Chapter 4-2 〜 グンカンドリの解剖学


デュトゥール、スティーブンに一緒に演奏したいと言う。スティーブンを思い出す。

その2日後、デュトゥールはもっと直接的に希望を伝えることにしました。

「第二バイオリンとして演奏に参加させてもらえたら、非常に嬉しいのですが。私は名手ではありませんが、名手と合奏したことはあります。そうすれば弦楽四重奏ができます。四重奏こそ音楽のエッセンスだとお思いになりませんか?」デュトゥールがそう言ってきた時、スティーブンはその大胆さに驚きましたが、金持ちというのは自分の希望が通ることに慣れているのだ、と考えました。

「ご希望なら、艦長に伝えておきます。しかし、艦長はこれを非常に個人的な、非公式なものと考えていると思いますが。」「もしそうなら、遠くから聴かせていただくだけで満足することにしましょう。しかし、機会がありましたらお伝え願えればありがたいです。…ところで、フランクリン号では何をしているのですか?」

スティーブンはマストに補助帆ブームをつける作業を説明しましたが、デュトゥールがわからないようなので、フランス語の説明を付け加えました。先日、リード君のフランス語日誌作戦を手伝ったおかげで、フランス語の帆船用語を覚えていたので…

デュトゥールは彼の顔をまっすぐ見つめて、言いました。「動物や鳥の名前に加えて、帆船用語までフランス語でご存知とは…我々の言葉をよくご存知のようですね。以前にお会いしたことがあるような気がしてきたのですが…もしかして、ジョルジュ・キュビエ(※)とお知りあいではありませんか?」「紹介されたことはあります。」「マダム・ローランのサロンにいらっしゃいませんでしたか?」「おそらく、私の従兄弟のドマノーヴァのことでしょう。よく間違えられるのです。」「そうですか。しかし…どういうわけで、あなたにドマノーヴァという名の従兄弟がいらっしゃるのですか?」

スティーブンは驚き、これには答えませんでした。「失礼、立ち入ったことをお聞きしました。」「いえ、別に…」歩み去りながら、スティーブンは考えていました−「彼は私を思い出したのだろうか…我々の目的に勘づいたか?…私はどうして、口を閉じておけないのだろう?」

「イトコのドマノーヴァ」という言い訳は、1巻にも出てきたような。…かえってヤブヘビになるような嘘だと思うのですが。どうかしら?

※キュビエについては7巻1章を参照。

ジャック、デュトゥールの悪口を言う。スティーブン、奴隷制への怒りを表明する。

「穏やかで気持ちのいい日が続くなあ。まるで陸にいるみたいだ。しかし、ジャック、雨の見込みはないのか?…すまない、計算の邪魔をしたかな。」「12かける6はいくつだっけ?」「92だ。僕のシャツは、汚いが快適な状態で着ていたのに、キリックが勝手に塩水で洗ってしまって…」「雨の見込みはない。でも今、フランクリン号の拿捕賞金の計算をしていたんだ。少しは慰めになるかもしれない。」「それはいいね。」

「…フランクリン号で思い出したが、デュトゥールが一緒に演奏したがっていたよ。」「そうじゃないかと思っていた。厚かましいにもほどがある。あんな革命思想の、国王殺しの、レター・オブ・マークもなしで海をうろつきまわってわが国の商船を攻撃していた、縛り首になって当然の海賊と変わりない男、タルティーニ並の名手だって招待するものか−最初に噂を聞いた時から嫌いだった。」「彼には美点もある。」「ああ、少なくとも臆病者ではないな。それに、自分の仲間には親切だ。」

「彼と彼の思想を尊敬している者もいる。」「シェルマーストンから来た連中だな。いい船乗りたちだが、口のうまい奴には騙されやすいんだ。根っからの軍艦乗りたちは、おれと同じぐらい彼の思想を嫌っている。」「たしかに、彼の思想はおおむね机上の空論だ。1789年には、僕自身希望を持っていたが…今となっては、彼と僕が合意するのは奴隷制についてだけだろう。」

「奴隷制か…おれは、たしかに自分が奴隷になるのは嫌だけど…ネルソンは賛成だったからなあ。奴隷貿易を禁止したら、わが国の海運は滅びると言っていた。黒人だったら、もう少し自然に感じるのかもしれない。そういえば、何年か前バルバドスで、君はボスヴィルという奴をこてんぱんにやっつけていたな。奴隷たちは奴隷の身分を好んでいて、彼らを親切に扱うのは主人にとって良いことで、奴隷制廃止は黒人たちにとって『慈悲への道』を閉ざすことになると言っていた奴だ…やれやれ、あんなに強い言葉を君から聞いたのは初めてだったよ。決闘を申し込まれるかと思った。」

「ボスヴィルか…あの神聖ぶった偽善者め、地獄に落ちるといい…何が『慈悲への道』だ…鎖と鞭と焼印を使う慈悲なんて。決闘を申し込まれたら喜んで受けて立った。ネコイラズでも飲ませる方がお似合いだが。」「ずいぶん怒っているんだな。」「思い出しても腹が立つんだ。あの醜い、たるんだ身体の、着飾った、思い上がった、自己満足の、無知蒙昧の、浅薄な、底意地の悪い、卑怯者の若造が1500人もの黒人に対して生殺与奪の権を握っていると思うと、今でも怒りに身体が震える。あの場にレディがいなければ、蹴飛ばしてやったところだ。」

スティーブンが怒ると、ボキャブラリー豊かな罵詈雑言が雪崩のように出てくるので、つい全部書き出したくなります(笑)。この場合、気持ちはとってもよく分かるけど。

トーマス・キッド・シリーズの3巻にも、やはりバルバドスで、信心深くて真面目なのに、奴隷に関してはこのボズウェルと同じような考えを語る工廠長が登場していました。(聞いているキッドは「はあ、そんなもんか?」って感じでしたが。)読んでいて腹が立ったなあ。スティーブンほどではないけど。

スティーブン、グンカンドリの解剖で新発見をする。マーティン、動物の解剖を(今さら)批判する

翌日、マーティンが「頭痛がする」と言って寝込んでいたので、スティーブンは一人で回診を済ませた後、イカと鳥の解剖に午前を費やしました。イカは途中でガンルームのコックに持っていかれてしまったのですが、鳥の方は大満足でした。

彼がグンカンドリ(フリゲート・バード)を本格的に解剖したのは、その時が初めてで、始めた時から、人生最高の解剖学的発見をする予感がしていました。そして、キリックがガンルームのディナーに呼びに来て、解剖途中の鳥を残してキャビンを離れた時には、彼の顔は喜びに輝いていました。

ガンルームで彼の隣に座ったマーティンは、やつれて青白い顔をしていました。「少しは良くなったか?」「完全に治ったよ、ありがとう。一時的なものだ。」「よかった。君を喜ばせる発見をしたばかりなんだ。グンカンドリの胸郭部の骨格は鳥類の中でも特殊なもので、この鳥の飛翔方法と関係あるかもしれない…」

大発見を熱心に説明するスティーブンですが、マーティンは無表情のままでした。「たしかに、多少の興味はある。君の標本がちゃんとしたものなら、鳥の命を奪ったことを正当化できるかもしれない。しかし、何の意味もなくなされる解剖の何と多いことか。解剖は殺しを正当化するためだけに行われるのではないかと思うこともある。」

明らかな悪意がこもっているマーティンの反応は、よくある病人の八つ当たりかもしれないと思うスティーブンですが…それでも、彼は傷つき、深く失望し、その後マーティンとは話しませんでした。

余人は知らず、他ならぬマーティンが鳥の解剖を批判する日が来ようとは。ほんと、どうしちゃったの?という感じですが…コカと酒を批判した時と同様、一応、牧師として「道徳的に正しい」ことを言っているのが憎らしいじゃないですか。

スティーブン、ルソーを批判する

その日のディナーにはデュトゥールもいて、いつにも増して大きな声で演説していましたが、大発見の喜びとマーティンへの苛立ちで頭がいっぱいのスティーブンは聞いていませんでした…「ドクターはジャン=ジャックの思想に共感されないのですか?」というデュトゥールの声で現実に戻されるまでは。

「ルソーのことですか?友人に強制されて『告白』を読んだことがありますが、従兄弟の神父の話を思い出しました。架空の罪の告白に悩まされているという話です。」「ルソーの話を疑うのですか?」

「疑わざるを得ません。彼は愛人に生ませた4〜5人の子供を見捨てて孤児院へやったと告白していますが、これは彼の唱える『家庭の愛情の大切さ』とも、『エミール』に書かれた教育理論とも大いに矛盾する。子供の教育に関しては偽善者であると彼を断罪しないためには、これは『架空の赤ん坊』であったと判断せざるを得ません。」「率直な心の持ち主なら、赤ん坊のことは理解できるはずですが。偏見にとらわれた、進歩と啓蒙を憎む、特権と因襲を愛する、人間の本来の善良さを信じない心には、何を言っても無駄ですね。」

ジャン=ジャック・ルソーの思想と、スティーブンの彼に対する批判について、その是非を云々する知識は私には到底ありませんので、ここではデュトゥールを批判するだけにとどめておきたいと思います。

自分の思想、あるいは自分が心酔している思想家の「ある一点を」批判されただけで、即、相手が無知、または旧弊な考えの持ち主と決めつける人は…よくいるけど、危険なタイプだと思います。

スティーブン、ジャックにグンカンドリを見せる

「ジャック、重大な罪を告白してもいいか?」「遠慮なく。しかし、ガンルームからこのキャビンまでの間に重罪を犯すことができたとしたら、君は相当な悪の達人だな。」「不機嫌のあまり、デュトゥールとルソーに八つ当たりしてしまった。」「デュトゥールも不機嫌だったから、喜んでケンカを買っただろう。フランクリンの金を引き渡すように言ったから…」「彼の金を取り上げたのか?」「彼の金じゃない。個人の財布は返した。拿捕船から奪った船の金だ。たくさんあった。彼は不満そうだったが、何を期待していたんだろう?我々は慈善団体じゃない。」

「今朝、すばらしい発見をしたんだ。論文に書いたら、ロイヤル・ソサエティは大騒ぎになるだろうな。キュビエは驚くだろう。」ジャックが船の動きを説明する時のように、彼はワインでテーブルに絵を描きながら、高い飛翔を可能にするグンカンドリの胸骨の構造を説明し、ジャックは熱心に聞き入りました。

「よく分かるよ。その通りだと思う。ほら、ここだ−右舷開きで詰め開きにしている時のメインヤードと同じ形だ。ここが左舷のブレースだとして…こうすると、船は飛ぶように走る。同じことかな?」「もちろん。隣の部屋にきてくれれば、実際に骨を見せて説明するよ。途中でディナーに呼ばれてしまったから、まだきれいな骨格標本になっていないけど…君は血や粘液は平気だろうから。」

スティーブンは長年ジャックの友だちをやっているし、鈍感なタイプではないのですが…それでも、ジャックが「冷たい血」、つまり戦場以外の血がとても苦手なことを知りませんでした。海戦の時は、足首まで血に浸かってずんずん進めるジャックですが、ニワトリを絞め殺したり、ましてや手術や解剖などは、平気とは程遠いのですが…

それでも、友だち思いの彼は断ることができず、今や死体置き場のような臭いを発しているキャビンに入り、スティーブンに渡された鳥の叉骨を指でつまみ、首を傾けて彼の説明を聞きました。

「…その様子は、いやな役目を一生懸命果たそうとしている大きな犬にも似ていた。…しかし、任務を完遂した時、説明がようやく終わり、良心のとがめなしに新鮮な空気の中に戻ることができた時、彼は何と幸せだっただろう!」

…ビクターの犬みたい。"His Master's Voice"ですね(笑)。ジャックといえば熊だけど、大きな犬というのもいいなあ。

鳥の解剖学の説明を、船になぞらえて熱心に聞くジャックが、すごく好きです。(それもフリゲート・バードだし。)二人の象徴みたい。

それにしても…ジャックはかわいい。もう言ったっけ?