Chapter 3〜私掠船


ジャック、スティーブン、ダイアナの三人を乗せた郵便船のデリジェンス号は、夜明けまでに外海に出ていた。彼らは二隻のスクーナーに追跡されていることに気づいた。船長のダルグリッシュは、それがアメリカの私掠船、リバティ号とその僚船であることを確認した。「心配ありませんよ。もうすぐ霧が出るし、すぐに撒いてやります。じきに諦めるでしょう。郵便船を捕まえても金になりませんから、私掠船の連中にとっちゃ、マストをもってかれる危険を冒してまで追いかける相手じゃないですし。」ダルグリッシュは言った。

しかし、私掠船は何がなんでもこちらに追いつくつもりらしかった。灰色の空の下、リバティ号とその僚艦は総帆を張り上げ、氷山を避けながら追いついてきていた。「ヘンリー(リバティ号の船長)がこんなにしつこいのは初めてだ。スペインの財宝船でも追いかけているつもりか」ダルグリッシュはつぶやいた。


ジャックとスティーブンは郵便船「デリジェンス号」で、戦勝報告書と共に英国へ向います。思えば6巻の第2章以来、彼らが英国へ向うのはこれで3回目。今までは必ず邪魔が入って、お家がだんだん遠くなっていたのですが…今度こそは帰れるのでしょうか。

スティーブンはひどい船酔いで寝込んでいるダイアナについていた。ダイアナはうとうとと眠りかけていた。「我々は私掠船に追跡されているようだ。でも、心配ないようだよ。船長はすぐに撒けると言っている。私掠船は我々を待ち伏せていたみたいだ。」スティーブンは低い声で囁いた。「もちろんそうだわ。」突然、眠っていたように見えたダイアナが声を上げた。「私たちを連れ戻すためなら、ジョンソンは何でもするでしょう。私掠船を雇うぐらい、彼には何でもないわ。金に糸目はつけなわ。私を連れ戻すためなら…このダイアモンドを取り戻すためなら。」ダイアナはネックレスの入った箱を抱きしめて呟いた。「あの男からは逃げられないのね。でも、私にはもうこれしかないのよ。死んだってこれは渡すものですか…」

ダイアナの執着しているダイアモンドネックレスは、中央に大きなペンダント石がついていて、それは大きく素晴らしいブルー・ダイアモンドです。大きなブルー・ダイアモンドと言えば、映画「タイタニック」に出てきたやつを思い出しますが、あれには「璧洋のハート」(Heart of Ocean)という名前がついていましたね。この石にも、「ブルー・ピーター」(Blue Peter)という名前がついています。ブルー・ピーターは、青いピーター…ではなく、信号旗の一種で「出航旗」のこと。青地に白い四角で、「総員集合せよ:間もなく出航する」という意味。(参考:出航旗を上げた船)「璧洋のハート」より、ずっとロマンティックな名前だわ。

ダルグリッシュ船長の予想通り、霧が深くなってきた。2隻の私掠船は見えなくなり、船長たちは安心した。スティーブンはこのあたりに生息するオオウミガラスを探して、望遠鏡をかまえて寒い甲板に立ち続けていた。デリジェンス号は知り合いのタラ漁船とすれ違った。タラを買うついでに、船員がタラの餌にしていたオオウミガラスの死体を持ってきてくれた。

しかし霧が晴れると、後にはまたリバティ号とその僚船がいた。「あんなにしつこいのは初めてだ」船長はつぶやいた。霧はなく、夜は月が明るく、もう撒くのは不可能だ。デリジェンスは帆を張り増し、出せるだけのスピードを出したが、私掠船はそれ以上のスピードで近づいて来る。ジャックはデリジェンス号の砲をチェックした。しかし、この程度の武装では、2隻の私掠船には到底対抗できない。


ここでスティーブンが熱心に観察していたオオウミガラス(great auk)という鳥ですが、残念ながらこの数十年後に絶滅しています。この鳥は飛べない上、肉や卵がおいしかったので、16世紀にヨーロッパ人の探検隊が来て以来、ずっと乱獲が続けらていたようです。この頃にはかなり希少になっていたのに、タラ漁の餌なんかに使われているのを見て、スティーブンは密かに怒ったりしてます。詳しくはこちらを参照。

ダルグリッシュはマストに登り、降りてきて言った。「こんなことを言うのは不謹慎ですけど…助かったかもしれませんよ。」ジャックがマストに登ってみると、英国の貿易船が近づいて来るのが見えた。価値の高い品を満載しているらしく、深く船脚を入れいている。私掠船にとっては、郵便船より遥かにいい獲物のはずだ。リバティ号は、きっとあちらを追いかけ始めるだろう…

しかし、私掠船は針路を変えようとしなかった。貿易船は私掠船にはまるで気づいていない様子で、真直ぐそちらへ向っている。「砲で警告してやっていいか?」見かねたジャックが船長に訊いた。「いいですよ。しかし…警告する必要はないようです。」その通りだった。私掠船の乗員は、貿易船を物欲しそうに見てはいたが、そちらを襲う気はないようだ。ジャックは確信した−彼らの狙いは、デリジェンス号だけなのだ。

スティーブンが甲板に駆け上がって来た。「何か手伝えることは?」「火薬を持ってきて、それから砲撃を手伝ってくれ」ジャックは答えた。ダルグリッシュ船長は出来る限りのことをしたが、この風では、私掠船を引き離すのは無理だとわかっていた。船長は拿捕されたらすぐに海に沈められるように、報告書と郵便物をまとめて重りをつけた。ジャックは砲撃を準備した。到底勝ち目はないが、おとなしく降伏するわけにはいかない。


スティーブンが火薬運搬兵(普通は一番下っ端の少年兵の役目)をやるなんて、珍しいシーンですが。郵便船なんで、人数が足りないんです。

突然、デリジェンス号に歓声が起こり、ジャックは途惑った。見ると、リバティ号のフォアマストが倒れている。私掠船は全速力で走っている時に、流氷にもろに突っ込んだのだ。リバティ号は見る間に沈み、僚船がボートを出して乗員を救出している。その隙に、デリジェンスは2隻を引き離した。「もう1隻が追ってくるかな?」スティーブンが訊くと、ダルグリッシュは嬉しそうに答えた。「いいえ。あんなにたくさん乗っていたんじゃ、すぐ引き返すしかないですよ。それでも、食糧は港に着くまでとてももたないでしょうね。これでゆっくり寝られますよ。」

スティーブンがダイアナのところへ行くと、彼女は両手でピストルを構えていた。「ピストルを降ろしなさい。殺す気のない人に銃口を向けるのは失礼だよ。」「ごめんなさい…戦闘があったのかと思ったの。斬り込まれているのかと…」「大丈夫。私掠船は沈没した。君はついに逃げ切ったんだ。おめでとう。気分がよくなったみたいだね…風に当たりに行くかい?」

ダイアナが甲板に出ると、乗員たちが歓声で迎えた。彼らは離れてゆく私掠船を指差し、今までの経過を口々に説明した。「甲板にいらしていただけて光栄です。」船長が彼女に言った。「これからは毎日、お顔を見せていただけると嬉しいのですが。しかし、もう何日もないでしょうね。この風が続けば、すぐに英国ですから…連中のおかげで、記録もののスピードですよ。戦勝報告を聞いたら、みんな喜ぶでしょうなあ。」


ダイアナは、恐怖のあまり船酔いが吹っ飛んでしまったようです。船酔いって不思議ですねえ。気の持ちようで治ったり、慣れると治ったり、いつまでも治らなかったり…私はあまり乗り物酔いしない体質なんですが、海外旅行で小型飛行機に乗ったときだけはひどかった。吐きはしなかったけど。

船酔いと言えば…(完全に余談モード) 映画の公開が近づいて、キャストやスタッフのインタビューをよく読むようになりましたが、その中に船酔いの話が出ていました。

ラッセル・クロウは元々は船は苦手な方で、撮影に先立ってなるべくたくさん船に乗るようにつとめ、船酔いを克服したそうです。(ちなみに、船酔いを克服することを英語で"gain his sea-legs"と言います。)ポール・ベタニーの方は、マチュリン先生同様、はじめからあまり船酔いしない体質だったみたいです。他のキャストやエキストラが揃って船酔いしているのを見て、彼は「あんなに大勢の人が吐いているのを見たのは、80年代のCureのコンサート以来だ」とクールにコメントしています。Cureというグループは知りませんが…そんなにひどかったんですか、そのコンサート?