Chapter 9-2〜チャールズ・フィールディング


スティーブン、トーマス軍医とチャールズ・フィールディングの手術をする。トーマスはジャックとローラのことを誤解している。

「チャールズ・フィールディング、あの大きな犬を連れたご婦人の夫ですよ…オーブリー艦長になついている犬の。他ならぬあなたには、説明するまでもないと思っていたのですが…まったくわからずに聞いていらしたのですか?これは可笑しい。」噂好きのトーマスはひとりで面白がっていますが、スティーブンには急いで考えなければならなとがいろいろあるのでした。

二人はフィールディングの弾丸摘出手術をします。手術を待っていたチャールズ・フィールディングは、黒髪で背が高く逞しい男で、ローラの寝室にあった肖像画から抜け出してきたようでした。

彼の手術は、以前に脚に受けた弾丸が摘出されずに残り、逃亡の旅によって傷が悪化したもの。弾丸はトーマスの予想より奥にあり、思ったよりたいへんな手術になりましたが、フィールディングは一、二度低いうめき声を上げたきりで、雄々しく苦痛に耐えていました。

これが、ローラがいちずに愛している旦那様か〜。男性的で古風で、わかりやすくカッコいいタイプという感じです。性格は暗そうに見えるけど、それはまあ、今の状況のせいかも。でもローラが言っていた欠点の「嫉妬深い」というのはその通りのようです。

手術は成功。スティーブンは彼から話を聞きたかったので、しばらく付き添いを申し出るのでした。

フィールディング、スティーブンに逃亡の旅について話をする。フィールディングもジャックとローラのことを誤解している。

フィールディングがコーヒーと酒と、ポケットに隠し持っていたプラムプディング(「あまりに長い間飢えていたので、いつも何か食べ物を持っていないと落ち着かなくて」)でひとまず落ち着いたところで、スティーブンは「差し支えなければ、どうやって捕虜収容所を脱走したのか詳しく聞かせてくれませんか?」と訊きます。

フィールディングの語った逃亡の旅は、想像を絶するほど過酷なものでした。脱走したのは76日前。ローラを不安にさせた手紙の、最初の一通と時期が一致する、とスティーブンは気づきます。やはりあの手紙はニセモノだった…しかし彼らが手紙を偽造していたのは、彼が死んだからでなく、脱走したからだったのだ。

彼はヴェルダンの一般捕虜収容所からの脱走に失敗し、その時に憲兵を殺してしまったので、ビッチにある懲罰収容所に送られた。しかし、収容所内で火事があったりして敵に隙ができたので、同室のコービーとウィルソンと一緒に、修復工事に乗じてもう一度脱走を試みることにした。前回は英仏海峡目指して北へ向って失敗したので、今度はアドリア海目指して東南に向うことにした。二ヶ月半前、他の捕虜たちの協力により、三人は脱出に成功した。

しかし、その後の逃亡の旅は、予想を遥かに越えて過酷なものとなった。馬でまっすぐ走れば1週間足らずの距離だが、昼は追っ手から隠れ、夜に這い進む行程は遅々として進まなかった。食べ物は盗むしかなく、山に入るとそれすらなく、まったく食べ物なしで何日も過ごすこともあった。雨に降られ、服はすぐにボロボロになり、犬に吠えられ、常に誰かに追われ、お互いに疑心暗鬼になり、一度など、隠れ場所を偶然見つけた子供たちを殺しそうになったこともあった。身体は弱りきり、山で吹雪に遭った時にウィルソンは死に、コービーはひどい凍傷にかかった。

あともう少しで海というところでフランス軍に発見され、凍傷のために走れなかったコービーはその場で惨殺された。自分はなんとか逃れ、ボートを盗んで、沖にいるはずの英国艦に拾ってもらえることを期待して海に出たが、フランス艦に捕まってしまった。その艦が英国艦に追われているのに気づき、仏艦を妨害して追いつかせた。その英国艦が懐かしいニンフ号であることを知った時の溢れる喜び。しかし…

「私を支えていたのは…ある強い感情だけでした。他の二人も、それは同じだったでしょう。あの二人の苦難が全て無駄になったことを思うと、この世には正義などないような気がします。あの二人の妻は、売女ではなかったのですから…私はビッチに残っていた方がよかった。今となっては、マルタに帰る気にもなれません。」フィールディングは暗い顔で、スティーブンにというより、ほとんど独り言のように言いました。

静かな口調とは裏腹に、スティーブンは彼が非常に情熱的な男であることを感じました。どうやら彼は、ローラとジャックが浮気しているというバレッタの噂話をすっかり信じこんで意気消沈している様子。もう少し、奥さんを信じてあげればいいのに…と思いますが、ローラも言っていたように嫉妬深い性質なんだな。

でも、彼の苦労と今の体調を考えると、可哀想な気もする。スティーブンも、噂は噂だけで、彼の奥さんは無実だってことを言ってあげればいいのにね。でも、いろいろあってそうはいかないのね〜。下手に言っても友人をかばっているだけだと思われて信じないだろうし、何もかもをぶっちゃけて言うわけにはいかないし…うーん、焦れるなあ。

ジャック、ニンフ号のコットン艦長からフィールディングのことを聞く。コットン艦長もジャックとローラのことを誤解している。

さて、その頃ジャックは、士官候補生時代からの友人であるニンフ号のコットン艦長と会っていました。「ジャック、とても悪い知らせがあるんだ。ニンフ号の三等海尉だったチャールズ・フィールディングが、ビッチの収容所を脱走し、逃げ切って自分の艦にたどり着いた。今、この艦にいるんだ。」「ビッチの収容所を脱走?すごいじゃないか!たいへんな快挙だ。…で、悪い知らせって?」「え?私はてっきりその…君とフィールディングの奥方は…」「あの馬鹿犬のせいでかい?とんでもない。ただの下らない噂だよ。おれと彼女の間にはなんにもないんだ。サプライズ号はマルタへ一番先に行く予定だから、よければ、喜んで彼を送って行くよ。」

ジャックはフィールディングの誤解を解こうと、サプライズへの乗艦の申し出をすぐに彼に伝えさせるのですが、彼からは丁重な、しかしきっぱりとした断りの返事が来るのでした。

しかもこの場合、誤解は二重構造になっていて…

スティーブン、ジャックからフィールディングのことを聞く。ジャックはスティーブンとローラのことを誤解している。

「スティーブン、悪い知らせがあるんだ。ローラのご主人のチャールズ・フィールディングが捕虜収容所を脱走して、今はニンフ号にいるのを聞いただろう?おれはコットン艦長に聞いて、彼をサプライズ号でマルタまで送るって申し出てしまったんだ。おれの無実を証明するために、すぐにそう言ったもんで、君に相談するひまがなかった。すまない。断わられたが…」「もちろん、そうしてくれてよかったよ。君は時々、僕の行動を誤解するようだな。彼を乗せて行けないのは残念だが、説得は無駄だろう。それより、フィールディング脱出のニュースを最初にバレッタに届けるのは、このサプライズ号になるのだろうね?」「それは確実だよ。我々以外にはこの艦隊から出る予定の艦は当分ない。あのバビントンのノロいタライ船(ドライアド号のこと、たまたまこの艦隊にいた)と一緒に帰るからあまりスピードは出せないが、我々が最初になることは間違いない。」

フィールディングが脱走したニュースがマルタで公になれば、フランス諜報部はローラに対する支配力を失う。そうなれば、ルシュールはローラを殺そうとするだろう。一刻も早くローラを保護しなければならないが、そのことを知っているのはスティーブンだけ。ニュースがスティーブンより早くマルタに届いたらまずい理由はそういうことなのですが、そうとは知らないジャックは、この言葉をまたしても誤解している模様。

それよりジャックは、フィールディングが誤解したまま、決闘を申し込んできたりしなければいいが、と思っています。ジャックは若い頃には決闘の経験もあるようですが(スティーブンほどではないでしょうけど)、元々決闘は嫌いで、しかも最近は剣でなく、より死ぬ可能性の高いピストルの決闘が多くなっているので、ますます嫌いになっています。彼はローラを未亡人にしたくないし、かといって、ソフィーを未亡人にするのはもっと嫌なので…(そりゃそうだ。)