Chapter 6 〜 クラリッサ・オークスの告白


この章後半のクラリッサの長台詞、なんだか切るに切れなくて、いつもより長くなってしまいました…彼女にしてみれば、本当は「告白」というより、もっと淡々とした打ち明け話という感じなのですが。

ここまで再読して、改めて思ったのですが、この巻は英国版の「クラリッサ・オークス」という題名の方が(多少ネタバレであっても)正解ですね。話がどんどんクラリッサ中心になってくる…

ジャック、モアフ島の任務のことをスティーブンに話す。

アナムーカ島に停泊中のサプライズ号。上陸休暇中の乗員たちが、焚き火の燃える夜の砂浜で、島の女達にフレンドリーな歓迎を受けています。それを艦尾窓から眺めながら、ジャックとスティーブンは合奏したりゲームをしたり、ジャックが淹れたコーヒーを(キリックが上陸中なので)飲んだりしながら過ごしていました。この機会に、ジャックはスティーブンにモアフ島の任務のことを(ウェインライトから聞いたことも含めて)明かしました。

「…で、そのフランス人の私掠船船長はすべて終わった後、そこを彼らの『楽園』にしようとしているそうだ。名前はジャン・デュトゥール。」その名前を聞いたスティーブンは、急に顔を輝かせて言いました。「それは素晴らしい。最高だ」

「知っているのか?」「もちろん。平等と人間の善良さについて本を書いている。気の毒に、自分を基準に判断しているんだな。パリで会ったことがある。個人レベルでは、世界一親切な男だ。彼の理論も、ひとえに人々の幸福を考えたものなのだが…その実践の為には、反対する者に対してまったく容赦ない。結果は…罪とは言わないが、まあ似たようなものだな。…キリック、その若い女性と何をしているんだ?」艦尾窓から見下ろすと、女が漕ぐカヌーにキリックが乗っているのが見えました。

「別れの挨拶をしていただけっすよ」キリックは女から離れ、動揺と不機嫌が入り混じった声で答えました。「ここまで送ってもらったんで…艦尾窓から戻ろうと思っていたんですが、まだ起きてらしたんすね。」カヌーから艦尾をよじ登ろうとしたキリックは、海に落ちて派手に水柱を上げ、カヌーの女は腹をかかえて大笑いしました。

やっとのことでキャビンに登り、ずぶ濡れのままむっつりとキャビンを出てゆくキリックを見送った二人。キリックの弱みを握るのはめったにないことなので、満足して話に戻りました。「君が反対するのではないかと心配だった。君は植民地政策を嫌っているから…」「たしかに、他国に介入すべきではないという意見だ。どんなにひどい政治形態に見えても、自国のことは国民自身に決めさせるべきだ。

「しかし、南太平洋諸島に対する英国支配は名ばかりのものだということも知っている。現に島にいて、その理念に反対する者はためらわず処刑するであろうフランス人の直接支配よりも、遠い英国の名ばかりの支配の方が望ましい。僕も海軍士官だから、航海用ビスケットを糧にする者は、すべからく『小さい方のコクゾウムシ(lesser weevil)』選ぶことを学ぶべきだということは分かっている。その理由から、僕はモアフが『名目上の英国領』になることに反対しない。」

サプライズ号、アナムーカ島で補給をする。

翌日は、アナムーカ島の住民の協力を得て、水・食料・その他を一気に調達する忙しい日となりました。ウェインライト船長のとりなしにより、補給はおおむねスムースに進み、そのお返しに、サプライズの船匠たちがデイジー号の修理をしました。

スティーブンとマーティンはもちろん、上陸して標本収集するのを楽しみにしていました。艦長が酋長への挨拶から戻り、上陸許可が出るのを待っているスティーブンのところへ、オークスが来ました。「お願いがあるのですが…上陸なさるのでしたら、妻を連れて行って頂けないでしょうか?妻は南太平洋の島に足を踏み入れるのを楽しみにしているのですが、私は忙しくて上陸できそうにないので。」「わかった。喜んでミセス・オークスにお供しよう。」「ありがとうございます。」

しかし、スティーブンがマーティンに「彼女が一緒に来てもかまわないか?」と訊くと、彼はなぜか顔色を変えました。「残念だが…捕鯨船の船医と約束していたのを、うっかり忘れていた。」

スティーブン、クラリッサとアナムーカ島に上陸する

というわけで、スティーブンはクラリッサと二人で上陸しました。島民たちが市場を開いている砂浜をしばらく散策し、彼女は珍しいカラフルな光景を楽しんでいましたが、やがてドクターのもの欲しそうな様子に気づきました。「それでは、植物採集に行きましょうか?」

二人は島の中心に向かってゆっくり歩き、途中でスティーブンは新種のオウムや新種の甲虫(<サー・ジョセフのため)を捕まえました。甲虫を追って、虫取り網を片手に走り出したスティーブンが、虫を捕まえて戻って来ると、クラリッサは小川に足を浸して座っていました。「もっといいものを見つけましたわ。」彼女が指差した先には、信じられないほど美しい、色とりどりの蘭が咲き乱れていました。「これこそ、私の考えていた外国旅行というものです。こんなに嬉しいことはありません。」彼女は満足そうでした。

正午になり、二人はキリックが用意してくれたお弁当を広げました。ワインとサンドイッチとプディングと果物を楽しんだ後、クラリッサはあくびをかみ殺して言いました。「眠くなってしまいました。木陰で少し横になっていいですか?」「ぜひそうして下さい、マイディア。私は奥の方に採集に行きます。鳥撃ち銃を置いて行きます。銃の使い方はご存知ですか?」

その言葉に、クラリッサは一瞬、スティーブンが悪趣味な冗談でも言ったように、例の「メディア」の表情で彼を見つめました。「ええ、知っています。」「空砲になっていますので、何かあったら撃って下さい。すぐに駆けつけます。マーティンたちが合流しに来るかもしれません。」「それはないと思いますわ。」

スティーブンとクラリッサ、話をする

しばらく後、彼がクラリッサのところに戻ると、彼女は目を覚ましていましたが、昼食の時までの元気はなくなってしまったようでした。

「日陰に座って話をするのはなんて気持ちがいいのでしょう…詮索しない人と。私の目、まだ目立ちます?鏡がないので…」「もう目立ちません。」「男性の目を気にしているわけではないのですが、少なくともまともな格好でいたいのです。私は嫌われるのが本当に嫌いなので…」

二人はサプライズの仲間についてとりとめなく話し、サラとエミリーの話になりました。「本当に可愛い子たちです。私は嫌われてしまったようですけど。二人はこれからどうなりますの?」「ロンドンについたら友人のミセス・ブロードに預けるつもりです。親切な女性で、パブを持っています。他にいい解決法を思いつくまで、そこに住ませるつもりです。」

「ミセス・ブロードが…」何度かためらった後、クラリッサは言いました。「二人を守ってくれるといいのですが。少なくとも、自分が何をしているのか分かる年になるまで。ひどいことをされないように…実際の話、今すでに、ひどいことをされていなければいいのですが。」「まだ幼い子供ですよ。」「私はもっと幼かったのです。

クラリッサ、ドクターに過去を告白する

「あなたはお医者さまですから、家族の中の近親相姦についてお聞きになったことがあるでしょうね。」「嫌というほど。」「まあ、私の場合は近親相姦は言い過ぎかもしれません…私の保護者は遠縁でしたから。彼の屋敷に行ったのは、私がエミリーぐらいの時でした。『エドワードおじさん』は内気で、教養高くて、親切で…背の高い痩せた人でした。年寄りのように思っていましたが、実際はそれほどの年ではなかったのでしょう。彼の姪のフランシスは、私と同じ年頃でしたから。彼は私たちにラテン語と英語を教えてくれました。私は彼が好きでした。たとえ…」

「フランシスと私は、お互いに嫉妬して、彼に気に入られるために猛勉強しました。…さっき『たとえ…』と言いましたけど、下品にならずにどうやって話したらいいのか…

「エドワードおじさんと私たちは、色々なゲームをしました。チェスやバックギャモン、羽根つき…そして、私たちが『暗闇のゲーム』と呼んでいたものです。明かりを消して、カーテンを閉めて、かくれんぼのようなことをするのです。彼が私たちのどちらかを捕まえて、私たちを食べるフリをして、私たちは怖がるフリをして叫ぶのです…でも、しばらく後に、それは別のゲームになって…彼はいつも優しくて、痛い思いをすることもほとんどありませんでした。

「彼はこのゲームを、別に大したことではないと思っているようでした。フランシスと私は、この話をしませんでした。でも、学校に行った時…女の子たちがクスクス笑いながら、結婚や妊娠や、『その前のこと』について話しているのを聞いて…何が起こっていたのか、私達は初めて理解したのです。でも、何でみんながそんなことで大騒ぎするのか、私は今でも理解できません。『はかない悦び』と言いますけど、短くても長くても、『よろこび』と結びつけて考えたことはありませんでした。本に書いてある、ロマンティックな絆だの何だのも、理解できないままです。

「私たちは知識を隠していました。ラテン語の知識も他の女の子たちよりずっと進んでいたので…私たちが嫌われていたのは、それが理由の一つでした。もう一つは私の暴力でした。

「私たちが退学になって帰った時、屋敷の様子は一変していました。多くの召使たちが暇を出され、訪ねる人もいなくなっていました。変わらなかったのは授業と、暗闇のゲームだけでした。しばらく後、サウザムという男が加わりました。大男の陸軍将校で、とても嫌な男でした。エドワードおじさんは私たちに『彼に親切にするように』と言いました。彼が来た時には、私たちは隠れていました。でもそれは、彼が臭うからと、不愉快な人だったからで…行為そのものは、別にどうということはありませんでした。

「そうするうちに、我々はどんどん貧しくなってゆきました。庭も屋敷も荒れ果て、召使も馬もいなくなって、残ったのはポニーとロバの引く荷車だけでした。ある時、フランシスはいなくなり、二度と会うことはありませんでした。今考えると、赤ん坊ができて、出産か、あるいは堕胎の時に死んだのだと思います。

「エドワードおじさんがポニーから落ちて死んだ後、サウザムが弁護士を連れて来て、私に残された遺産は1ペニーもないと言いました。ロンドンで私に仕事を見つけたからと…セント・ジェームズのマザー・アボットの店をご存知ですか?」「友達が上階へ行っている間、女主人とお茶を飲んだことならあります。」「私はあの店で帳簿をつけていました。マザー・アボットは私に優しくしてくれて、嫌な仕事はさせませんでした。…ずっと後で、女の子のやり繰りがつかなくなった時までは。

「売春宿に住むのは、おかしなことです…ある意味、船に乗っているのと似ています。閉ざされた社会に住んで、外の世界とのつながりを失ってしまうのです。外では、陸に上がった船乗りのようです。もっとも、私はもともと、正常な大人の世界というものを見たことがなかったのですが。小説や芝居で学ぼうとしたのですが、役に立ちませんでした。肉体的な愛のことを、まるで世界の中心みたいに大げさに描いていて…私にとっては、鼻をかむのと同じようなことです。貞節も不貞も、どうでもいいことです。忠実さが身体の一部分の問題になるなんて、馬鹿らしい…グロテスクです。

「快楽はまったく感じませんでした。相手がいい人なら、役に立てることが嬉しいこともありましたが…あるいは、気の毒に感じたりもしました。私のところへ来て、何時間も猟犬の話をして行く孤独な紳士がいました…その人は奥さんと愛人を同じ屋敷に住まわせていて、それでも上流社会ではとても尊敬されていたのです。ガーター勲章の青いリボンをつけていて…世間が不倫を非難するのは、全部偽善なんでしょうか?いまだに分かりません。

「…まあ、私の告白ですっかり退屈させてしまいましたわね!そろそろ船に戻った方がいいでしょうか。」船に向かって歩きながら、二人はとりとめなく、娼館の変わった客の話をしました。しばらくしてスティーブンは「もしかして、レッドワードとレイという客に会ったことはありますか?」と訊きました。

「ええ、何度も帳簿に書きました。あの人たちは男の子の方で、女の子が呼ばれるのは特別な時だけでした…ほら、鎖とか革とかです。まさか、あなたの友達ではありませんよね?」「違います。」「でも、意外なことに、二人は立派な人とも知り合いだったのです。彼らの奇妙なパーティによく来ていた偉い人がいました。彼も青いリボンをつけていました。でも、人前では知らないフリをしていました。セント・ジェームズ街で見かけた時、挨拶もしないですれ違っていましたわ…公爵ですのに。

「その公爵は、足を引きずっていましたか?」「ほんの少し。隠すためにブーツを履いていました。まあ、すっかり声が涸れてしまいました。喋りすぎですね。こんなに喋ったのは、本当に生まれて初めてです。あなたを退屈させたのでなければいいのですが…こんな話を聞いてくれたなんて、あなたは本当にいい方ですわ。でも、あなたの一日を台無しにしてしまいましたね。」