Chapter 2〜アフリカ沖で


「愛するソフィー 君も双子も元気でやっている事と思う。僕の方はとても元気だ。…航海は順調で、幸運にも恵まれている。アフリカ沖で、拿捕した英国の商船を連れたフランス艦を見つけたんだ。フランス艦は僕らを見ると逃げ出したが、そこは浅瀬が入り組んでいる海域で、勝手に座礁してくれた。お陰で、ほとんど怪我人もなく2隻を手に入れることが出来た。早速英国に回航させるから、すぐ拿捕賞金が入ると思う。この辺りの商船はたいてい船倉にびっしり黒人を積んでいて、そうすれば評価額が凄く高くなるのに、この船にはいなかったのがちょっと残念だけど…乗せてなくて良かったかもしれない。スティーブンは奴隷制の話になると、烈火のごとく怒るんだ。彼が反逆罪で絞首刑にならないように、急いで黒人を岸に降ろさなきゃならないところだ。とにかく、賞金が入ったら暖かいコートと帽子でも買って、家の修理をするんだよ…スティーブン、ソフィーに伝言は?」「『愛をこめて』と。レディ・クロンファートの件は何て書いたんだ?」「別に。『約束の時間に現れなかったから、仕方なく置いて来た』って書いただけだ」「午前3時に使いを遣って『20分後に来い』って言った事は内緒か?まあ、余計な事は書かないに限るな。」

ジャック、レディ・クロンファートをうまいこと撒いて来たらしい。ソフィーに気を遣っているなあ…。ソフィーはよく「嫉妬深い」と言われてます。今の感覚なら、このぐらいは当然と思いますけどね。

奴隷制度には猛烈に反対しているスティーブン。彼の性格から考えて、当然そうでしょうね。ジャックは賛成と言う訳ではなくて、実態をよく知らないのでしょう。当時の奴隷制度と英国の立場に関しては、17巻でもっと詳しく出てきます。

ボーディシア号の艦尾船室には、二人の他にファーカー氏が寝泊りしていた。まだ占領されていない領土の総督予定者という立場のファーカーは、一日中スティーブンと難しい政治の話をしていた。彼は頭脳明晰で教養溢れる紳士だが、音楽に関してはまるでで音痴で、彼に遠慮してあまり合奏が出来ないのをジャックは不満に思っていた。とは言え、二人が常にファーカー氏と顔をつきあわせている訳ではなく、凪になると、二人は一緒にボートを出し、スティーブンは網で海中生物を採集し、ジャックは少し離れた所から艦の状態をチェックし、ついでに水泳を楽しんでいた。

「クロンファートとは一緒の艦だった事があるのか?」オッター号艦長のクロンファート卿は、シリウス号ピム艦長ネレイド号コーベット艦長と共に、ジャックが率いる艦隊に参加する予定だ。「ああ。西インド諸島でね。」「どんな男だ?」「まあ、短いつきあいだったから…」ジャックは言葉を濁した。海軍仲間の悪口を決して言わないジャックの主義を、スティーブンは立派だと思っていたが、この作戦の成否を左右する艦長たちの能力を少しでも知っておきたい彼にとっては、ちょっと苛立たしい主義でもあった。


1巻に必ず一回は欲しい水泳シーン(笑)。大西洋の赤道あたりにはDoldrumsと呼ばれる無風地帯があって、艦が止まっている時に水泳を楽しむには絶好のロケーションのようです。(でも、あんまり長く止まっていると周りの海水が水泳に適さなくなるようで。なぜかは追求したくない…)

クロンファートとジャックの短い付合い中には、ジャックが語らなかったエピソードがあった。二人が同じ艦の海尉だった頃、河に停泊している敵私掠船を奪えという命令を受けた。二人はそれぞれボートを率い、敵船の両側から忍び寄って両舷から同時に斬り込む作戦だった。ジャックは、反対側からクロンファートの班が来ると微塵も疑わずに斬り込んだが−なぜかクロンファートは来なかった。

それは短くも激しく、血腥い白兵戦だった。敵の艦長がピストルでジャックの頭を殴って河に飛び込み、岸に上げてあった砲の列からぶどう弾を撃ち込んだ。ジャックは頭の負傷をおして指揮を取り、浅瀬をかいくぐって船を海まで導いたが、砲弾が胸を掠めて血の海に倒れ…その後やっと現れたクロンファートが船の指揮を引き継いだ。

傷の苦痛と高熱と、友人が戦死した悲しみの中で、ジャックは戦闘の後処理を気にしている余裕はなかった。ようやく落ち着いた頃、報告書にジャックの名が一言も触れられず全てがクロンファートの手柄になっているのを知って少し妙だと思ったが、英国に帰った彼はすぐにこの一件を忘れた。その後の疾風怒濤の年月の中、彼がクロンファートの事を思い出す事はめったになく、ただ「彼はひょっとしたら臆病なのかもしれない」という印象だけが残っていた。

「…何を考え込んでいるんだ?」「うーん…おれは喜望峰に着いたら、初めてペンダント(=ペナント)を揚げる事になるかもしれない…その事について考えてた」「ペンダント?今でも揚げてるじゃないか」「そうじゃない、ブロード・ペンダント、艦隊司令官(コモドー)の旗の事だ。初めて艦隊の指揮を執るって事だ」「君は今でも立派に指揮を執ってると思うが…」「ああ、でもそれは一つの艦の指揮だ。艦隊司令官になったら、それぞれの艦ではお山の大将の艦長たちを部下に持つんだ。艦長たちを掌握出来なければ、艦隊全体が機能しない…ネルソンなら、そんなことは朝飯前だろうが…」「ふうん。…で、君は何をしているんだ?」「シャツを脱いでる。」「食後すぐ泳ぐのは感心しないな。しかも、あんなに豪華な昼飯の後で…あのフランス艦からコックが来て以来、君は食べ過ぎだ。」スティーブンはジャックの背中の青黒い傷を指で辿った。「まだ痛むか?」「ちょっとだけな。ひと泳ぎすれば治るさ。」彼は服を全て脱ぎ捨てて海に飛び込んだ。「君も泳げよ。気持ちいいぞ!これから喜望峰まで、鳥はいくらでも見られるけど、泳ぐチャンスは二度とないぞ。」


ずいぶんすっ飛ばしたんで、英国から喜望峰まで1日で着いてるのかって感じですね。「ブロード・ペンダント」についてはこちらのリンクを参照して下さい。つまり、吹流しみたいに細くて長いやつが単独艦の旗、太くて短いのが艦隊旗艦の旗のようです。

クロンファートとの一件は、艦長になる前のジャックが語られる貴重なエピソードです。このシリーズ、あんまり回想ってないので…ジャックの若い頃の性格がうかがえるエピソード。(今とあまり変わっていないとも言えるが…)しかし、さっぱりした(大雑把な?)性格のジャックがまるで気にしていなくて、ほとんど忘れてしまっている事でも、相手は忘れているとは限らないわけで…クロンファート卿、実はこの巻の最重要脇役です。