Chapter 9〜形勢逆転


ボーディシア号はアフリカーン号を曳航してセント・ポール港へ帰る。アフリカーン号の揺れる下部甲板で、スティーブンは70人もの患者を抱えた軍医のコットン氏を手伝っていた。「血腥い戦闘だったんでしょうね」スティーブンは彼に訊いた。「その通りです。これほど夥しい無駄死には見た事がない。艦長が報いを受けたのが、せめてもの慰めです」「戦死ですか?」「何とでも。とにかく、死んだのです。撃たれたが、誰が撃ったのかはわからない。混乱の中で、海に投げ落とされました。彼は評判どおりの艦長だった…毎日毎日、鞭打ちばかりでした。彼は陸では正気だったかも知れないが、海では狂人だった。権力に狂わされていたのです。…あなたがいてくれて、本当に助かりました。お礼に何かお手伝いできることはありますか?」「それではお言葉に甘えて…明日、頭蓋骨折の手術をするのですが、手を貸して頂きたい。僕の手は握力が弱くなってしまっているので…」翌日、陽の当たる甲板で、コットンがスティーブンを手伝い、コレーという名の水兵の脳外科手術が行われた。元ソフィー号の水兵から話を聞いて、乗組員たちは索具に群がり、興味津々で見守っていた。…やがて彼らは蒼白になり、海の方へ目をそらすことになった(ジャックもその一人だった)。手術は成功した。ジャックはコレーが助かれば、モーリシャス島侵攻作戦も成功するような気がして、密かに願をかけていた。

「オーブリー艦長はずいぶん楽観しているようだが」ファーカー総督がスティーブンに言った。「キーティングと二人で、走り回って準備している。艦の数が7対1なのに、勝ち目はあるのか?」「彼はフランス軍には戦意が欠けていると感じたようです。それに、理屈では説明できない、軍人としての勘のようなものもあります」スティーブンは答えた。コレーの回復をジャックがなぜあれほど喜んでいるのか、彼は勘づいていた。「私は彼の本能を信じます。」

スティーブンはカトリック教会とのコネで、法王がナポレオンを破門する旨を記した公式書類を手に入れていた。「この文書は50キロ分の金塊よりはるかに効果的なんです。それにずっと持ち運びやすい。」彼はそれを携え、カトリック系の重要人物に会うため、連絡艦パール号でボンデンと共にモーリシャス島へ出発した。


人の脳味噌が引っ張り出されるところを、わざわざ見物したいって人の気持ちがわからんですが…元ソフィー号の連中が「おれたちのドクターは…」って自慢しているのが可笑しいです。

スティーブンはカトリック教会をかなり諜報活動に利用してますねぇ。いいのか?カトリック教会はナポレオンと対立してるみたいだから、いいのかな。

セント・ポール港の高台にある見張り台が、信号旗を掲げて飛ぶように走ってくるパール号を発見した−「視界内に敵あり」。ジャックはボーディシア号と2隻の小型艦に、大至急出港準備をするように命令し、まだ修理の終わっていないアフリカーン号に向って叫んだ−「志願兵を50名受け入れる!」フランスへの復讐に燃えるアフリカーンの乗員たちは、われ先にとボーディシア号へ急いだ。ボーディシアの乗員は、アフリカーンに持ち場を乗っ取られるのではないかと心配して騒ぎ出すが、ジャックは全員を集め、「ボーディシア乗員は今までどおり砲を操る、アフリカーン乗員は斬り込みの時に先頭に立つ」と説明して騒ぎをおさめた。

3隻は出航し、やがてパール号と落ち合う。ジャックはスティーブンをパール号からボーディシア号へ移そうとする。急いでいるので艦を止めずに、並行して帆走しながら、帆桁に渡したロープを腰に結んで移そうと試みる。スティーブンにそのような器用な事ができるわけはなく、必然的に不幸な事故が起こり、彼はまたしても海に落ちた。舷側のフジツボで盛大に擦り傷を負って引っ張り上げられた彼は、心配してベッドに寝かせようとするジャックの手を振り払って叫んだ。「ジャック、ぐずぐずしている暇はないんだ。フランス艦が2隻、我々の艦1隻と戦闘している。急がなくては。」

スティーブンとボンデンは、モーリシャス島の高台から目撃したことをジャックに報告する。沖に東インド会社船が現れ、フランス艦隊のヴィーナス号とスループ艦ヴィクター号が襲いかかった。が、それは貿易船ではなく、英国軍艦ボンベイ号だった。3隻は戦闘になり、2人はこれを知らせるために急いで帰ってきたのだ。ジャックは艦を全速力で現場に向わせる。戦闘が見えるところまで近づくと、フランス艦はすでにボンベイ号を拿捕していた。しかし、ヴィーナス号もかなりの損傷を負っていた。


スティーブン、この巻ではいつにも増してよく海に落ちてるなあ…

怪我したスティーブンを心配している時のジャックは「..speaking in that compassionate protective voice which has vexed so many invalids into the tomb(多くの負傷兵を死ぬほどイライラさせた、例の愛情溢れる保護者のような声で)」と書かれていて、ここすごくウケました。きっとジャックの部下の負傷兵たちは、「艦長はいい人だし尊敬しているけど、あの甘ったるい声で慰められるのだけは辛抱たまらん。一刻も早く傷を治して職場復帰しなくては」なんて思って、それをジャックは「わが艦の負傷者は治りが早いなあ、やっぱり医者がいいおかげかな」とか思っていたりして。

たった一文でこれだけ妄想する私って…

アフリカーン号を奪還して以来、ジャックはこの戦役の勝利を確信していた。(彼はそれを胸に秘めているつもりだったが、実際は艦の全員にばれていた。)彼はマストのクロスツリーまで登り、遠くに見える3隻を望遠鏡で見ながら、冷静に戦況を分析した。彼の心にふとソフィーの姿が浮かび、彼は英国の方向を眺めて微笑んだ。「ソフィーも今きっと、おれのことを考えたに違いない。」

マストを降りると、副長が「戦闘準備をしますか?」と訊いた。「いや、まだ当分は追いつけないだろう。その前に昼食をとらせろ。今日は日曜だから、まず総員点呼だ。」これを聞いた乗組員たちは大慌てで身なりを整えた。昼食を食べ終わらぬうちに「戦闘準備」の命令が下され、彼らは一張羅を着たまま位置についた。ボーディシア号はヴィーナス号の最初の一斉射撃をかわし、敵の艦首めざして突っ込んだ。「アフリカーン、斬り込み用意!ボーディシア、砲につけ!ボンデン、おれのピストルはどこだ?」気がつくと、ジャックの横には古い軍服をかかえたキリックが立っていた。「1番いい軍服で戦闘に行かせるわけにはいきません。着替えて下さい。」彼は言った。「ばかを言うな。みんな一張羅を着ているんだから、おれだけ仲間はずれにはならない。」ジャックは答えた。


どんな時にも自分の仕事を忘れないキリック。そんなあなたが素敵〜(笑)。

ボーディシアのぶどう弾がヴィーナスの甲板を薙ぎ払い、水兵が2隻の帆桁と帆桁を縛りつけた。「アフリカーン、斬り込め!」ジャックは敵艦へ飛び移った。

激しい戦闘が続いたが、前夜の戦闘で疲れていたヴィーナス号は、復讐に燃えるアフリカーンの水兵たちにたちまち圧倒された。フランスの軍旗が降ろされ、ボーディシア号からは歓声が上がった。「戦闘中止!アフリカーン、敵は降伏した。もう止めろ!」ジャックは叫んだ。拿捕されていたボンベイ号にも、再び英国旗が上がり、歓声がわいた。「艦隊司令官はどこです?」ジャックがフランス士官に訊くと、彼は舵輪の脇に倒れている死体を指差した。

「君はいつも戦闘の後には元気がなくなるが、今回はそうじゃないみたいだな」ジャックと食事をしながら、スティーブンが言った。「ああ。今回は、この戦闘はほんの始まりにすぎないからな。アフリカーン、ヴィーナス、ボンベイ…こちらには立派なフリゲートが3隻加わった。敵は艦隊司令官を失ったし、士気もますます落ちている。今週末には、今度こそ本物の海戦になるぞ。」「政治的には、モーリシャス島はもはや、ふれなば落ちん果実ってところだ。部隊を送り込んだら、1週間もしないうちに片がつくだろう。」スティーブンは答えた。


ジャックがぶどう弾(人を殺すための弾)を頭の高さに撃ち込む、っていうのは珍しい感じがしますが、やるときはやるのね。ここまで、まとめ方の関係でフランス軍のHamelin艦隊司令官のことをほとんど書いていなかったので、ちょっと唐突な感じになってしまった…反省。