Chapter 7〜海峡


ジャックはアリエル号の砲撃を鍛えながら、北海から北上してユトランド半島を廻った。幸い、敵の私掠船に遭遇することもなかった。ヤゲロは慣れない艦の上を恐れ知らずに動き回り、始終マストから落ちたりハッチに落ちたりしたていた。しかし、いつも陽気で礼儀正しい彼は士官たちにも水兵たちにも好かれていた。

アリエル号はイェーテボリで補給し、カテガド海峡に入っていた。バルト海に出るには、大ベルト海峡(the Belt:デンマーク シェラン島の西側)とオアスン海峡(the Sound:シェラン島の東側)の二つのルートがあった。大ベルト海峡には敵国デンマーク軍が結集していると聞いたジャックは、狭いオアスン海峡を夜に通ることにした。


ヤゲロさんのキャスティング、誰がいいか思いつきました。オーランド・ブルーム(もちろん金髪に染めて)。いかかでしょ。少女の頃から完全におじさん趣味だった私は、美青年にも美少年にもあんまり興味がなく、このラインの俳優はよく知らないのですが…って、そんなことはどうでもいいわね。

美男というのは男性に敵視されがちですが、彼は好かれているようです。基本的に性格がいいこともあるけど、ビームに頭をぶつけたり海に落ちたりする抜けたところが、船乗りの優越感を微妙にくすぐるのではないかと。

風が弱かったために予定より遅れ、オアスン海峡を通る前に夜が明けてしまった。ジャックは時間を無駄にすることを恐れ、デンマーク側の砲台から攻撃を受けることを覚悟で海峡を通過する決心をした。「驚いたな。思っていたより狭い。」このあたりに生息しているケワタガモを観察するために早起きしてきたスティーブンが言った。実際、狭い海峡だった。左舷側にスウェーデン、右舷側に敵国デンマークの砲台がはっきり見えており、間の海は3マイルしかない。アリエル号はややスウェーデン岸寄りを航行していた。

「あれがエルシノア城だ。」ジャックはデンマーク岸を指差して言った。「エルシノア?架空の城だと思っていた。本当にあったのか、すごいな。あっ、来たぞ!」ケワタガモの群が飛び、スティーブンは望遠鏡を固定した。その時、海面に大きな水しぶきが上がり、鳥は逃げて行った。「何事だ?」「連中が臼砲を撃ち出したんだ。」「何てやつらだ。鳥に当るじゃないか!デンマーク人ってのは昔からそうだ…ハムレットの母親がいい例だ。」スティーブンはエルシノア城を睨みつけた。


ケワタガモ(eider-duck)いうのは、名前の通りダウンを取るためによく使われる鳥だそうです。こんな鳥です。

「エルシノア城」は、正式にはクロンボー城と言う名前で(「エルシノア」は都市の名前)、ここに書かれている通り「ハムレット」のモデルとなった城と言われています。この海峡を通る艦船から通行税を取るため、こんな海峡の岸壁に城が作られたそうです。クロンボー城についてはいろいろなHPに説明が出ていますので、検索してみて下さい。公式ページはこちら。この公式ページの「History」のところに、1801年にここを通った英国艦隊(パーカー提督、副官ネルソン)のことが書いてあります。クロンボー城は英国艦隊に砲撃しましたが、射程が短すぎたためにダメージを与えられなかったそうです。

エルシノア城はアリエル号の砲撃を続けた。ジャックは艦をできるだけスウェーデン岸に寄せ、狙いをつけにくくさせるため、スピードを上げたり落としたりしながら航行した。「あれがハムレットの墓ですよ」ヤゲロが指差した。ジャックは望遠鏡で見ながら、「あれは素晴らしい芝居だ。あんなに笑ったことはないよ。」と言った。「ハムレットがコメディだとは知らなかったな。最近読んだかい?」スティーブンが訊いた。「いや、通して読んだことはないんだ。でも、芝居に出たんだから、読むよりいいだろう?士官候補生の頃だ。」「どの役を演じたんだい?」ジャックはエルシノア城からの砲弾をじっと睨み、「舵、左舷」と命令してから答えた。「墓堀りの助手と、オフィーリアだ。正確に言えば、オフィーリアたちの1人だ。」

アリエル号はようやく城の射程を脱出し、3人は朝食の席についた。「『オフィーリアたちの1人』って、どういうことだい?」スティーブンが訊いた。「士官候補生で、女役ができるぐらい可愛いのは一人しかいなかったんだが、そいつは声変わり中で、その上音痴だったんだ。だから、歌を歌うシーンでは、客に背を向けておれが歌ったんだ。溺れ死ぬシーンをやるのは二人ともいやだったから、別のやつにやらせたけど。」ジャックは西インド諸島の若き日を思い出して微笑み、オフィーリアの歌を一節歌った。


あー、オフィーリア姿のジャックを想像するだけで、何度でも笑えますわ。頭に花をつけて歌ったりしたのでしょうか。でも、溺れ死ぬシーンはやらなかったんですね。やっぱり、ジャックだと、到底溺れ死にそうには見えないからねえ…

ジャックと、映画で彼を演じるラッセル・クロウには妙な符合があるのです。初めて大きな仕事を成功させて名を上げた(カカフエゴ号の拿捕:「グラディエーター」の大ヒット)矢先に、不倫で攻撃されてしまったり(モリー・ハート:メグ・ライアン)とか、若い頃に女装で芝居に出て歌ったことがあったり(「ハムレット」のオフィーリア:「ロッキー・ホラー・ショー」のフランケンフルター)とか。

その後の航海は順調に進んだ。アリエル号は予定より早く、バルト海艦隊のいるカルルスクルーナ沖に到着した。ジャックとスティーブンは旗艦に出頭した。司令官のソマレス提督が二人を歓迎した。「君がポンシク氏の後任か。今度は成功することを祈っている。」提督は言った。提督の政治顧問ソーントン氏が、現在の状況を説明した。最近の報告では、タバコとワインが切れたために兵士の間に不満が出ているが、デュラストレ大佐がリーダーシップを発揮している。彼は部隊に支持されている。フランス側は、カタロニア人部隊を他へ移し、もっと制御しやすい部隊を送り込もうとしている。メルシエ将軍が島の指揮権を掌握しに、もう島に向って出航したかもしれない。

詳しい報告を読んだ後、スティーブンは言った。「どうやら、この状況では、一度の試みに全てを賭けなければならないようです。時間がない。一刻も早く島に行かなくては。新しい部隊が連れてこられる前に。上陸さえできれば、成功の見込みはあります。しかし、軍艦では島に近づけない。艦隊の拿捕船の中に、デンマークの商船はありますか?それで物資を運ぶふりをして近づくのがいいと思います。いや、本当にワインとタバコを運べば、もっと望ましい。」「残念だが、今は拿捕船はない。デンマークの商船はほとんど許可証を持っているし…」重苦しい空気が流れた。今まではひとつの可能性でしかなかった計画が、差し迫った現実になったのだ。マチュリンが「一度に全てを賭ける」と言った時、「全て」には彼自身の命も含まれていると言う事は、全員が承知していた。ジャックは心配そうに彼を見ていた。

「そのことなら、解決できると思います。」ジャックが提案した。「ここへ来る途中、デンマーク商船を何隻か見ました。許可証を持っている船でしょう。その許可証を一時無効にする命令を頂けましたら、すぐに拿捕できると思います。」「いいかもしれんな。少々、あくどい手だが…ドクター・マチュリンの意見は?」「オーブリー艦長は、水に浮くものなら全て拿捕できると確信しております。それに、今は一分も無駄にできない状況です。」スティーブンは言った。「一商船の一時的な困難と、数千の人命を比較することはできません。この計画が失敗に終われば、島の全面攻撃を行わなければならないのですから。」


このシーンは好きなので、長めに引用してしまいました。マチュリンのオーブリーに対する絶対的な信頼、オーブリーのマチュリンに対する気遣い。二人の関係が典型的に表れているシーンだと思います。