Chapter 8 〜 リャマとフレンチ


く、くだらないダジャレですみません…(<7〜8章の題)

さて、スティーブンを救うために決然と出航したジャックたちのランチが、強烈な「アンデス颪」(?)に翻弄されている間、スティーブンはリマで着々と任務を遂行していました。

スティーブン、意外なほど順調に任務を進めている

「時期を逃してしまったのではないか」という最初の懸念にもかかわらず、今のところ順調に進んでいる最大の理由は、ウルタード将軍の協力が得られたことでした。将軍は元マルタ騎士団のメンバーであり、マチュリンもかつて騎士団とは関わりがあったので、共通の友人が多かったことから、最初に狩りをした時から意気投合したのでした。

将軍はスペイン王家とも親戚の大貴族で、家柄を重んじる超〜誇り高い人物。自分の血筋に十分な敬意を払わない現国王や現総督と仲が悪い、ということもあるのですが…それだけではなく、正義感の強い奴隷制廃止論者であり、軍内ではこよなく尊敬を集めている、赫赫たる戦歴を誇る有能な軍人でもあります。

また、ちょうどタイミング良く、総督が北方のゴタゴタを収拾しにリマを離れたこともあり、この2週間で、物事はマチュリンさえ予想していなかったほどとんとん拍子で進みました。ウルタード将軍とオヒギンス司教総代理の良好な協力関係のおかげで、教会も、陸軍のキーとなる諸部隊もおさえられたし、マチュリンの豊富な軍資金のお陰で、地方長官の一部も味方につけた。

これから一気に陸軍が国内の要衝をおさえ、無血革命をなしとげて臨時政府を立上げ、独立宣言を発行し…総督がリマに戻った時には、独立を"faits accomplis"(既成事実)としてつきつける準備が整いつつありました。

…以上のようなことをサー・ジョセフへの中間報告に書き、パナマ地峡を越えて大西洋側に行く速達便に出した後、スティーブンはラバにまたがり、山へ向かいました。

その日は火曜日で、その週の金曜日には、山中の修道院で関係者全員が顔を揃える集会が開かれる予定。その事前準備としてのミーティングが翌日の水曜早朝に行われる予定でした。

スティーブン、ラバに乗って山中の修道院に向かう

山を吹き降ろす強風を顔に受けながら、オヒギンス神父が貸してくれた賢いラバ(名前はホセリート)にまたがり、防寒ポンチョを着て山を登るスティーブン。珍しくも、まわりの鳥や昆虫もほとんど目に入っていませんでした。これからの8日間で成否が決まる大作戦−それも、かなり成功の可能性が高い大作戦のことで頭が一杯だったので。

さすがのスティーブンも、一つの国の独立という、これほど重大な結果をもたらす任務に参加したことはなく、またこれほどのスピードで事態が進展した経験もなかったので、彼としては本当に珍しいことに、かなりの興奮状態でした。

目指す「聖ペドロ修道院」が位置するのは、アンデスの巨峰に比べればせいぜい「低めの中腹」とは言え、それでも軽く千メートル級。スティーブンでも不安になるほどの急坂また急坂を、ラバはねばり強く何時間も登りつづけ、何とか日暮れまでに目的地に到着。ホセリートは、修道院の門で出迎えたご主人(オヒギンス神父)に駆け寄って甘えました。

「この風では、大変な行路ではありませんでしたか?」「いえ、大丈夫です。上陸してすぐでなければ、遠く感じなかったでしょう。ホセリートのような素晴らしいラバに乗っていたのですから。…しかし、この風では、海にいる人々が心配です。我々には風をよける壁があるが、彼らには逃げ場がない。」「まったくです。彼らに神の守護を。」「アーメン。」

事前ミーティングが行われる。スティーブン、ゴメス神父の甥のエデュアルドに会う

翌朝の事前ミーティングの主な議題は、総督府の高官カストロを参加させるか否かでした。カストロは総督の諜報関係の仕事を一手に行っている役職なので、味方に引き入れる価値はあるが、とにかく日和見主義の、信用できない男だ。すでに遠回しな打診はしているが、金曜の集会に呼んで本格的に参加させるべきだろうか?

結局、ウルタード将軍の「あんな人間を仲間に入れるべきではない」という主張が通り、呼ばないという結論になりました。ミーティングが散会した後、スティーブンは修道院に残り、ゴメス神父の甥のエデュアルドに紹介されました。

エデュアルドはゴメス神父と同様、地元で尊敬されているインカの古い家柄の出身で、修道院の近くにリャマ(ラマ)の牧場を持っていました。動物に詳しく、特に鳥好きとあって、スティーブンとはもちろんすぐに意気投合。「ようやく、南の海の鳥について教えてくれる人に会えました!」と喜ぶ彼に、スティーブンはアホウドリの話を、エデュアルドはアンデスの鳥の話を、時間も忘れて熱心に語り合うのでした。

ガジョンゴス、リマにデュトゥールというフランス人が来て騒ぎを起こしていると言う

しかしその後、リマからガジョンゴスが来て、気になるニュースを伝えました。リマにデュトゥールというフランス人が現れたというニュース。

デュトゥールは「サプライズ号でオーブリー艦長に捕虜として虐待され、財産を掠奪された。」(<何を〜)「サプライズは私掠船ではなく軍艦で、マチュリンは英国のエージェントだ」と言う話を広めまわっている。

とにかく騒がしい、お喋りな男で、フランスの諜報員を公共の場所でつかまえては、大勢の他人の前で秘密も何もなく大声でまくし立てるので、フランスのエージェントたちはたまらず逃げ出したらしい。とにかく、大変な大騒ぎを起こしている。

「フランス人はあんなにお喋りな男を信用しないだろうし、事態がここまで進んでいれば、影響はないでしょう。まもなく陸軍が権力を掌握するし、デュトゥールが政府に訴えようにも、訴える先がない。」「私もそう思います。が、知らせておくべきだと思いました。デュトゥールをどうしますか?とにかく、猛烈な勢いで騒ぎ立てているのです。」「宗教裁判所に密告しては?彼は最悪の異端者です。」

スティーブンは冗談で言ったのですが、ガジョンゴスはにこりともせず、馬で去りました。

悪名高いスペインの宗教裁判所(異端審問所)。中世のイメージが強いのですが、廃止されたのは1830年代、つまりこの時代にはまだあったのですね。「ペルー支部」は、この頃もまだ活動していたらしい。

それと…ここを読んで、なぜ私がこんなにデュトゥールが嫌いだったのか、これが最大の理由だったのを思い出しました。ジャックの寛大な扱いの、どこが虐待なんだ!(合奏に混ぜてもらえなかったこと?)自分の船がやっていたことよりずっといい待遇だし、個人の財布だって返したのに。まさに誹謗中傷だわ。しかもこの人の場合、自分が嘘を吐いてるという意識はないかもしれないので、余計に始末が悪いのよね。

もしかして、サプライズ号で真水や食糧が不足していた時の普通の扱いを「虐待」だと思っているのかもしれない。何のかんの言って、贅沢な貴族育ちだし、自分の船では全てにおいて特別扱いされていただろうから、食事や水が少なくなることなんて経験なかったのかも…。そういう人が「人間の平等」なんて説いているのも何だかな〜。

スティーブン、エデュアルドにリャマ牧場を案内してもらう

その午後、スティーブンはエデュアルドに彼のリャマ牧場まで案内してもらいました。「風が少しおさまりましたね。」エデュアルドは言いました。「しかし、この季節にこんな低いところで、これほどの強風が吹くのは珍しいことです。」

どうやら、アンデスもこの年は異常気象のようです。それでジャックは風を読み違えたのね。

二人はコカの葉を噛み、リャマやその先祖のグアナコヴィキューナアルパカピューマなど、この近くに見られる動物の話をしながら山を登りました。(リャマは乗用だけど、ヴィキューナやアルパカは高級ウールのとれる動物ですね。)

リャマ牧場に着くと、インディオの少女がリャマから飛び降り、エデュアルドに駆け寄って彼の膝にキスをしました。(<尊敬の挨拶らしい。)エデュアルドに会って喜び、微笑み、笑い声さえ上げている従業員たちを見て、スティーブンは驚きました。彼が今までに会ったインディオたちは、みんなひどく陰気だったので…

エデュアルドは牧場で育てているリャマとグアナコを彼に見せてくれました。彼が純白の見事なリャマに見惚れていると、一頭のグアナコが彼の背後から強烈な頭突きをかましてきて、彼は顔からばったりと倒れ…みんながスティーブンを助け上げたり、土を払ったり、謝ったり、大騒ぎ。「すみません。」「たいしたことはない。大丈夫だ。」

落ち着いたスティーブンが再びリャマを観察していると、リャマは彼の顔に、ぱっと見事につばを吐きました。再び大騒ぎ。遠くで見ている子供たちは、おなかを抱えて笑っています。「すみません、すみません…リャマは時々、白人にはああすると聞いていたのですが…お話しているうちに、あなたが白人なのを忘れていました。」

日暮れが近づいて、二人は修道院まで山を下りました。

「エデュアルド、インディオは陰気な人々だという私の無知を、君が晴らしてくれた。」「古代からの文化を持っている人々が、その文化から引き離され、言語も歴史も意味のないものになってしまったら、陰気にもなるでしょう。もちろん、本物の宗教をもつ利点はありますが…」

帰り道、谷の向こう側で上空を旋回するコンドルたち見え、その下に羊を食べているピューマがいました。スティーブンはゆっくり望遠鏡で観察し、エデュアルドに感謝しました。「これを見られてよかった。エデュアルド、ピューマを見せてくれてありがとう。高貴な動物だ。」

オヒギンス司教総代理、デュトゥールの騒ぎでカストロが寝返ったと告げる

翌日の早朝、サムがスティーブンを起こしに来て、深刻な顔で「オヒギンス神父からお話があります。」と言いました。

オヒギンスの話は、デュトゥールのことでした。彼が騒ぎを起こしたため、フランスの諜報員はリマから逃げてしまったが、デュトゥールはマチュリンが英国のエージェントだと騒いでいた。公衆の面前で冒涜的な言葉を連発していたので、異端審問官が彼を連れて行った。

しかし、この騒ぎを知ったカストロが、総督に取り入って利益を得るチャンスとみて、「異端者(この場合非カトリックのこと、英国とフランスを指している)の外国人の金により買収された連中が、植民地政府を覆そうとしている」と騒ぎを起こしている。少人数のデモ隊を雇って、英国の領事館前で抗議させている。別の連中はフランス人の宿に投石している。

ウルタード将軍が戻ってくればカストロは黙るだろうが、将軍はリマにいない。正午に行われる集会までは会えない。「私の心弱さでしょうが、とても心配です。カストロのような男は、味方につけても大して役には立たないのですが、損害なら甚大なものを引き起こせるものです…」

ガジョンゴス、ウルタード将軍が手を引いてしまったことを告げる

その朝、独立派の協力者たちが修道院に集りはじめましたが…肝心のウルタード将軍は、ついに現れませんでした。代わりにガジョンゴスが彼の伝言を持って来ました。「このような状況では…『船で運ばれてきた外国の金』のことが騒がれ、腐敗が疑われている時に、名誉を重んじる人間としては、これ以上の行動を起こすわけにはゆかない」…

ウルタード将軍が参加しないとなると、肝心かなめの陸軍を動かすことができないので、計画は遂行不可能になってしまいました。一人の参加によってとんとん拍子に進んだ計画が、一人の不参加によって根底から崩れ去る…国を動かすような大事業でも、多くはこんな内実なのでしょうね。

それも、本当のところは何もわかっていないデュトゥールの行動が原因で…デュトゥールは独立運動のことは何も知らず、個人的恨みで騒いでいただけですが、「マチュリンは英国のエージェント」という推理だけは、なぜかずばり当たっていたので。まあ、頭はいいんでしょうね。

「カストロがサプライズ号を拘留する可能性はあるでしょうか?」スティーブンはガジョンゴスに訊きました。「それはないでしょう。しかし、口実をつけてあなたを逮捕することはありえる。チリに行かれた方がいい。ベルナルディーノの親戚に手紙を用意してあります。彼がバルパライソまで連れて行ってくれる。そこであなたの船に乗ることができるでしょう。」

「エデュアルドがご案内します。彼がついていれば大丈夫です。」ゴメス神父が言いました。

スティーブンはサムに、オーブリー艦長宛ての手紙を渡しました。「彼はもうすぐカヤオに来る。君から説明してくれ。」

ガジョンゴスは涙を流していました。「ご失望、お察しいたします。別れの贈り物を受け取ってください。」彼はスティーブンの手に封筒を押しつけました。

改めて調べてみると、ペルーの独立戦争は1821〜1824年なので、この時点(1813年)では、スティーブンの計画が成功するはずはない…のですが、私は例によって、そういう詳しい歴史はまったく知らずに読んでいました。

とにかく、デュトゥールのおかげで、一転して逃亡者となってしまったスティーブン。アンデス山脈を抜けるルートで、チリへの逃亡を余儀なくされたのですが…