。

これもまた、彼が医者として博物学者として、人間の性癖や行動を道徳的にではなく、ある意味、自然科学的な現象として見ていることに関係があるように思います。動物を観察するように人間を観察する−というと冷たいように聞こえるけれど、それが人を一概に道徳的に批判することのない寛容さにも繋がっているような気がします。

まあ、レイについて言えば、別の点で道徳的に批判されるべきなんですが。

スティーブンは実はギャンブラーだった。

さて、その後スティーブンとレイは総督邸で開かれたパーティに出席します。これは男性ばかりのディナーパーティで、食事や会話よりその後のお楽しみが主眼。…要はギャンブルパーティなのです。しかも、とんでもなく高額な賭け金が飛び交うと噂の。

実はスティーブンは相当なギャンブル好きなのでした。しかもチョーサー(@「ロック・ユー!」)と違って、とても強い。いや、今は強いのですが、若い頃はそれで身を滅ぼしそうになったこともあるらしく、この性癖を自分の弱点と認識しているので、普段は慎重に抑えています。が、先日受け取った英国の管財人からの手紙で、自分が思っていたよりずっと金持ちだとわかったので(そりゃま、今までの拿捕賞金の軍医の分け前だけでも相当なものになるでしょうし…しかもジャックと違って、ほとんど使ってないし)、少しばかりお気に入りの悪徳を楽しもうと、たっぷり軍資金を持ってこのパーティにやってきたわけです。

やはりギャンブル好きのレイに、「サイコロをやりませんか」と誘われますが、「若い頃にみじめな状況に陥っていたところを名付け親に救われて、二度とサイコロには手を触れませんと彼に誓ったのですよ。今はトランプだけにしています。」と答え、二人はピケット(トランプゲームの一種)をすることにします。

サイコロをしなくても、別のギャンブルをするんじゃおんなじじゃん…と思いましたが、違うのですね〜。イカサマをしない限り完全に運任せのサイコロと違い、トランプにはいろいろ勝つための「手」があり、スティーブンはそれを知っているからです。

それにしても、「みじめな状況」って、どんな風だったんだろう…。スティーブンの名付け親って、7巻に出てきたラモーンさんですね。スティーブンと彼の間にもさまざまなドラマがあったのでしょうね。いろいろ想像は広がる…。

スティーブンは実はスペインの監獄にいた。トランプは同室の男から習った。

さて、「楽しむ」とは言っても、スティーブンはトランプする時はいつも遊び気分ではなく、情け容赦なく「勝つためにプレイ」します。それはまるで、敵に対して作戦を遂行するように。ルールは厳密に守る、つまりイカサマはしませんが、それ以外のあらゆる手を使って勝ちにゆきます。その「手」を教えてくれたのは、彼がテルエル(スペイン東部)の監獄にいた時の同房仲間、Jaime(スペイン語だとハイメ、かな?)という名のプロギャンブラーでした。

スティーブンが「いろんな監獄を見てきた」というのは5巻にも出てきたことがあるのですが、医者として見たのか囚人として見たのかははっきりしていなかったのです。でも、「同房仲間」がいたということは、明らかに囚人ですね。しかも、「長い間同房だった」とあるから、スティーブン自身もかなり長いことムショ暮らしをしていたことは間違いないようです。何の罪で捕まっていたかは書いてないのですが…うーん、何だろう。政治犯から決闘からギャンブルのツケが払えなかったまで、いろんなことが考えられますが。

まあそれはともかく、このハイメさんが教えてくれたことというのは、「人間の感情と瞳孔の収縮の関係」。なんでも、人間の瞳孔というのは、感情の動きによって意志とは関係なく開いたり閉じたりするそうです。これを正しく利用すれば、いくらポーカーフェイスが上手い相手であっても、後に鏡があるのと同じぐらい相手の手札が読める。(ピケットというのはポーカーと同じく、相手の手札を値踏みするのが重要なゲームのようです。)ただし、微妙な変化を見分けられるぐらい目がよく、しかも相手を顔に光の当る位置に座らせなければならない…

スティーブンは実は非常に目が良いので(と、はっきり書いてありました。映画で眼鏡をかけていたのは違う設定ですね)、第一条件はクリア。今も、顔が昼の日光に明るく照らされる場所にレイを座らせ、その位置の不利にまったく気づいていない彼に大勝ちします。レイはポーカーフェイスの割には実は感情的な人間で、瞳孔の変化によって手札がはっきり読めただけでなく、スティーブンは(彼がトランプをする時はいつもそうであるように)とてもツイていたので…

レイとしたら、イカサマをしてでも勝ちたいところだったのでしょうけど、彼は一度ジャックによってイカサマで非難されているので、二度非難される危険は冒せないのです。というわけでスティーブンにスッテンテンにされた(…と言っても紳士のご開帳ですから、取られるのは金だけですが)レイは辛うじて笑顔をつくろい、近いうちに必ずリベンジの機会を下さいよ、と言って帰って行くのでした。

スティーブンを、別のシリーズのトランプ名人艦長さんと対戦させてみたい気がします。でも、H艦長の得意はホイストだから…ゲームが違うかな?