Chapter 2 〜 クラリッサ・ハーヴィルの結婚


ジャックが「オークスとクラリッサを置き去りにする」と言ったノーフォーク島は、シドニーの北東約1490km地点にある孤島で、1788年から1813年まで流刑地として使われていました。この巻はまさに1813年の話(「長い1813年」の何サイクル目か)ですが、ここでは「ほとんど無人島のような島」と言われているところから、この時点ではすでに流刑地としては使用されなくなっていて、撤退がほぼ終わっているところかと思われます。

島が上陸可能なら、脱走囚人のクラリッサと軍規違反のオークスをここに置いてゆくと宣言したオーブリー艦長。恋人同士を孤島に置き去り…と言っても、ロマンティックどころの騒ぎではなく…

ジャック、ノーフォーク島が上陸可能かどうか調べさせる

スティーブンにもらった薬(実は少量のアヘンチンキ)を飲んでぐっすり眠ったジャック。夜明けに起きて、水兵たちと一緒にポンプを漕ぎ、その後二頭のイルカと一緒に朝の海を泳ぎ、ヘッドにも行ってすっきりして、スティーブンと一緒にたっぷりした「二度目の朝食」を取った時には、ジャックの機嫌も舌の色も、だいぶん良くなっていました。

ジャックって、昨今の言葉で言うと「メタボリック・シンドローム」ってやつでしょうか。まあ、それはともかく…

朝食の後、スティーブンが艦尾甲板に上がると、家禽係のジェミー・ダックスとサラとエミリーが、ニワトリと山羊たちを運動させに来ていました。エミリーがスティーブンに挨拶して「お嬢さんは泣いています」と報告しました。

「お嬢さん」とは、クラリッサ・ハーヴィルのこと。自分たちがノーフォーク島に置き去りにされるかもしれないと聞いて、動揺しているようです。

艦長が「ジョリーボート(雑用艇)乗員、乗艇せよ」と命令する声が聞こえ、スティーブンは艦尾甲板の雰囲気が重苦しく、緊張していることに気づきました。近くにはノーフォーク島が見えています。

艦長は艇長のボンデンを呼んで、「ノーフォーク島に上陸が可能かどうか調べてくるように」と命令していました。スティーブンは、ボンデンとジャックが無言のうちに何かメッセージを交わしているような気がしましたが…そのメッセージが何かは分かりませんでした。

サプライズ号の全員が固唾を飲んで成り行きを見つめる中、一人だけ状況が分かっていないマーティンは、スティーブンに向かってノーフォーク島に生息する珍しい鳥のことを熱心に語り、「上陸できたらいいなあ」などと、呑気なことを言っていますが…

スティーブンは、朝食の時とはうって変わって厳しい表情のジャックを見つめていました。彼の考えていることは、開いた本のように分かりやすく読める時もあるが、今日はくまったく読めない…

ノーフォーク島の波の高い海岸線を調べて戻ってきたジョリー・ボート。ボンデンが舷側を登って来ると、艦尾甲板は静まり返って、彼の答えを待っていました。

「どうだった?」「上陸可能な所はありませんでした。寄せ波が高すぎるし、引き波はもっとひどいです。」「上陸はまったく不可能か?」「まったく無理です。」「よろしい。プリングズ艦長、上陸が不可能であるので、ボートを引き上げて、元のコースに戻ることにする。」

トップに登って島を見ていたマーティンは、降りてくるとスティーブンに言いました。「上陸が不可能と聞いて驚いたよ。私が見たところでは、岬の反対側には、けっこう波が静かなところがあるように思えたけどなあ。」

15巻のこの部分に関しては、以前の掲示板でちょっと話したことがありました。手っ取り早いので、それを引用します。

>ジャックがボンデンに雑用艇を出させるのは、「一応、追い出すつもりで下調べだけはしました」というテイサイをつけるためだったのでしょうか?

クラリッサとオークス士官候補生を島に置き去りにできるかどうか、ボンデンにジョリーボートを出させて調べさせるところですよね。
読み返してみたのですが、あれは3通りの解釈ができると思います。

(1) ジャックは本当にクラリッサとオークスを島に置き去りにする気だった。ボンデンが二人に同情して「上陸不可能」と報告した。

(2) 何もせずに二人を許したら他の乗員にしめしがつかないので一応ボートを出させたが、ジャックはもちろん二人を置き去りにする気などなく、「上陸不可能」と報告するようにボンデンにあらかじめ言っておいた。

(3) ジャックは二人を置き去りにしたくはなかったが、(2)の理由から、ボンデンには何も言わずに調べに行かせた。ボンデンが敏感にジャックの気持ちを汲んで「上陸不可能」と報告した。

私は(3)だと思います。というか、(3)がいいな。

改めてもう一度読み返して見ると、上記(3)で間違いないようですね。

サプライズ号の後方に海軍のカッターが現れる。

ジョリーボートが戻って来た直後に、見張りから「後方に船影あり」の報告があったのですが、その船がどうやらシドニーから来た海軍のカッターらしいと分かり、乗員はみんな心配そうにしています。現在の向かい風では(フリゲートより風上に切り上がれる)カッターはいずれ必ず追いついて来るし、サプライズが捜索されて、パディーンやクラリッサが見つかったら非常にまずいので…

艦長はオークスを呼んで、言いました。「君の処分について考えていたんだが、チリかペルーの大きな港についたら、君を艦から降ろすつもりだ。しかし、海軍には残れるように推薦状を書いてやる。給与と拿捕賞金が出るはずだから、本国へ帰れる。…しかし、君の『友人』の問題がある。君が彼女を保護しているのだろう?」「はい、そうです。」

「彼女をどうするか、考えたか?」「はい。艦長が我々を結婚せて下さったら、彼女は自由になります。そうすれば、あのカッターが来ても、『おととい来い』と追い返すことができます。」「もうプロポーズはしたのか?」「いいえ、でも…」「なら、すぐそうしたまえ。イエスの返事がもらえたら、私が直接彼女に確認する。私の艦で強制結婚はさせないからな。早くしたまえ。彼女の名前は?」「クラリッサ・ハーヴィルです。」

ジャック、クラリッサとオークスを結婚させる。ソフィーに買った絹を婚礼衣装に提供する

艦長室に呼ばれたクラリッサは、少年の服のままで恥ずかしそうに現れました。「ミス・ハーヴィル、オークスはあなたが彼と結婚するだろうと言っている。その通りですか?」「はい、ミスタ・オークスと結婚します。」「自由な意志で?」「はい。ご親切にありがとうございます。」「牧師がいるから、彼が式を挙げてくれる。他に服は?」「いいえ。」「ジェミー・ダックスとボンデンが薄手の帆でドレスを作れるだろう。しかし…帆布は結婚式にはふさわしくないかもしれないな。キリック!…バタヴィアで買った絹を持ってこい。

「オークス、君の班に刺繍のうまい水兵が二人いたな。彼らを呼んで袖をやらせよう。ジェミーがスカート、ボンデンが…上の方をやればいい。」キリックが不機嫌そのものの顔で現れ、ジャックがソフィーのために買った深紅の絹の包みを、いかにも惜しそうに差し出しました。「裁縫のうまいやつが他にもいたら手伝わせろ。大急ぎだ。ミス・ハーヴィル、八点鐘にお目にかかります。」「何てお礼を申し上げたらいいか…こんなに美しい絹は、生まれて初めて見ました。」

艦長が甲板に出ると、デイビッジが「結婚式のガーランド(花飾り)はどこに飾ればいいでしょうか」と聞いてきました。そのガーランドは、ずいぶん前から手回しよく作らていたようです。甲板の片隅では、スティーブンがリードに「結婚式のダンス」だと言ってアイリッシュ・ジグを教えています。

アイリッシュ・ジグって、上半身を動かさずに脚だけで踊る、あの「リバーダンス」みたいなやつですよね。あんなに難しそうな踊りをスティーブンが踊れるとは…ジグを踊るスティーブン、見てみたいなあ。(できればポール・ベタニー・バージョンで…)下手でも、上手くても、笑ってしまいそうですが(<失礼)。

「みんな、とっくの昔に結婚式があると知っていたようだな?おれがどういう行動を取るか、読まれていたのか?おれは透明なガラスみたいに見通しやすいのか?」ジャックは考えますが、不思議と、怒りは湧いてこないのでした。

ジャックの寄付した絹から、ボンデンたちが大急ぎで素晴らしい深紅のドレスを作り、武器係がギニー金貨から指輪を作り…艦長が花嫁を引き渡す役をつとめ、マーティンは久々に牧師の役割に戻って式を執り行い…艦長室での結婚式は即席ながらも、厳かな、正式なものとなりました。

その夕方、水兵たちが結婚を祝って艦首で楽しく踊っている間も、海軍のカッターは着実にサプライズ号に近づいていました。

海軍のカッター、サプライズ号に追いつく

ジャックは、カッターには「気づかないフリ」で、このまま撒くつもりでした。正式に結婚したクラリッサは晴れて自由の身となったので心配ないけれど(当時は、女性は結婚すれば即、無罪放免らしい。現代感覚からすると変ですが、妻は夫の所有物とは言わないまでも、夫に『属する』ものであるという考え方からきているのでしょうか)、パディーンはそうはいかないので…

ジャックは「このまま夜になれば、カッターは諦めて帰るだろう。たかが二人の逃亡囚人のために、そんなに熱心に追って来ることはありえないし…もし追いつかれても、この艦を捜索すると言い出すような大胆なカッター艇長はめったにいない」と断言しますが、それでもスティーブンも、他の水兵たちも、不安を拭えませんでした。

ところが、一夜明けて朝が来ると、カッターはもう無視できないほど近くにいました。よほど重要な用があるようで、夜通し苦労してこちらを追いかけていたようなのです。カッターがボートを降ろし、なにやら荷物をたくさん積み込んでいるのを見たジャックは仕方なく、艇長を歓迎する用意をさせ、ボンデンにこっそり「パディーンを隠せ」と命じました。

問題のカッターはエクレア号、艇長はマムレンという若い海尉でした。幸いなことに、エクレア号は逃亡した囚人を捜しに来たのではなく、総督からオーブリー艦長への緊急命令書と、サプライズ号が出航した直後に届いた郵便物の山を届けに来たのでした。

マムレン海尉は、サプライズ号がハーマイオニー号を奪還した有名な戦闘当時(1799年)、同艦に勤務していた軍医の息子でした。「子供の頃から父に話を聞いていた艦を是非見学したい」と彼が希望したので、ジャックはオークスに案内させ、その間に待望の故郷からの手紙を、むさぼるように読み始めました。

三人の子供たちの成長ぶり、習い事の上達ぶり、ジョージが「いとこのダイアナ」に乗馬を習っていること…その他もろもろを綴ったソフィーの手紙に、ニコニコしながら読みふけるジャックでしたが…ダイアナのことが書いてある部分にさしかかると、その顔からは微笑が消えました。

ソフィーは人の悪口が嫌いで、悪口に近いことになると、えらく遠まわしに書くので、一読しただけでは何のことか、意味がよくわからなかったのですが…もう一度読み返そうとしているところへ、マムレンが艦の見学を終えて戻ってきて、礼を言って帰って行きました。

ジャック、命令書を読む

カッターがシドニーへと向った後、もう一度ソフィーの手紙を読む前に、ジャックは総督からの命令書を取り上げました。

「サンドイッチ諸島南方のモアフ島で英国船が拿捕されている。この島は、南の女王と北の対抗勢力が争っている。サプライズ号は、可及的速やかにモアフ島に赴き、英国船とその乗員の安全を確保し、その上で英国政府をより認めそうな勢力を見極めてそちらに協力し、島の権力を統合すること。この島は北西アメリカと広東との貿易の中継点として重要である上、朝鮮や日本との交易が可能になった暁には、ますます重要になるので…」

命令書を読み終えたジャックは、サンドイッチ諸島に向かって針路を変えました。まっすぐ南米へ向かうはずだったサプライズ号ですが、どうやら、南太平洋で寄り道する任務ができたようです。