Chapter 2 〜 フランクリン号のジャン・デュトゥール


夜明け、サプライズ号はフランクリン号と、煙を上げている島を発見する。

ようやく夜が明けた時、空は白く、海は灰色で、前夜よりマシとはいえ、まだ荒れていました。

艦長の予想通り、視界内にはフランクリン号がいました。二隻の船はマストを失い、小川に浮かぶ紙の舟のように漂い、風上には、真っ黒な岩と灰の島が、夜のうちに海面から姿を現していました。

火山島は、クレーターから灰と煙を吹き上げているものの、もう炎は上げておらず、再び海底に沈もうとしていました。「海に沈む前にドクターに見せたいなあ。」艦長はプリングズに言いました。「無理でしょうね。半時間前に様子を見た時は、肘まで血に染まっていらっしゃいましたから…」「ドクターがこれを見ないのは、至極残念だ。」あたりは硫黄の臭いでむせかえり、海には、見渡す限り、いろいろな珍しい魚や、巨大なイカや、マッコウクジラまでが、死んで浮いていました。「教えなかったら許してくれないだろう。今は寝ているのか?」

「おはよう、諸君、島がどうとかいう噂は何のことだい?」ちょうどその時、シャツは血まみれ、エプロンは血まみれ、ぼろぼろの姿のスティーブンが昇降梯子を昇って着ました。赤茶色に染まった腕に、手だけ洗って白い手袋をはめたようなドクターの手をとって、ジャックは艦尾手摺まで導きました。「あれがその島だ。ウエストの容態は?他の患者は?」「ウエストはまだ昏睡状態だ。もう少し明るくなって、揺れが収まるまでは何もできない。他の患者は、感染症が起こらなければ大丈夫だろう。」

「それにしても、すごい光景だな!まるで墓場のようだ。Jesus, Mary and Joseph.何が起こっているか、君は知っていたんだろう?」「夜が明けるまでわからなかった。でも、少なくともフランクリン号に関しては間違っていなかった。風下に見える。」「ひどい有様だな。マストがない。捕まえられるか?」「多分な。しっかり準備してから近づこうと思っている。無駄な戦闘が起こらないように。」

「下に戻らないと。」ジャックはスティーブンの手を取って梯子まで送り、彼が一段ずつゆっくり降りるのを見ながら、初めて、彼が老人のように見えることに気づきました。

"Jesus, Mary and Joseph" というのは、スティーブンがよく使う感嘆句。「ジーザス!」だけなら、現在の英語圏の人もよく使うけど、ご両親の名前もくっつけて呼ぶところが、なんとなくアイルランド人らしくて気に入ってます。「シンデレラマン」のポール・ジアマッティも使ってましたね。

前夜の「臼砲」と、理屈に合わない海の動きの正体は、海底火山…正確には、海面まで隆起した海底火山だったのですね。それにしても、火山ガスは有毒かもしれないのに、そんなに近づいたら危くないのかな〜

サプライズ号、フランクリン号に近づく。筏に乗った男が近づいて来る。

サプライズ号は戦闘準備を整えてフランクリン号に近づきましたが、近づいて見ると、敵はサプライズよりずっと大きな被害を受けていることが分かりました。逃げる様子はなく、むしろ救助を必要としているようです。

フランクリン号から急ごしらえの筏が降ろされ、頭に血まみれの包帯をした一人の男が、筏を漕いで近づいて来ました。「我々の負傷者に水をくれないか?このままでは渇き死にする。」

「降伏するか?」サプライズ号が答えると、明らかに船乗りではないその男は立ち上がり、怒りに満ちた声で答えました。「こんな時に、よくそんなことが言えるな。恥を知りたまえ。」

ジャックは表情を変えませんでしたが、しばらくして、「ドクターのスキフを降ろして、水の樽を乗せろ」と命令しました。「船医が乗っていたら、彼らの苦痛を和らげてやるのがキリスト教徒として当然の行為だ。」筏の男が言いました。「何てことを…」ジャックは反論しかけたものの、スティーブンとマーティンはすでにボートに乗る準備をしていました。「ボンデン、プライス、ボートを出せ。筏にロープを投げてやれ。ミスタ・リード、拿捕船を確保しろ。」

ちょっと、それが人に助けを求める態度かい!と言ってやりたいこの人が、噂の理想主義者ジャン・デュトゥール氏です。彼は悪人や狂信者というわけではなく、賛否両論ありそうなキャラクターだと思うのですが。…でも、私はなぜかこの人、いちいちムカつくのですよねー。個人的に、5巻のグラント以来の心から大っ嫌いな登場人物です。

スティーブン、フランクリン号で負傷者の治療をする

戦前と1802-3年の短い和平の時、スティーブンはパリでデュトゥールに何度か会っていました。

これから南米でしなければならない極秘の任務のことを考えると、デュトゥールが彼のことを思い出すことは、避けたい事態でした。デュトゥールはナポレオン政府とも、フランスの諜報組織とも何のかかわりもないのですが、とにかく顔が広く、非常におしゃべりな男なので…

昔、パリにいた時は、スティーブンは「ドマノーヴァ」という母方の姓を名乗っていたし、デュトゥールのように一日に何百人もの人間に会う男は、何度か会っただけの古い知り合いを憶えていることはおそらくないだろうが…

リード、スティーブン、マーティン、ボンデン、プライスの5人は、デュトゥールの筏を引いてフランクリン号に渡りました。デュトゥールが甲板に登るスティーブンに手を貸し、「ご親切に来て下さって感謝します」と言った時、思い出した様子がまったくなかったので、スティーブンはほっとしました。「負傷者はキャビンです。こちらへどうぞ。」

リードがデュトゥールにフランス語で、「ムッシュー、私がこの船の指揮を執ります。」と宣言し、プライスが折れたマストの根元に英国旗をくくりつけました。サプライズ号から控えめな歓声が上がりましたが、フランクリン号の乗員たちは、ほとんどは負傷しているか、泥酔しているか、呆然としているかで、英国旗にも何の反応も示しませんでした。

フランクリン号はサプライズ号の追撃砲の直撃を受けた上に、自船の迎撃砲の一門が暴発し、火山の被害もサプライズよりずっと近くで受けていました。キャビンには夥しい数の負傷者が、すでに死んだ者と一緒に何の秩序もなく横たえられ、傷と渇きに苦しんで、うめき声や叫び声を上げていました。

地獄のようなキャビンの中、スティーブンとマーティンが死者を運び出させ、水を配り、治療に力を尽くす間、他の者たちは酔っ払いのフランクリン号乗員たちをポンプにつかせ、船に応急処置を施し…沈没寸前の私掠船に、なんとか秩序を取り戻そうと努力していました。

ジャック、ジャン・デュトゥールと会う

その間、艦長は通常の手続きとして、拿捕船の船長に船の書類を持って来させていました。フランクリン号の形式上の船長はサプライズ号の最後の砲撃で死んでいたので、書類を持ってきたのは船主のデュトゥールでした。

スティーブンから話を聞いた時から、ジャックはこのデュトゥールが嫌いだったのですが、サプライズに乗艦した彼が艦尾甲板に敬礼せず、剣を差し出す正式の降伏もしなかったので、ますます嫌いになりました。

「艦長、最初に、私の乗員へのご親切に感謝させて下さい。あなたがたの船医たちは力を尽くしてくれました。」「あなたは職業的な船乗りではありませんね?海のしきたりについては、あまりご存知ない?」「ほとんど何も存じません。」「それなら、少しは話が違う」ジャックは考えました。「書類を見せて下さい。」

しかし、書類には肝心のレター・オブ・マーク(敵国艦船拿捕許可状)が含まれていませんでした。「そのようなものは持っていません。私は軍人ではなく一市民で、人類の利益となるコロニーを作ることが唯一の目的でしたから。」「アメリカのもフランスのもないのですか?」「申請する必要があるとは思いませんでした。必要な形式なのですか?」「どうしても必要です。あなたがたは何隻かの船を拿捕したのでしょう?」「そうです。我々の国は、残念ながら、戦争状態にありますから。」「その通りです。しかし、戦争は一定の形式に則って行われます。誰もが好きなように参加して、自分より弱いものを捕まえていいわけではない。書類がなければ、あなたを海賊として処刑しなければならない。」

「それは困りました。我々の船長のミスタ・チョーンシーが、アメリカ政府から書類をもらっていたはずですが。我々はアメリカ船籍ですから。私のライティングデスクにあるはずです。」「それを持ってこなかったのですか?」「片腕の士官候補生に急かされていたものですから、私有財産は全て放棄せざるを得ませんでした。」「持ってこさせましょう。どんなデスクですか?」「普通の胡桃材で、私のネームプレートがついています。しかし、もうないでしょう。」「なぜそう思うのですか?」「マイ・ディア・サー、拿捕した船で船乗りが何をするか、私も見たことがありますから。」

ジャックはこれには答えず、部下を呼んで、「デュトゥール氏のシーチェストとライティングデスクを探して、サプライズに運ばせろ。デュトゥール氏はガンルームにご案内しろ」とだけ命令し、デュトゥールが何か言う前に、上着を脱ぎ捨てて、足音荒くキャビンを出て行きました。

ジャック、かなりムカついてます。「あなたの部下は今ごろ私の船で手当たり次第に略奪しているだろう」とほのめかされたも同然ですから、当然ですが。まあ、英国だろうとフランスだろと、私掠船は掠奪するのが当たり前で、略奪行為を固く禁じているサプライズ号の方が例外なので、デュトゥールがそう思っていても、別におかしくはないのですが…

それでも、彼がここでそういうことを言うのは、やはりすごく腹が立つ。なぜなら、「船乗りが拿捕した船で何をするか」彼が見たと言うのは、他ならぬ自分の船の乗員のことだからです。

レター・オブ・マークへの態度でも分かる通り、この人は船主でありながら、私掠船の活動を「自分には関係のない、卑しいこと」だと軽蔑していて、「崇高な目的のために利用しているだけだから」と、自分とは切り離して考えているフシがあります。そういうところが腹立つんだ、私としては。ジャックが、ほとんど本能的に、彼を激しく嫌っているのも分かります。「マイ・ディア・サー」っていう言い方が、また嫌味なんだ!(笑)

デュトゥールのライティングデスクからレター・オブ・マークが見つかる

ジャン・デュトゥール(Jean Dutourd)は、貴族の家柄の出身で、共和主義に賛同して名前を平民風に変える前は du Tourdでした。(フランスの貴族の名前にはdeやduがつく。)なので、ライティングデスクのネームプレートには「Jean du Tourd」と書かれていました。キリックたちは早速、彼に「ムッシュー・タード(Turd=糞)」とあだ名をつけてニヤニヤしています。

「驚きました。二度と見られるとは思っていませんでした。」サプライズのキャビンに運ばれたライティングデスクとシーチェストを見て、デュトゥールは言いました。ライティングデスクからは、彼の言った通りチョーンシー船長宛てのレター・オブ・マークが見つかりましたが、その中にはデュトゥールのことは一言も記述がありませんでした。

「あなたを捕虜としてどう扱っていいかわかりませんね…船主のようであり、船長のようであり…しかし船員名簿には載っていないし、海賊のようでもある。士官と認める書類もない。しかし幸い、准士官の部屋が空いていますから、そこで寝るといいでしょう。食事はガンルームが招いてくれるでしょう。艦尾甲板への立ち入りも許可します。」

デュトゥールの顔は蒼白で、オーブリー艦長の言うことをまるで聞いていないようでした。船が揺れた拍子に、彼は椅子から落ちて、頭から倒れました。ジャックは彼を艦尾のロッカーに寝かせ、キリックを呼びました。

「何考えてるんですか、艦長、包帯の下からだらだら血が出てるじゃないですか!」キリックが心配しているのは、もちろんデュトゥールではなく、ロッカーのクッションのことでした。「すぐにカバーを全部外して、冷水につけないと…」「カバーなんて放っておけ」突然、どっと疲れが出たジャックは不機嫌にキリックを怒鳴りつけました。「掌帆長の隣のキャビンに寝台を吊って、そこへ寝かせろ。」

ウエスト死ぬ。ジャック、プリングズをフランクリン号の指揮官に任命する

さて、溶岩塊の直撃を受けて頭蓋骨折し、スティーブンの頭蓋切開手術を受けたウエストですが、不幸にも助かりませんでした。せっかく海軍に戻れる希望が出てきて張り切っていたところだったのに、お気の毒でした。デイビッジに続いてウエストも…えーと、クラリッサって、もしかして不幸を呼ぶ…?

艦長はフランクリン号の指揮官にプリングズを任命し、ウエストの代わりには、ヴィダルというベテラン水兵を昇進させました。この人選は、後々に影響を与えることになるのですが、その理由は説明すると長くなるのでまた後で…(最近、こんなんばっかりですみません。)