Chapter 6〜アリエル号


アマンダの手紙を受け取って以来、ジャックは必ず自分で郵便を取りに行っていた。彼女からはひっきりなしに手紙が来た。今までの浮気相手はみんな割り切った女ばかりだったが、今度は勝手が違うようだった。彼は落ち込んでいた。彼はひどく嘘が下手だったし、ソフィーに隠し事をしなければならないのは辛かった。身近な人に正直でいられないのは寂しかった。彼はスティーブンのことを思った−仕事上、常に隠し事をしなければならない彼の気持ちがよくわかる。しかし、彼の場合は国のためにやっていることだ。それに引き換え…

♪ラ〜ブレタ〜・フロ〜ム・カナ〜ダ〜♪…いや、唄ってる場合じゃなかった。(<若い人は知らんだろう)

しかし、ジャック、アマンダが初めてじゃなかったんですか。うーん…まあ、彼は家を離れている時期が長いし、しょうがないのかも知れないけど…

彼が森の中の小屋でアマンダの手紙を読んでいると、スティーブンが来た。「スティーブン!今、君の事を考えていたんだ。早かったな。」「ロンドンへ行く途中に寄ったんだ。君の状況を聞いておきたくて…艦に乗る予定はあるか?」「ない。新兵収容艦の仕事を断ってしまったから、当分艦はもらえないだろう。」「それを聞きたかった。実は、北の方へ派遣される可能性があって…行くなら、君の指揮する艦の方が気心が知れているし、何かと都合がいい。そうなったら、来てくれるかい?」「もちろん、喜んで。」「ダフネ号のことは聞いたか?」「ああ。うっかりグリムショルム島に近づいて、砲撃されたそうだな。あっという間に沈没して、生存者はいなかったそうだ。」「そのグリムショルム島が、我々の行き先だ。」ジャックは口笛を吹いた。「あれは凄い要塞だぞ。舷側砲なんて役に立たない。小型のジブラルタルだ。」「危険な仕事なんだ。君には家族があるから、断られても仕方ない…」「おれに勇気がないって言うつもりなら…あ、いや、冗談で言ったんだな。すまない、いつもならすぐわかるんだが…最近調子が悪いんだ。」

グリムショルム(Grimsholm)島というのは、架空の島です。位置はプロイセン(現在はポーランド)北岸の近く、ダンツィヒ湾の西側です。なんて、こうしてすいすいと位置を理解できるのも「Harbors and High Seas」という、このシリーズ専用の地図本を買ったおかげです。それまでは、架空の地名と実在の地名の区別がつかなくて、高校の時使っていた地図帳を引っ張り出してきて架空の地名を探す…という不毛なことをやっていたからなぁ。あ、でも、この高校の地図帳もけっこう役に立っています。「Harbors and High Seas」は、オブライアン関連本の中でも一番のおススメなんですけど、関連本を買うほどでもないなあ…という方も、ヨーロッパのできるだけ詳しい地図を手元に置いて読むことをおすすめします。

ジャックはスティーブンと一緒の馬車でロンドンへ向った。「一刻も早く外国へ行きたい状況なんだ。実は…」ジャックはカナダからの手紙の件を説明した。「ひどい奴だと言わないでくれよ、自分でもわかっているから。彼女が金が必要だと言うから、出来る限りのことはしたんだが…」スティーブンはしばらく考えてから言った。「まず、彼女のようなヒステリックな傾向のある女性の場合、想像妊娠の可能性もある。」「おれ、名前は言っていないよな?」スティーブンは無視して続けた。「本当の妊娠だとしても、12%は流産に終わる。まったくの嘘という可能性も高い。他の男も騙しているかもしれない。金を騙し取る目的だけかもしれない。」「ひどいことを言うなあ。彼女はそんな人じゃない。」「ひどい言い方かもしれないが、実際、ひどい世の中なんだ。確かな証拠を見るまで、早まった事はしない方がいい。」「そんな事を言われると、なんだか余計にひどい奴になった気分だ。」ジャックはぼやいた。

アマンダに関する、スティーブンとジャックの会話が面白いですね。悪いことしちゃったのはジャックの方なのに、この会話を聞いていると、スティーブンの方がよっぽど悪人みたい。

ロンドンに着き、二人はグレープス亭で夕食をとった。その後、スティーブンはサー・ジョセフの家へ行った。「よく来てくれた。ポンシクのことは聞いたか?」「それで帰ってきたのです。ダフネ号に何があったか、ご存知ですか?」「島へ不注意に近づきすぎたんだ。白旗をあげたボートを出す暇もなく、砲撃された。もっと経験のある艦長を派遣するべきだった。プロイセンの参戦以来、あの島の重要性はますます高まっているんだ。あの島をまともに攻撃しようと思ったら、大艦隊が必要だ。対米開戦以来、艦はひどく不足しているから、そんな余裕はない。先日、島に物資を運んでいた船を拿捕したが、積荷はタバコとワインだった。弾薬や必須の食糧は足りているようだから、兵糧攻めにするにしても半年はかかる。事は一刻を争うんだ。」「タバコやワインは必須ではないにしても、地中海出身の人間には貴重な心の慰めです。」

「カタロニア人のリーダーの名前はわかりますか?」「ラモーン・デュラストレ・イ・カサデモン大佐だ…彼を知っているのか?」よく知っていた。彼はスティーブンの名付け親だったのだ。母方の遠縁で、由緒ある家柄の富豪だ。勇敢で、熱烈な愛国者で、子供の頃のスティーブンにとっては憧れの英雄だった。大人になってからは、彼の欠点も見えてきたが…それでも、彼のラモーンに対する尊敬と愛情は変わらなかった。

サー・ジョセフは島の地図を広げた。「この地図は、あるスウェーデン軍将校のお陰で手に入ったんだ。リトアニア人の優秀な若い軍人で、君たちに同行することになっている。…つまり、このような事態の後でも、君が行ってくれるのならだが。」「もちろん、行きます。勝手ながら、もうジャック・オーブリーに話しておきました。行くなら彼と行きたいですから…彼は海ではユリシーズです。陸では何であろうと」「それは素晴らしい。ありがとう」サー・ジョセフは彼の手を握った。


この時点で、どの国がフランスの味方でどの国が英国の味方なのか、いちいち把握しておくのは本当に難しいのですけど…とにかく、スウェーデン、ロシア、ポルトガルが英国の味方、あとはほとんど全部敵(フランスの味方)…のようです。とにかく、この7巻で重要なのは、「デンマークは敵、スウェーデンは味方」って事ですね。

えー、実はこの後、サー・ジョセフがスティーブンに「個人的な医学的相談」をするシーンがあります。(何だか収まりが悪かったので入れなかったのですが、一応書いておきたいので…)サー・ジョセフは最近ある女性に出会い、結婚を考えているのですが、それに際して障害となるある「身体的不調」をかかえているようです。それで、薬でなんとかならないかとスティーブンに相談するのですが…サー、19世紀の医学では、それは無理だと思いますよ。(21世紀でもイロイロと難しいのに。)サー・ジョセフが初めてのぞかせた、人間的な一面でした。

翌朝、ジャックは海軍省に出かけ、事務官とワークザームハイド号の賞金の件を交渉した。「問題の船がワークザームハイドだと言う証拠はない」と事務官が言い出したので、ジャックは腹を立てた。グラントが「あれは補給船だった」と証言しているというのだ。

海軍省で、ジャックはスループ艦アリエル号に即時赴任すべしという命令を受けた。グレープス亭に帰ると、スティーブンはヤゲロという名の若いスウェーデン軍将校と一緒だった。ヤゲロは輝く金髪に大きな青い目と、女性も羨むようなきれいな肌をした青年だった。3人が食事を取っていると、グレープス亭の二人のウェイトレスは、用もないのにひっきりなしに来ては彼をうっとりと眺めた。ジャックは、彼の知っている唯一のやり方で外国の客に歓迎の意を表した−つまり、彼にとことん酒を飲ませた。


王子さま登場(笑)。ヤゲロ(Jagiello)というのは、ポーランド・リトアニアの古い王家の名前です。このヤゲロさんが王家の子孫であるという記述はありませんが、由緒正しい家柄の出身なんだろうなあ、という感じはします。とにかく、彼は絶世の美男子で、女の子は全員ひと目で夢中になってしまう、みたいに描写されています。(…でも、目が離れてるって書いてあるんですよね。目が離れているのって、美男の条件なんでしょうか?) 私が想像するヤゲロさんは、頬は薔薇色でお目々ぱっちりの古風な美男子で、ディズニー映画の王子さまみたいな感じなんですが。ハンサムといっても、ブラット・ピットとかキアヌー・リーブスみたいな現代的なハンサムじゃなくて、例えば…うーむ、ふさわしい俳優をしばらく考えたのですが、思いつかないわ。

数時間後、ジャック、スティーブン、顔をピンク色に染めたヤゲロ、国王の使者の4人は馬車でテムーズ河口へ向った。アリエル号は新艦長を迎える準備ができていなかった。彼らがボートを横付けにした時、前任艦長のドレーパーは女性の客をもてなしているところだった。「朝の潮で出航なさるものと思っておりましたが…」ドレーパーはうろたえて言った。「すまないが、この潮で出航する。」ジャックは言った。気の毒なドレーパーは、女性の客と共にあわただしく去った。ジャックは任命書を読み上げ、艦を即座に出航させた。