Chapter 6 〜 ペルーへの上陸


サプライズ号とフランクリン号、別行動をとることに

こうして、捕鯨船と海賊船アラスター号、2隻を拿捕したサプライズ号。アラスターの船倉にいた12人の黒人と化粧した少年は…どこかの船から奪った積荷だったのでしょう。

この後、プリングズがサプライズ号を指揮して、拿捕船を連れてカヤオ港(ペルー)に行き、そこで二隻の売却を済ませ、ホーン岬回りの帰途に備えてサプライズの修理を済ませる。ドクターはサプライズに乗ってペルーに上陸し、いよいよ本来の任務(ペルー独立の支援活動)を行う。

サプライズ号の修理とドクターの任務が終わるまでの間、オーブリー艦長はフランクリン号を指揮して私掠船としての活動をする。アラスター号がちょうどいいランチ(大艇)を持っていたので、これを時々カヤオまで使いに出し、様子を伝えさせる。

…今後の各自の行動予定は、このようになっているのですが…

スティーブン、フランクリン号でジャックを診察する。負傷したジャックを置いて行くのが心配

「君を置いてゆくのは気が進まない。脚の槍傷は治るだろうし、弾が頭皮をかすった傷は大した事ないが…ピストルのワッド(火薬を押さえるための詰め物)が目に入ったのが気になる。」

「スティーブン、もし万一、サムが会いに来たら…まだペルーにいるかどうかわからないし、会いに来る理由はないのだけど…よろしく伝えてくれ。アラスター号の黒人奴隷をどうすればいいか聞いてほしい。水兵としては役に立ちそうにないし、ペルーは奴隷国だから、上陸したら捕まって売られてしまうかもしれない。そうはしたくない。英国船に足を踏み入れた時から、法的に自由人だし…この法律が、奴隷貿易とどうつじつまが合うのか、よくわからないが…」

「英国は1807年に奴隷貿易を禁止している。現実には続いているが、違法な活動だ。」「そうだっけ?1807年には、おれたちどこにいた?」ジャックは、過去の航海を頭の中で辿りました。

1807年は3巻と4巻の間。ジャックとスティーブンは一緒にいなかったし、ジャックは陸にいたはずです。双子が生まれた頃?ジャック、頭をかすった銃弾のせいで少しボーっとしてる?それとも、陸にいる時の記憶は薄いのかな?

「捕虜宣誓したフランス人をカヤオに解放しようと思っている。ニューオリンズで薬剤師の助手をしていた男がいるから、君と一緒に行かせよう。人手不足だろうから、役に立つだろう。」「そんな男がいるなら、君の方に残した方がいい。」「いや。おれの方はキリックが面倒を見てくれる。君の指示通りにな。和平の前から、ずっとそうしてきた。」ここで言い争っても無駄だと分かっているので、スティーブンは黙っていました。

「フェビアンという名だ。他の連中と一緒にサプライズへ移す。行きたい者は全員行かせるつもりだ。」「デュトゥールも?」「ああ、そうするつもりだが…」「ぼくの立場から言えば、それは政治的に好ましくないかもしれない。」彼が諜報活動のことを言っているのだと理解して、ジャックはうなずきました。

最後に、スティーブンはジャックの目の包帯をとって傷を診察しました。「必ず1日3回、キリックに薬を塗らせて包帯を替えさせると、ソフィーの首にかけて誓いたまえ。やり方はキリックに詳しく指示してある。」「誓います。」ジャックは右手を上げて言いました。

「スティーブン、ミスタ・マーティンによろしく伝えてくれ。あんなにひどい体なのに、戦死者の水葬に出ようとしてくれたのは立派だった。ほとんど立てないというのに。」「衰弱しているだけじゃなく、バランス感覚を失ってしまったんだ。もう戻らないだろう。海の生活はもう無理だ。」「海を去るのか。それは気の毒に…気の毒に。」

「さあ兄弟、ボートが待っている。そろそろ行った方がいい。ここ数日、娼婦のベッドにいるクマみたいに不機嫌ですまなかった。」「全然そんなことはない。むしろ逆だ。」

「デュトールには、残念だがフランクリン号に残ってもらうと伝えておく。最後に、スティーブン…君の仕事はいつまでかかるか、見当つくかい?」「1ヶ月で終わらなければ、永遠に終わらないだろう。サプライズ号に伝言を残して行く。それでは、神の祝福を。」

正しい慣用句:like a bear with a sore head =頭痛がするクマのように(機嫌が悪い)
オーブリズム(オーブリー式慣用句): like a bear in a whore's bed =娼婦のベッドにいるクマのように(??)

「娼婦のベッドにいるクマ」の逆なら…「クマのベッドにいる娼婦」?「クマのベッドにいる少女」なら、ゴールディロックスちゃんですが。

…感動的な別れのシーンを、こういうことを言って台無しにしてくれるジャックが大好きです(笑)。

サプライズ号に戻ったスティーブン、海戦の負傷者たちとマーティンを診察する

サプライズ号に戻ったスティーブンは、負傷者で混み合ったシックバースを回診し、その後、サラと一緒に甲板に出て、美しい夕日の中を西へ去るフランクリン号を見送りました。「もう一度会う日まで、毎日7回、天使祝詞(お祈り)を唱えます。」サラは言いました。

その後、ドクターは個室に寝かせている重傷者を診察しました。マスケット銃弾を受けたグレンジャーは、順調に回復中ですが、気にかかることがあるようです。

「さっきヴィダルがフランクリンから戻ったのですが、デュトゥールさんがカヤオへ行けないと知って動揺しています。ヴィダルはデュトゥールさんと彼の思想を尊敬していますから。アラスターの気の毒な黒人たちを自分のポケットマネーで解放するとおっしゃってました。紙切れ一枚がないばっかりに、彼が海賊として処刑されるんじゃないかと、ヴィダルとニッパードーリングの連中は心配してます。デュトゥールさんが海賊だなんて、とんでもない!アラスターの連中は、あれは海賊です。デュトゥールさんは違います。教養ある、隣人愛に溢れた人です。」

フランクリン号がもう行ってしまったことをドクターが告げると、グレンジャーはがっかりしたようでした。

その後はマーティンの診察。「皮膚炎は改善しているが、眩暈はひどくなっているし、肺も心臓も思わしくない。一刻も早く、君を上陸させたい。揺れない地面と野菜中心の食事が奇跡を起こす事がある。」「そうだね。それに…さっき変な事があったんだ。目を覚ました時、トドの吠え声が聞こえて…それだけで心が弾んだ。子供の時みたいに。いや…ニュー・サウス・ウェールズにいた時までのように。」

二人はしばらく、患者たちのことを話しました。話が性病患者のことに及ぶと、マーティンは言いました−「言っておかなければならない事がある。」

彼は、重症の性病患者に使う水銀治療を自分に施したことを告白しました。しかも分量が分からなかったので、適量の十倍もの量を飲んでいたと…「軽率だったが、藁をもつかむ思いだった。他の薬は効かなかった。」「罹っていない病気を治すことはできない。いずれにせよ、早く入院して毒物を出さないと…」

「必死だった。私は穢れて、穢れて…水兵の言うように、『生きながら腐って』いた。恥ずべき死だ。多分、正気でなかったのだろう。塩かぶれだと君が断言してくれるまで、罪深い病気だと思い込んでいた。ディア・マチュリン…私は意地の悪い態度をとっていた。わざと悪意をもってふるまっていた。」「今夜は目覚めるたびに、雨水を飲むように。少しでも水銀を出さないと…とにかく、一刻も早く入院させたい。」

「生きながら腐る」というのは、おそらく、「動物のお医者さん」で言うところの『女と男の不名誉』パリダちゃん、つまり、梅毒スピロヘーダのこと…なんて、呑気なこと言っている場合ではない。抗生物質ができるまでは、恐ろしい病気だったようです。それにしても、仮にも軍医助手が、塩カブレをそれと間違えるとは…罪悪感のせいなのかな。

サプライズ乗員たちも、私も、マーティン氏にはなんとなく冷たかったけど…ここまで苦しんでいると、可哀相な気もします。「罪」と言っても、クラリッサは全然気にしてないし、奥さんに知られて傷つけたわけでもないし、いいんじゃないかという気もしますが…新教の牧師だとそうもいかないのかな。

スティーブン、ペルーに上陸し、マーティンを商船で帰国させる

カヤオ港に入港したサプライズ号と二隻の拿捕船。

スティーブンは、早速マーティンを入院させる病院を探しましたが、やっと見つけた病院は掘っ立て小屋のようなひどい所で、とても重症患者を入院させられるような状態ではありませんでした。しかし幸い、病院の前で昔の友人ギアリーに偶然再会しました。

ギアリーはパリとダブリンで一緒に医学を学んだスティーブンの旧友で、たまたまカヤオに入港している英国商船の船医をしていました。スティーブンがマーティンの容態を詳しく説明すると、ギアリーは「自分の船に乗せて帰国させてはどうか」と申し出てくれました。彼の船は、あちこちの港に寄航しながらゆっくり航海しているし、ホーン岬ではなくマゼラン海峡を通って帰国するところなので、病人の身体にもあまり障らない、おだやかな航海になるだろう…

結局、それがベストと判断したスティーブンは、マーティンを旧友に預けました。彼はパディーン、サラ、エミリーと一緒に丘に登り、マーティンを乗せた商船が水平線に消えるまで見送りました。

ナサニエル・マーティン牧師の登場場面は、これが最後となります。8巻で鳥好きの無邪気な牧師として登場した時は、こんな結末になるとは思わなかったなあ。人生いろいろです。結末と言っても、死ぬわけじゃなくて、英国に帰ってジャックの推薦で得た教区の牧師になって、奥さんと静かに暮らすのでしょうけど。こんなことがあった後で、牧師として信者を導いてゆけるのかな?でも、この経験によって、かえって人の悩みがわかる牧師になれるような気もします。

ドック入りしたサプライズ号を訪ねてサム・パンダ神父(ジャックの息子)が来る。

さて、プリングズはいつものように、船の修理・装備に忙殺されて走り回っていました。「艦長がランチをよこして、追加の人員をフランクリンへ送るように言ってきたのです。そういう命令は予想していたのですが、こんなに早いとは…ああドクター、病室をアラスター号に移しましたから。…それと、お留守の間に神父が訪ねてきました。艦長に似た人です。艦長が怪我をしたと聞いて心配していました。明日また来るそうです。これが手紙です。」「ありがとう、トム。」

手紙はサム・パンダからでした。彼は今はリマ(ペルーの首都、カヤオの近く)の教会にいるようです。スティーブンのとりなしで司祭になって以来、彼はその勤勉さと優秀さでめきめき出世しているようで、高位聖職者になるのも遠くないだろう−と、スティーブンは聞いていました。彼はサプライズが入港したと噂で聞き、艦長が怪我をしたと聞いて心配していました。

スティーブンは、アラスター号に移されたシックバースで、元薬剤師のフェビアンに留守中の処置を指示し、リマへ向かいました。

スティーブン、リマへ向かう道の途中でサムに会う。

カヤオとリマを結ぶ道をとぼとぼ歩きながら、スティーブンは時々空を見上げていました。これは鳥を見逃さないための習慣だったのですが、空高く滑空する2羽のコンドルを見つけたことで報われました。コンドルが飛び去るまで望遠鏡でたっぷり観察したスティーブン。ニコニコしながらリマへ歩きつづけると、背の高い黒い馬に乗った背の高い黒人が現れ、微笑を返してきたので、彼の微笑はますます広がりました。

サムは馬から飛び降り、二人は温かい抱擁を交わしました。「艦長のお加減はいかがですか?」「大丈夫だが、目の具合が心配だ。彼の命令で彼を置いて来ざるを得なかった時、炎症が治まっていなかった。太腿の傷は、もう治っているだろうが…君によろしくと言っていた。カヤオに入港したら食事しようと言っていた。」「それは、是非!馬にお乗りになりませんか?私が手綱を引きます。」「君が歩いて、私が馬の上から君に話すのか?大天使ラファエロがトビーに話すみたいに?とんでもない。」

トビー(トビアス、トバイアス):旅の途中で大天使ラファエロに助けられた少年。

スティーブンとサム、奴隷制について話す

サムは途中のパブに馬を預け、二人はカヤオに向かって歩きながら話しました。スティーブンはアラスター号の黒人たちについて相談しました。

「艦長は私ほど奴隷制に強く反対していないのだが(私たちの意見が違う数少ない点だ)、せっかく得た自由をまた失わせるのは正しくないと思っている。君の意見をもらえたら有難いと言っていた。」「彼らがここで自由人として暮らせる手段はあります。サトウキビ畑の仕事なら、簡単に見つかるでしょう…しかし、賃金はよくありません。」「賃金が悪くても、奴隷として暮らすよりはましだろう?」「もちろん、奴隷に比べれば、何だってましですよ!」サムは、いつも穏やかな彼らしからぬ情熱をこめて言いました。

「私はブラジルで多くの黒人奴隷と接してきました。西インド諸島の奴隷制も酷い物でしたが、ブラジルとは比べ物になりません。家庭用の奴隷には、まともな扱いもあるでしょう…しかし、奴隷主は常に暴力の誘惑にさらされる。誘惑にさらされ続けて影響を受けない人間はいません。まして、産業奴隷制には許容の余地はありません。奴隷と主人の両方を腐敗させます。ポルトガル人は親切な、愛すべき人々なのに、ここの農場や鉱山では…すみません、ドクター、くどくどとまくし立ててしまって。あなたの方がよくご存知でしょうに。」

「とんでもない。私には君の十分の一の経験もない。が、奴隷制が邪悪だということは知っている。私の若い頃、初期のフランス革命は奴隷制を廃止したが、ボナパルトが復活させてしまった。彼は邪悪な人間だ。邪悪な体制だ。大司教も君と同意見かい?」「大司教は、もうお年でいらっしゃるので…司教総代理のオヒギンス神父は同意見です。」「私の友人は、イギリス人もアイルランド人も、多くは奴隷制廃止論者だ。」

「…ほら、サム、ここからアラスター号が見える。サプライズの修理中、あの船に寝泊まりしている。サラとエミリーに会ってくれ。二人はもう立派なカトリックだが、教会に行ったことがないんだ。気の毒な黒人たちにも会ってほしい。アラスターが売られてしまった時のために、患者の宿泊場所も考えないと…それから、サム、後で時間がある時、ペルーの世論について聞かせてくれ。奴隷制だけではなく、自由貿易や、植民地の代表選出権、独立などについて。」