Chapter 4-1 〜 トム・プリングズの新しい船


ジャック、ウォーキングをする。デュトゥール、艦長に話し掛けようとして止められる

サプライズ号には主計長がおらず、形式上は艦長が兼任していることになっているのですが、実際は、優秀な艦長書記のアダムスと艦長が共同でやっていました。

その日も、艦長とアダムスは主計長の仕事をこなしていました。乾燥豆を量った後、ビーム吊るした竿秤を利用して、ジャックは自分の体重も量ってみました。…結果、半ストーン(3.2kg)も増えていることにショックを受け、またドクターに怒られる前に運動して減らそうと、艦尾甲板のいつもの場所を行ったり来たりウォーキングするジャック。

しばらく、いろいろな考えにふけりながら歩いていたジャックですが、リードの甲高い声で現実に戻されました。「だめです、サー、艦長に話しかけてはいけません。」彼はデュトゥールを風下側に引き戻していました。

「しかし、何故?昨夜の素晴らしい演奏にお祝いを言いたかっただけなのに。」彼はスティーブンに言いました。(昨夜、デュトゥールはマーティンと艦尾甲板を散歩して、演奏を聞いていた。)「艦長に話し掛けてはいけないのですよ。」「そうですか。ひどく堅苦しい、身分至上主義の社会なのですね。あなたにはお伝えしても罪にはならなければよいのですが−昨夜の音楽は本当に素晴らしかった…」

デュトゥールは音楽好きで、自らもバイオリンを演奏するようです。その後、マーティンのビオラ(フランクリン号に楽器職人がいて、直してもらった)と合奏する音が、時々聞かれるようになりました。

マーティンは、特にデュトゥールが好きなわけではないのですが、スティーブンはデュトゥールを避けているし、他のガンルームメンバーは船の修理で猛烈に忙しかったので、話し好きのデュトゥールは必然的にマーティンと話す機会が多くなっているのでした。楽天的でエネルギッシュなデュトゥールとつき合っているにも関わらず、近頃のマーティンはなぜか憂鬱そうです。

マーティン、スティーブンのコカを批判する

私が何度も止めたのにも関わらず(聞こえてないって)、スティーブンはコカの葉を諦めていないようです。結局、シドニーでは入手できなかったのですが、ペルーには確実にあるので、上陸してコカを買うのを非常に楽しみにしています。

マーティンと仕事をしている時、そのことを何気なく口にすると、マーティンは言いました。「そういう薬には賛成できない。すぐに常習になる。パディーンとアヘンチンキがいい例だ。酒もだ。私の教区には7つも酒場がある。少なくとも、いくつかは閉鎖したい…試練の時も、酒やタバコに頼らず、自分の内なる強さのみで耐えるべきだという説教を考えている。」

マーティンさんが言っていることは正しいし、牧師として過度の飲酒に反対するのも、当然といえば当然なのですが…スティーブンが驚いたのは、マーティンが初めて何の遠慮もなくスティーブンを批判したことと、まったくマーティンらしくないその口調と声でした。

気まずい沈黙が流れた後、マーティンは「君を個人的に批判しているわけではない。君のコカの話から、別のことを思い出しただけで…」と言うのですが…

プリングズ、ドクターにフランクリン号を見せる

そこへ、ノートンがドクターを呼びに来ました。「フランクリン号が呼んでいます。プリングズ艦長の顎がまた外れたようです。」「すぐ行く。」

プリングズが8巻ラストで受けた刀傷は、表面的な傷を残しただけではなく、頬骨と顎関節にもダメージがあったようで、あまり大声を出しつづけた時などに、顎が外れてしまうようです。これを戻すのはデリケートな施術なので、彼の傷をよく理解している人、つまりスティーブンがやらなければならないのでした。

顎が無事に治った後、トム・プリングズは言いました−「ドクターがいらしたのが、ちゃんと装備の整った後でよかったです。カロネード砲の動きがとてもスムースなのをお見せできますよ。新しいクロス・キャットハーピンも、シュラウドも…」

夥しい数の専門用語を並べながら、プリングズはフランクリン号を隅から隅まで案内して回りました。すでに、自分の指揮船が可愛くてたまらないようです(微笑)。久々の、自分自身のコマンドですから…(長い間サプライズ号を指揮していたとは言え、やはりサプライズは「オーブリー艦長の艦」なので。)

スティーブンは、初めて海軍に入った時、ひょろりと痩せた士官候補生であったプリングズに、ソフィー号を案内してもらった時のことを思い出していました。「…彼の案内人は、今は体つきもがっしりして、顔は傷のために別人のようになっているが、あの時と同じ無邪気な人なつこさと、変わらぬ人生の喜び、海の上で過ごす人生の喜びで溢れていた。

プリングズがもろもろの装備を指差しては説明するたびに、スティーブンは「なんと、素晴らしい」と感嘆の声を上げながら、日が暮れ、ついに指差すものがなくなるまで、彼について船内を歩きました。

プリングズもかわいい。あれ、でも、1巻でソフィー号を案内したのはモゥエットじゃなかったかっけ?まあいいか(笑)。

「船を見せてくれてありがとう。このサイズでは、世界一美しい船だ。」「どういたしまして。長々とすみませんでした。」「とんでもない、マイディア。」「お休みなさい、ドクター。」

ドクターは礼儀からだけでなく、フランクリン号のツアーを心から楽しんだのですが…それは、船を見るのが楽しかったからではなくて、嬉しそうな、生き生きとした様子のプリングズを見るのが楽しかったからでしょうね。

ニッパードーリング教徒のヴィダル、デュトゥールを絶賛する

それでも、その夜に寝床に入ったスティーブンが考えていたのは、プリングズではなくマーティンのことでした。今日の言葉のことだけではなく、最近、マーティンの性格が変わったように思えること。

子供が大人になるとき、または人が老人になる時、性格が変わり気難しくなることはあるが、若くもなく年寄りでもない男にそれが起こるのは珍しい。海軍に入った時は貧しく、それでも人生の喜びに溢れていたのに…拿捕賞金で裕福になり、幸せな結婚をし、ジャックの推薦で教区を得て、安定した将来も手に入れた。しかし皮肉なことに、彼は以前より気難しくなり、不幸そうに見える。よく金の話をするようになり、かつてはあれほど熱中した珍しい鳥にさえ、喜びを感じなくなったと言う…

眠れなくなったスティーブンが艦尾甲板に上がると、当直士官のヴィダルがいました。明るい月夜で、甲板には夜露が降りていました。「教えてくれないか、ミスタ・ヴィダル…露が『降りる』というが、本当に空から降りるものなのかな?『降りる』のなら、月が曇らないのはなぜだい?」「さあ、私にはわかりません。今、マストで露を集めていますが。味は良くありませんが、下着の洗濯にはちょうどいいんで…例のとこに当たる部分に塩がしみてると、本当に参るんでね。」

「露のことですが、デュトゥールさんに訊いてみればわかるかもしれませんよ。本当に教養のある紳士です!」ヴィダルは熱をこめて言いました。「もっとも、ご専門は物理じゃなく政治と道徳の方ですが。彼の政治の話の素晴らしいことと言ったら!彼が計画していたコロニーの話…特権もなく、抑圧もなく、金も、欲もなく−全員が全てを共有して…法律家もいない、人々の声が唯一の法、唯一の裁判所である社会。誰もが好きなように神を崇拝し、完全に自由である社会なんです。」

「それは地上の楽園だろうね。」「そうです。みんな、デュトゥールさんがどんな人で、何を計画しているか知っていたら、彼を止めなかっただろうって言ってます。彼の計画に参加したかもしれないって。」「彼が捕鯨船や商船を拿捕したり、カラフアを助けてプオラニと戦争していたことはかまわないのかい?」「私掠船の方面のことは、ヤンキーの船長がやっていたことです。もちろん、敵に参加したりしませんよ。素晴らしいと思っているのは、コロニーのことです。平和と平等のことです。」

「平和と平等は、確かにいいことだ。」「でも、ドクターは首を振っていらっしゃる。戦争のことで彼を誤解していらっしゃるのですね。デュトゥールさんが全部説明してくれました。戦争を起こしたのは、カラフアが雇った、サンドイッチ諸島から来たならず者のフランス人で、デュトゥールさんには関係ないのです。デュトゥールさんは双方を説得してコロニーを築くつもりだったのです。彼なら誰だって説得できますよ。それに、デュトゥールさんの乗員たちに親切なことと言ったら…フランクリン号の捕虜によれば、船長とその助手たちは人使いの荒い連中だったそうですが、乗員が鞭で打たれないようにデュトゥールさんが庇ってくれたそうですよ。」

本当、汚いところは人にやらせる奴だ。それも多分、そうとは自覚せずにやっているところが、余計にタチが悪い…と思うのは私だけでしょうか。

でも、彼に心酔するヴィダルの気持ちはわかる。艦長にはとてもこんな話はできないけど、ドクターなら分かってくれるんじゃないかと思って話しているのでしょうね。

スティーブン、マーティンがこっそり薬を飲んでいるところを目撃する

結局ほとんど眠れなかったドクターが、いつもより早めに午前の回診に行くと、シックバースの甲板にちょっと珍しいカミキリムシがいました。四つん這いになって虫を追い、調剤室のドアのところで捕まえて顔を上げると、マーティンが薬を調合し、自分で飲んでいました。

スティーブンが立ち上がって咳払いすると、マーティンは「おはようございます」と言い、エプロンの下に素早くグラスを隠しました。彼の態度は堅苦しく、笑顔はなく−昨日のことを気にしているのかもしれないが、「まずいところを見られた」という態度でもあり…

二人が回診を終えて、なかなか症状の治まらない性病の患者の治療について話し合っていると、パディーンがひどく動揺した様子で調剤室から出て来ました。1時間前までグラスが10個あったのに、今は9個しかない、と言っているようです。

「すみません、私が薬を調剤している時にひとつ割って、パディーンに言い忘れていました。」マーティンが言いました。

リード、ドクターの協力を得て日誌をフランス語で書く

マーティンの性格が変わった原因に、スティーブンが思い当たったのはその時でした。彼は性病に罹っているか…少なくとも、自分が性病に罹っていると思い込んでいる。しかし、彼が自分で言ってこない限り、スティーブンが無理に診察するわけにはゆかないし、昨日のことでマーティンとの仲は冷たいものになってしまっている…

と、いうようなことをスティーブンがダイアナへの(多分、出すつもりはない)手紙に書いていると、リード君が腕の定期検診にやってきました。

「ドクターにお願いしたいことがあるのです。」包帯を替えてもらいながら、リードは言いました。「英国に帰ったら、海尉任官試験を受けようと思っているんです。」「まだ年齢が足りないんじゃないか?」「1年や2年はごまかせるんですよ。それに、このペースでゆくと、英国に帰るまでに19歳になるかもしれません。心配なのは、片腕なのが不利にならないかということです。」

「それで、考えたんですけど…日誌にフランス語で船乗りらしいことを書いたら、試験官の艦長たちは驚くんじゃないかと思って。」「驚くだろうな。」「僕の班に元フランクリン号の水兵がいます。僕が指差したものを彼にフランス語で言わせて、ドクターが綴りを教えて下さったら…もし、お手間でなければですが。」「もちろんかまわないよ。」「ありがとうございます!」

フランクリンを拿捕した時のセリフから判断すると、リード君のフランス語はなかなか堂々としたもののようです。だから専門用語さえわかれば、あとは書けるのでしょうね。「日誌にフランス語」作戦が、どの程度うまく行くかはわかりませんが…もし試験官がジャックみたいな人なら、すごく感心してくれるでしょうね。

艦長、プリングズたちをディナーに招く

その日の艦長室のディナーには、プリングズとスティーブンとマーティンが招かれていました。マーティンの態度を心配していたスティーブンですが、彼は礼儀正しく、明るく振舞い、食後に合奏した時も、そこそこ上手にビオラを演奏しました。

その日のディナーは、主にプリングズのためのものだったので、三人は彼の知っている歌やダンス曲を演奏し、時々ジャックとプリングズが歌いました。お開きの時にジャックがマーティンのビオラを誉めると、彼は「ミスタ・デュトールに教えてもらってよくなりました」と言いました。「彼は音楽の知識が豊富です。演奏するのも大好きだそうです。」「ああ、そうか?…トム、望遠鏡を忘れて行くなよ。」

マーティンが遠回しにほのめかしていることを、気づかないフリするジャックでした。