Chapter 4 〜 ガンルーム・メンバーの不和


プリングズ、オークス夫妻を招待したガンルームのディナーを準備する

艦長が新婚夫婦を招待してディナーを開いた後、早いうちにガンルーム(士官たち)も彼らを招待するのが通常の儀礼なのですが、ガンルームのディナーは遅れに遅れていました。花嫁に出せるような食材がない、というのが理由なのですが…そういうわけで、ガンルームの責任者プリングズは、とても気を揉んでいました。

ガイ・フォークス・デイ(11月5日)の早朝、ベテラン水兵の「不器用デイビス」が見事なメカジキを捕まえました。プリングズは「これでやっとミセス・オークスを招待できる」と胸をなでおろすのですが…メカジキの肉は腐りやすいので、ディナーは早速、その日の午後に行われることに。

スティーブンとマーティンは、メカジキがディナーに変貌する前に研究材料にしようと、サラとエミリーに手伝わせて甲板で解剖を行いました。そのかたわらには、艦長のコック、ガンルームのコック、サプライズ号の司厨員が並び、二人が切り分けて渡す魚肉を急いでギャレーに運びました。

プリングズは、「サルーティング・デイ」(この場合はガイ・フォークス・デイ)の準備でただでさえ忙しいのに、ディナーの準備も加わって忙殺されていました。

スティーブン、ダイアナに手紙を書く

プリングズが忙しくしている間、スティーブンはまたダイアナに、当分出すあてのない手紙を書いていました。自然と、内容はクラリッサのことに。

「…彼女とはよく話をするが、彼女は異性だということを意識させない。若い男性と話しているようだ。これは私がアドニスではないからかもしれない。しかし、割合に容姿のいいジャックやデイビッジと話す時も、彼女の態度は変わらない。顔の傷を気にしているウエストやプリングズや、片目のマーティンと話す時も…しかし、マーティンは時折、思慮深いとは言えない態度を取るので、彼女のもうひとつの面…前に話した『メディア』の面…を見せられることもある。

「しかし、彼女の気さくな態度が賢明なものであるのか、士官たちにとって親切なものであるのか、それはわからない。男とは、情けないことに、こういう態度を誤解しやすいものだ。ジャックはうまく彼女を避けている。ジャックが、よりにもよって僕のことを心配しているらしく、遠まわしに釘をさしてきたのには驚いたが…」


クラリッサ、マーティンのことでスティーブンに相談する

そこへ、クラリッサがまた診察を受けに来ました。スティーブンは、クラリッサが裸になることをまったく気にしないことに気づきました。もちろん、彼が医者だからかもしれないが、他の女性患者は少なくとも、もう少し恥らうフリをするものだが…

診察の後、クラリッサは「治療のこととは別に、お願いがあるのです」と言いました。「ミスタ・マーティンにビオラを教えていただいていた時、彼の仔猫が膝に乗ってきたのです。」(シドニーの埠頭にいる間に身重の猫が入り込んで仔猫を生んだので、マーティンが一匹引き取っていた。)「…私は猫が嫌いなものですから、思わず払いのけたのですが…ミスタ・マーティンは、『そんな可哀相なことをしないで下さい。猫に慣れていらっしゃらないのですか?子供の頃に飼ったことはないのですか?』とおっしゃって、それからいろいろ質問してきて…ご存知のように、私は猫と同じぐらい質問が嫌いなので、少しきつく答えてしまったかもしれません。

「悪いことに、昨夜、あの猫がいなくなってしまったのです。わたしが海に捨てたと誤解されているかもしれません。ディナーの時、彼の隣に座らせてもらえるようにしていただけないでしょうか?仲直りしたいのです。」

スティーブンは、それはプリングズの決めることだが、彼に言っておきましょう、と答えました。そこへリード士官候補生が、「もうすぐ儀式が始まります」とドクターを呼びに来ました。クラリッサが彼に「主人はもう甲板に出ています?」と訊ねると、少年は真っ赤になり、彼女を見もしないで、もごもごと返事をつぶやきました。その様子が、いつものリードの率直な態度とはあまりに違うので、スティーブンは変に思ったのですが…

ガイ・フォークス・デイの祝砲が行われる

ガイ・フォークス・デイとは、1605年に「ガイ・フォークス」というカトリックの過激派が国会議事堂を爆破して国王を暗殺しようと図った陰謀が未遂に終わったことを記念する祝日です。つまり、起源的には「反カトリック」の意味もある祝日なので、スティーブンは複雑かも。

このお祭りは盛大に花火で祝うのですが、それはこの当時もそうだったようです。爆破テロ未遂事件を花火を打ち上げて祝うのも、この日に当の犯人の名前をつけるのも、なんかちょっと変な気がしますが。英国人の感覚って…でもまあ、お祭りの起源なんて、どこもそんなものかな。

軍艦上では花火の代わりに、旗を満艦飾にして、登檣礼(とうしょうれい)と、万歳三唱と、そしてもちろんサルート(祝砲)で祝います。

11月5日の正午が告げられると、色とりどりの旗で見事に飾られた艦上で、艦長が天にも届くような声で「国王に万歳三唱!」叫びました。茫洋とあたりを見回しているドクターに、プリングズが「帽子をとって、ハザーと言うんですよ」とこっそり囁き、サラとエミリーはお祭りムードに興奮して、三唱が終わった後も何度か余計に「ガイ・フォークス万歳!」と、ちょっと間違った歓声を上げて、ジェミー・ダックスがあわてて止めました。

17発の祝砲がぴったり5秒間隔で発射されて儀式をしめくくった後、ガンルームで艦長とオークス夫妻を招いたディナーが催されました。

ガンルームで、オークス夫妻と艦長を招いたディナーが行われる

オーブリー艦長がガンルームでディナーをとるのは、その日が久しぶりだったのですが…彼は、なんだか雰囲気がおかしいことに気づきました。ウエストとデイビッジは明らかにお互いに敵意を持っているようだし、他の士官たちも変だ。スティーブンが、気が向いた時しか会話に参加しないのはいつものことだが…

ウエストがミセス・オークスのリクエストで、「栄光の6月1日」海戦のかなり怪しい(ホラをとりまぜた)話を延々とする間、オークスとデイビッジは不機嫌そうにむっつりと黙り込んだまま、食べる時しか口を開かない。クラリッサの隣に座ったマーティンも、なんだか様子が変だ。ぐいぐいとワインを呷っていたリード士官候補生は、早々に酔いつぶれて、パディーンに運ばれて退場するし…

デイビッジは顔にあざができていて、本人はコンパニオンラダーから落ちたと主張しているが、明らかに誰かに(ウエストかオークスに?)殴られたようなあざだ…

ジャックとプリングズの二人は、何とか会話を途切れさせないように努力しましたが、それが難しいことを感じていました。

スティーブン、士官候補生室の周辺で怪しい人影を目撃する

「花嫁花婿に万歳三唱」で、ディナーが何とか無事に終わった後、スティーブンは酔いつぶれたリードを手当てしに、士官候補生室へ降りました。

サプライズ号には士官候補生が二人しか乗っていないし、海兵隊がいない分スペースに余裕があるので、リードは士官候補生室の半分を占領しています。反対側には、オークス夫妻の部屋があり、二つの士官候補生室は、艦内では比較的孤立した場所になっていました。

意識のないリードは、寝言でミセス・オークスのことをぶつぶつつぶやいていたのですが…「ほんとうに愛していた」とか、「胸が張り裂けそう」とか、言っているようでした。

リード君って、いくつぐらいかしら。13歳か14歳にはなっているかな?これって初恋…と呼んでいいものだろうか。性に目覚める年頃を、こういう極端な環境で過ごすのって、考えてみれば可哀相かもねえ。まあ、当時の思春期の少年少女を取り巻く環境なんて、船の上でなくても似たようなものかもしれないけど。

上に戻る途中で、スティーブンは下部甲板の暗い場所に、人影が立っているのに気づきました。誰かはわからなかったのですが…ここに人がいるのは、別におかしくないのですが、変なのは、彼が明らかにスティーブンから隠れようとしていることでした。

ジャック、ソフィーに手紙を書く

ガンルームの変な雰囲気の理由が思い当たるような気がして、ジャックはとても憂鬱になっていました。

「ミセス・オークスの会話を途切れさせない技術がなければ、ディナーは無残な失敗に終わっただろう…」と、ジャックはソフィーの手紙に書きました。「彼女が囚人であったことは、みんなもう気にしていない。彼女はもうサプライズ号の一員だ。彼女はそれほどの美人ではないが…

「士官たちは、デイビッジをのぞいては、みんなだいたい醜い方だ。しかしミセス・オークスは、誰にでも愛想よく親切にしている…以前、従妹のダイアナが『どんな男の中にも自惚れはある』と言っていた。その通りだと思う…ミセス・オークスの親切を、まったく別の種類の好意と勘違いして、馬鹿げた嫉妬にかられているのだ…」


ジャックが常々、女性を艦に乗せるのを嫌がっている理由のひとつは「乗員たちの間に嫉妬と敵意が生まれる」ということなのですが…まさに、その通りになってしまっているサプライズ号でした。それに…ジャックが女性を乗せたくない理由は、それだけではなくて…

ジャックはペンを置いて寝床に入りましたが、珍しくも眠れませんでした。「クラリッサ・オークスがそれほどの美人でないのは事実だが、彼女が隣に寝ていてくれたら、どんなにいいだろう。」ジャックはこっそりとそうつぶやき、眠るのをあきらめて、服を着て艦尾甲板に出ました。

そこで激しい雨に打たれ、濡れた金髪を海草のようになびかせて、頭から足の先までびしょ濡れになるまで立っていると、彼の気持ちはようやくおさまったのでした。