Chapter 9-1 〜 オークス夫妻の将来


捕鯨船に偽装したサプライズ号、モアフ島の北に到着。

とういうわけで、数日後、アメリカの旗を掲げたみすぼらしい捕鯨船が、モアフ島の北、カラフアのテリトリーにあるペイベイ港に近づいてゆきました。その見張り台では、船にふさわしく薄汚い格好をした船長と、無精ひげを生やした助手が、湾を覗き込んでいました。

フランクリン号らしい私掠船は見当たりませんでしたが、小さな商船が湾の奥に停泊していています−トゥルーラブ号です。

「どうも気に入らん」船長(オーブリー)が、助手(プリングズ)に言いました。「ウェインライトの話では、村には人がたくさんいるはずだ。ところが今は、少ししかいない。それも、女と子供ばかりだ。」

二人の女の子が浜からカヌーを出し、サプライズ号のボートに陽気に挨拶しました。カヌーを見事に操ってサプライズ号をぐるぐる回りながら、彼女たちはニコニコと質問に答えてくれました。フランクリン号はどこだ?−「船を追いかけて行った。」男たちは?−「戦争に行った。カラフアはプオラニ女王を食べるつもりだ。大砲を持って行った。」

女の子たちのカヌーが去ると同時に、プリングズが言いました−「トゥルーラブ号がカッターを降ろしています。」

トゥルーラブ号を捕らえているフランス系アメリカ人たちがボートで来る

カッターを操っているのは船乗り(トゥルーラブ号乗員)のようですが、艇尾に乗っている数人は明らかに陸上者(おかもの)でした。

「何の船だ?」オカモノの一人が、アメリカ訛りの英語で誰何しました。「タイタス・オーツ号です。デュトールさんはどちらで?」サプライズは答えました。「追跡に行った。三、四日中にイーアフ港(モアフ島南の港)に戻る。タバコとワインは積んでいるか?」「もちろん。乗船して下さい。」

彼らが乗船する間に、ジャックはアメリカの旗を降ろして英国旗を揚げるよう命令しました。ボートからは旗は見えないので、これは詭弁とも言えるが…形式は重んじなければならない。

不器用に舷側を登って来た4人のフランス系アメリカ人は、それぞれピストルを持っていました。明らかに陸上者で、間近で見れば穴だらけのはずの捕鯨船偽装にも気づきません。「『解放者』が、もうすぐワインとタバコが来ると言っていた。」「ミスタ・ウエスト、ミスタ・デイビッジに、この紳士たちをしかるべくもてなすように伝えてくれ。艦首倉がいいだろう。ボンデン、一緒に行け。」艦長は命令しました。

「解放者」とはジャン・デュトールのことですね。自分を「解放者」と呼ばせる男…いちばん危険なタイプの馬鹿だ。

ボンデンたちが、4人の客を手際よく艦首倉に閉じ込めて帰ってきた後、カッターに残って船乗りたちを監視していたフランス人に、スティーブンがフランス語で乗船するように誘いました。「荷物運びを一人か二人連れて来てはいかがですか。」スティーブンは、先程から彼を熱をこめて見上げている整調手(※)を指しました。見覚えのある顔−多分、何千人といる元患者の一人だ。

フランス人に続いて乗艦してきた整調手は、ボンデンと協力して−まるで何度も練習したような息の合ったコンビネーションで−フランス人をノックアウトし、帽子を取って艦長に挨拶しました。「ホスキンスです、サー。ポリクレスト号の武器係助手でした。今はトゥルーラブ号です。」「また逢えて嬉しい、ホスキンス。トゥルーラブ号にフランス人は他に何人いる?」「20人ぐらいです。他の連中はカラフアと戦争に行きました。」「ボートに残っているのは全員トゥルーラブ乗員か?」「艇長以外は。もう仲間が始末していると思います。奴が我々の船長を殺したんです。」

艇長を始末したトゥルーラブ号のボートクルーは、身軽に舷側を登ってきました。「あんたらは捕鯨船じゃねえって、陸から見てもわかったさ。」一人がキリックに言いました。「でも、あの馬鹿連中に教えたと思うか?教えるわけがねえ。」

※整調手(stroke oar):ボートで、艇長(コクスン、コックス)と向かい合い、こぎ手全員の調子をそろえる役の人。

デイビッジたち、トゥルーラブ号を捕らえていたフランス人たちを攻撃する

サプライズ号が港に入り、ボートを降ろす準備をしている間に、トゥルーラブ号のフランス人たちは様子がおかしいことに気づいたようで、島の南半分へ続く峡谷へ向かっていました。カラフアと共に南を攻撃に行っている部隊に知らせるためです。(モアフ島はひょうたん型の島で、そのくびれのところが山になっている。)

「ミスタ・デイビッジ、フランス人たちより先に峡谷に行って、彼らを妨害しろ。カラフアの部隊が戻ってきたら、我々は終わりだ。」「最善を尽くします、艦長。」

デイビッジ率いる部隊が3艘のボートで上陸した後、ジャックはフォアトップに登って戦況を見つめました。フランス人たちは村から、デイビッジたちは砂浜の上陸地点から、同じゴール(峡谷の入り口)を目指して急いでいました。フランス人たちは荷物を捨てて走り出し、デイビッジは、部下たちを引き離し、サラブレットのように、自分の命が−いや人生がかかっているかのように走っています。

二つの列が合流した時、先頭にいたのはデイビッジでした。彼は峡谷の入り口に立ちはだかり、先頭のフランス人を斬り倒し、2人目をピストルで撃ち−3人目のフランス人が、マスケット銃で彼を殴り倒しました。それから後は、激しい白兵戦となり、戦況を見極めるのは難しくなりました。

叫び声と土埃が止んだ時、デイビッジの部下たちが勝利したことが明らかになりました。ジャックはサプライズ号をトゥルーラブ号の横に止め、ジョリーボートで上陸しました。まるで自らも戦闘に参加したように、彼は疲れていました。デイビッジの部下たちが彼の死体を運んでいます。

「他に死者は?」「1人です。重傷が3人。」「フランス人の生存者で逃げた者は?」「生存者はひとりもいませんでした。」

サプライズ号、島の南に向かう。スティーブン、オークス夫妻と話す

サプライズ号は、拿捕したトゥルーラブ号を連れてすぐに島の南へ向かいました。カラフアの部隊が山を越えてプオラニ女王の領地に到着する前に(大砲を引きずっているので進みは遅い)、女王に警告して協力体制を築くために、一刻も無駄にはできなかったので。

その夜−スティーブンが怪我人の治療を終え、新鮮な空気を吸うために艦尾甲板に出ると、当直のオークスとクラリッサがいました。「拿捕成功おめでとうございます、ドクター。」オークスが艦尾に来て、ドクターに声をかけました。

「金の話をするのは品がないことですが、この拿捕船は私とクラリッサにとって、またとない良いタイミングです。」夫婦は愛情のこもった微笑を交わしました。「みんな、熱心に取り分を計算しています。女の子たちはひとり9ポンドもらえるそうですよ。あなたに上着をプレゼントするって言っていました。」「いい子たちだ。しかし、二人が名簿に載っているとは知らなかった。」「艦長は二人を『少年水兵』に格付けしたんです。」

その時、何かが船に飛び込んで来て、クラリッサにぶつかりました。「まあ!これは何ですか?」「飛びイカです。足を数えたら、十本あるのがわかりますよ。」「50本あっても、私のドレスを汚すことはないわ。ほら、外で飛びなさい。」彼女はイカを海に投げました。

オークスが立ち去り、二人になると、スティーブンはクラリッサに言いました。「あなたとお話する機会ができてよかった。お訊きしたいことがあったのです。あなたは英国に帰りたいですか?」「考えたことがありませんでした。流刑地から逃れたい一心で…皆に嫌われてしまっていることを抜きにすれば、ずっとこのまま航海していたいくらいです。」「クラリッサ、考えて下さい。もし艦長が、拿捕船の指揮をミスタ・オークス任せたとしたら、英国に帰れるのですが、それは嬉しいことですか?」「送り返されないでしょうか?」「それはまずないでしょう。それに−これはあなたを友達として信頼するからお話するのですが−もし困ったことがあっても、あなたを保護できる人がいます。信頼できる人で、あなたが私に話してくれたことを詳しく聞きたがるでしょう。」

「でも、英国に帰って何をしたらいいのでしょう?士官候補生には半給はないし、マザー・アボットのところへは戻れません。」「とんでもない。オーブリー艦長は海軍に影響力がありますし、私の友人はもっとあります。オークスが任官試験に合格しさえすれば、すぐに任官できるでしょう。もちろん、夫を待つ間は淋しいでしょうが…私の妻と一緒にいればいい。妻は大きな牧場を持っています。実際、妻と娘と馬と召使だけで過ごすには、大きすぎる牧場です。」

「でも、もし仮に…私が流刑地で重大犯罪を犯していたとして…例えば、赤ん坊を井戸に投げ込むとか…裁判に呼び戻されたりしないでしょうか?」「仮定の話をしても仕方がない。どんな罪を犯していても保護できます。考えておいて下さい…まだ誰にも言わないように。艦長を説得できないかもしれませんから。」

(…んー、クラリッサが今、すごく気になることを言ったような気がしますが…ここではそれについて語る余裕がないので、この話はまた後ほど。解釈によっては、クラリッサのキャラが180度ひっくりかえるようなセリフですが…実は初読ではあまり気にとめていなかったので−改めて読んでみて、どう考えたらいいか決めかねているのです。)

クラリッサ、英国に帰りたいと言う。スティーブン、彼女にこれからの手配を説明する

結局、説得は必要ないことがわかりました。

翌朝の朝食の時、ジャックが彼に言いました。「戦う前にこんな話をするのは縁起が悪いのだが…ガンルームの問題を解決するには、オークスに拿捕船を回航させるのがいいと思う。でも、ミセス・オークスはどう思うかな?もし嫌なら、強制はしたくない。君の方が彼女と親しいけど、どう思う?」「わからないが、訊いてみるよ。」

その午前、診察を受けに来たクラリッサは、「もし機会があるなら、英国に戻りたい」とドクターに告げました。「よかった。友人のサー・ジョセフ・ブレインへの手紙を用意してあります。あなたの子供時代のことは何も書いていません。マザー・アボットの店で帳簿をつけていたとだけ…彼もあの店はよく知っています。」彼は小さな包みを渡しました。「これは彼に贈る甲虫です。熱心な研究者なのです。虫は気にしませんよね?」「まったく気にしません。」「よかった。いちいち『きゃあ、虫よ、ヘビよ、ムカデよ!』と騒ぐような女性は大嫌いです。」

『きゃあ、ヘビだ!』と騒ぐはどうですか?誰とは言わないけど。(きゃあとは言ってないか。イスに飛び乗っただけで。)

「これからのことをお話しますから、よく聞いて下さい。これはバタヴィアの銀行家への手紙です。これで金を引き出し、英国まで貿易船に乗って下さい。ロンドンに着いたら、これが私の銀行への手紙です−オークスが拿捕賞金を手にするまで、これでもつでしょう。」「何とご親切な…」「友達として金を貸すだけですよ、マイディア、大したことじゃありません。ミセス・ブロードへの手紙です−彼女のパブに泊まって、サー・ジョセフに面会を申し込んで下さい。甲虫を忘れないように。最後に、これが私の妻への手紙です。オークスが海に出ている間、妻のところに滞在するといい。ミスタ・オークスの口の固さについては、何も言えませんが…」「それは大丈夫です。彼は本当のところは何も知りませんし、それに…」

あいにく、サプライズ号がその瞬間に上陸準備を始めたので、頭上に響き出した号笛と号令と足音に、彼女の言葉はかき消されました。

スティーブンは、クラリッサががいるのにもかまわず、普段着のズボンを脱ぎ捨て、キリックが用意していたブリーチに着替えました。クラリッサが彼のシャツの後ろをたくしこみ、ストラップを締め、ネッククロースを結び…「まったく、ドクターはどこだ?誰か、ドクターを起こして来い!」と艦長の怒鳴り声が響く艦尾甲板に、スティーブンは急いで駆け上がりました。