Chapter 10-1〜タンプル塔の虜


アリエル号の捕虜たちは、ブレストの古い僧院跡に収容されていた。ブレストに着いてすぐ、海兵隊の兵卒に変装したデュラストレ大佐は脱走した。「彼のことなら心配ない」スティーブンはジャックに言った。「海では冴えないように見えたかもしれないが、彼は陸では天才だ。金も持っているし…我々がヴェルダンに着く前に、彼は国境を越えているだろう。」

ナポレオンは捕虜の交換を行っていないので、彼らはヴェルダンの収容所に移送され、戦争が終わるまでそこで過ごすことになっていた。収容所から脱走したことのあるハイドが、その経験を語った。「脱走に何より役立つのは金です。ここではイギリスの金貨は価値が高いですから…金さえあれば、たいていのことは叶います。」彼は言った。


ヴェルダンとはフランス北東部の街で、捕虜収容所のあったところです。そういえば3巻で、ポート・マオンでスティーブンを救出に行く時、ジャックがボンデンに「行き先はヴェルダンになるかもしれないから、金と暖かい衣類を持ってゆけ」と言っていましたね。

士官たちは近くの村から食事を取り寄せていた。ヤゲロの食事は豪華だった。彼が頼んだより、ずっと沢山の食べ物が届けられたのだ。「困りますよ、こんなに買う金はないのに。」彼が言うと、食事を運んできた娘は顔を赤くして答えた。「あら、お金以外の方法で払っていただいてもいいのよ。」

しばらくして、ジャック、スティーブン、ヤゲロの3人だけがフランス海軍の提督に呼び出された。提督はジャックに、今回の航海出発地と目的を訊ねた。「提督、戦争捕虜として、その質問に答える義務はありません。」ジャックは固い態度で答えた。提督はスティーブンに「君はフランス学士院で講演した学者か?」と訊いたが、彼も答えを拒否した。ヤゲロも同様の返答をした。「質問に答えない場合は、君たちを即座にパリに護送するよう命令されている。」提督が言った。「即座に?しかし、その前に部下に会わせてくれませんか?」ジャックは訴えたが、提督は拒否した。「それではせめて、これを部下に届けて下さい。」ジャックは自分の財布を差し出した。


「逃亡するのに一番役に立つのは金」というのは納得です。ジャックは部下の水兵たちが逃げられるように金を渡したのですね。(士官でなく、水兵たちの代表に渡すように言ってます。士官は自分で何とかしろってことかしら。)ちゃんと渡っているといいけど。それにしても、アメリカ軍の捕虜になった時とはえらい違いですね。

アリエル号の士官たちが、美味しい食事を確保するためにヤゲロさんを生贄に差し出すのではないかと心配しました(嘘)。

3人をパリまで護送する馬車の周りは、大勢の護衛が固めていた。デュアメルという名の責任者らしい男が、3人と同じ馬車に乗っていた。彼はほとんど口をきかなかった。

デュアメルは時々馬車を止め、地元のレストランに個室を借りて3人に食事をさせた。質量ともに充実した食事ばかりだった。デュアメルは食通で、しかも大食漢だった。ジャックは彼に対抗心を抱き、フランスの素晴らしい田舎料理をすごい勢いで平らげた。しかし、ある村のレストランで、デュアメルが獲れたばかりのザリガニに目をつけたのが不幸のはじまりだった。スティーブンは食欲がなくてあまり食べなかったが、デュアメル、ジャック、ヤゲロの3人は美味しいザリガニを沢山平らげた。

しばらくして、ザリガニに中った3人は気分が悪くなった。特にジャックは重症で、デュアメルはスティーブンに何とかするように言った。スティーブンは薬の名前を書いて、買ってくるよう頼んだ。デュアメルは承諾し、兵士の1人が近くの薬局まで馬を飛ばし、たくさんの薬瓶を持ち帰った。


いつも感じるのですが、オブライアンさんの食べ物に対する描写って、実に詳細で熱が入っているのですよね。この人、絶対に相当な食いしん坊だったに違いない。 特に、舞台がフランスになったとたんに、食事の描写が多くなるのですよね。 彼は晩年は南フランスに住んでいたそうですが、それは食べ物が美味しいからだな、きっと。 ひょっとして、ザリガニで中ったこともあったりして…

他の3人が薬の効果でうとうと眠っている馬車の中で、スティーブンは考えに沈んでいた。この3人だけがパリに護送されるのは何故だろう。彼だけならともかく、なぜジャックを?彼らはどの程度知っているのだろうか。そもそも、「彼ら」とは誰だ?どの機関だろう?英国と同様、フランスにも様々な諜報機関があり、お互いに対抗しあっている。彼はいくつかの可能性を考えた。もし、彼らが陸軍諜報局なら、拷問される可能性が高い。彼はかつて拷問を受けた経験があり、二度とはごめんだった。ポート・マオンでは耐え抜いたが、あの時は今より若かったし、カタロニア抵抗組織を守るという直接の強い動機があった。自分がどう反応するか、今は自信がない。どんな人間でも、常に勇敢でいられるわけではない。おそらく耐えられるだろうとは思うが…確実な「逃げ道」を手に入れられたのは幸運だった、と彼は思った。兵士が買ってきた薬瓶の一本には、毒薬が入っていたのだ。

マオンの時に比べて、自分は生命に執着していない−と彼は考えた。あの頃はダイアナがいた。彼のそばにいたわけではなかったが、彼女は彼にとって精神的な支えだった。馬車がパリに近づくにつれ、彼女のことがますます思い出された。彼女はおそらくパリにいる。ラ・モットがついているのだから、心配はないだろう。


それにしても、スティーブンにとっては大ピンチではないですか。ジャック、腹下してる場合じゃないよ〜。

馬車はパリに到着し、革命政府の牢獄であるタンプル塔へ入った。かつてルイ16世とその家族が幽閉されていた塔は、今は解体工事の途中のようだった。この牢獄から彼らを捕らえている組織を判断することはできないが、少なくとも陸軍ではないようだ。塔の責任者である副司令官が3人を迎えた。

3人は塔の上の、3つの小部屋がつながった汚い部屋に連れて行かれた。鉄格子のはまった窓から見降ろすと、下には堀がめぐらしてある。部屋の隅に、外側に突き出した古風な便所があった。

看守はルソーというお喋りな男で、囚人と言うより客でも迎えている感じだった。「監獄の食事をお取りになってもいいですけど、外から出前をとることもできますよ。お預かりした金から引いておきます。」彼らは私物を取り上げられていた。その中には、スティーブンが身につけていた莫大な額の金も含まれていた。「出前をとるなら、マダム・レイドゥーのところがお勧めです。この近くに住んでいる未亡人でね。すぐそこですから、熱いうちに持ってこられます。食事は熱いのが一番ですからね。」


タンプル塔は、1200年にテンプル騎士団(12世紀エルサレムで十字軍戦士によって設立され、1312年に解散させられた騎士団)の本部として建てられました。その後ここは国家の牢獄となり、革命政府も牢獄として利用しました。

ルイ16世は1792年の8月から家族とともにここに幽閉され、翌年1月に処刑。妻のマリー・アントワネットは、その後別の牢獄に移されてから、93年10月に処刑。息子のルイ・シャルル(ルイ17世)は、95年にこの塔で病死したとされています。10歳でした。ちなみに、この塔で死亡した少年が本当にルイ17世であるかどうかは、異論があったそうですが、2000年にDNA鑑定が行われ、「確かにルイ17世である」と断定されたそうです。うーん、本当かな。

ジャックとスティーブンとヤゲロがここに来たのは、ルイ16世の処刑から約20年後ということになります。ここに書いてある通り、タンプル塔はナポレオン時代の後半に解体されました。スティーブンたちがいた時、ちょうど解体工事の真最中です。この塔の跡地は、現在は公園になっているそうです。残しておけばけっこう人気のある観光資源になったかもしれないのにねー。残念でした。

ちなみに、スティーブンがなぜ大金を持っていた言うと、グリムショルム島で必要になった時にそなえて身に着けていたんですね。結局、必要なかったのですが。