Chapter 9-2 〜 アンデス


スティーブン、エデュアルドの案内でアンデスの高地を進む

ラバに乗ったスティーブンとエデュアルド、荷物運びのリャマとインディオたちの列は、山を越え、谷を越えながら、次第にアンデスの高地に登って行きました。毎日毎日一緒にいるにもかかわらず、インディオたちはスティーブンと親しむことはなく、ほとんど黙ったまま、ただ一日中ひたすら進み、一週間が過ぎ、十日が過ぎました。空気がどんどん薄くなってくるので、どうせスティーブンには喋ったりする余裕はなかったのですが。

時々エデュアルドは動物を見せに連れて行ってくれたのですが、異常気象のせいか、いつもの場所にいつもの動物がいないことも多く、あまり収穫はありませんでした。それでも、時々は珍しい動物を見ることはできました。

その例をひとつだけ(他のものは思わしい情報が見つからなかったのと、コレがあまりにも可愛かったので無断借用):

ヴィスカチャ

スティーブン、ダイアナの夢を見る

ラバに揺られて進みながら、スティーブンの心は、ダイアナとブリジットの方へと漂ってゆくのでした。どうしているだろうか?結婚しておいて、すぐに船に乗って世界の向こう側まで行ってしまって何年も帰ってこないというのは正しいことだろうか?

そりゃ、正しくないに決まってますが…むにゃむにゃ。「亭主元気で留守がいい」って言いますが、それはときどき電話とかで、「元気だ」と確認できることが前提になっているような。

そんな気持ちがあったせいか、ある日、山中の修道院に泊まった時、スティーブンはダイアナの夢を見ました。

ダイアナは、何かの殺人罪で、死刑判決を受けています。彼女はなぜかナイトガウン姿で判事の前に立ち、判事は細い白い紐でハングマンズ・ノット(死刑執行人の結び目)を作っています。結び目が完成に近づくと、ダイアナは恐怖に満ちた目でスティーブンを見るが、彼には何もできない…

このダイアナの夢、スティーブンが深層心理に押し込めているダイアナ(とブリジット)に対する不安が形になったようで興味深い。(不安については15巻3章を参照のこと。)なんだか知らないけど、ダイアナが「非難されている」というイメージ、それに対する自分の罪悪感…

スティーブンたち、針路を替える

そんなある日、道の途中でエデュアルドを待っていた使者が、彼に「キーパス(Quipus)」を渡しました。

キーパスとは、インカ帝国の通信手段で、さまざまな色の紐に結び目を作るだけで複雑な長いメッセージを送れる上に、暗号通信でもあるそうです。(暗号になる原理はわかりませんが、そこまで調べてみる気はおきませんでした。インターネットで使われる暗号の原理を調べて本を一冊読み、結局よくわからなかった私なので…って、どういう関係があるんだか)

すばやくキーパスを読んだエデュアルドは、顔色を変えました。「これ以上南へは行かずに、アリカから船に乗らなければなりません。ウエチョピジャン(峡谷らしい)を越えなくてはなりません。高い道ですがが、ドクターは高いところを気になさらないでしょう。」

どうやら、エデュアルドの敵(彼が関わっているインディオ解放運動の関係)が、予定の道で待ち伏せをしている−という情報だったようです。

そこから、一行はこれほどの高地とは思えぬほど整備された道路に出ました。古代の郵便ルートです。「我々の先祖は車輪を知らなかったかもしれませんが、道の作り方は心得ていました。」エデュアルドは言いました。

しばらく進んだ後、エデュアルドは遠くに見える立派な石造りのポストハウス(郵便中継所)を指差しました。「あの向こうで峡谷を越えないといけないのですが、幸い、コンディションの良い吊り橋があります。あなたは船乗りだから、高さは平気でしょう。近くに湖もあります。今からなら、日没までに余裕を持ってポストハウスに着けますから、湖にご案内しましょう。」

鳥の群れているという高山湖は楽しみではあったのですが、実はいまだに少々高所恐怖症気味のスティーブンは、エデュアルドの吊り橋の話に、内心びびっていました。風にぐらぐら揺れて、一歩でも間違えばそれが最後。彼は、千フィート(305メートル)落ちるのにどのぐらいかかるだろう、と考えるのですが、なぜか彼の計算では「7時間と数分」と出るのでした。どういう計算やねん。

いよいよ道が険しくなってきたので、スティーブンとエデュアルドはラバを降りて一服。瓜の殻から銀のストローでマテ茶を飲みました。(こういうのですね。)

この頃には標高は16000フィート(4877m)に達していて、スティーブンは高山病気味になっていました。高山病になるのも仕方ない。登山には慣れている彼でさえ、これほど高いところに登ったことはないのだから…

スティーブンのお城のあるピレネー山脈の最高峰は3400メートル。アルプス山脈最高峰(モンブラン)でも4800メートル。アンデス山脈の最高峰アコンカグア山は6960メートル、スケールが違いますね。ちなみに、私が登った(記憶のある中で)一番高い山は六甲山930メートル。あと、富士山の五合目から七合目までなら登った記憶があるけど…関係ないですね、すみません。

マテ茶を飲み終わった彼は、コカの葉を噛んで元気回復。高山病の症状も治まってきました。…まあ、こういう極端な状況なら、コカを噛むのを許可してもいいかな。

スティーブンたち、高山の湖を見に行く

エデュアルドとスティーブンはリャマを一頭連れて湖を見に行きました。湖にはありとあらゆる種類の鳥、なんとフラミンゴまでいて、スティーブンを驚かせました。「こんな高地にフラミンゴがいるなんて、夢のようだ。」

「実は、私もそういう感じがしているのです。理由は違いますが…先程から、鳥たちの様子が変です。落ち着かなくて、一箇所に止まることがありません。モリーナ(リャマ)もです。地震の予兆でなければいいのですが…今日は何も殺したくありません。観察して、数えるだけにしませんか?」「喜んで。」

二人が葦原から鳥を観察していると、突然、鳥たちが一斉に羽ばたき、鳴き…大きな、雷鳴と舷側砲斉射の中間のような音が響き渡りました。

スティーブンたち、雪崩に遭う

葦原を出ると、二人がここまで辿ってきた道に向かって、両側にそびえる峰から、雪が、長さ1マイル以上もありそうな巨大な塊で滑り落ちてくるのが見え、一瞬後、道も峰も白い嵐の中に消えました。リャマのところへ戻り、急いで荷物をつけて道に向かう二人。スティーブンが振り返ると、湖からは鳥の姿が消えていました。

そこへまた雷鳴が聞こえ、最初に風、次に雪が二人を飲み込みました。体重の軽いスティーブンは流され、岩に叩きつけられましたが、エデュアルドが助けにきて、彼の腰にロープを回しました。

二人とリャマが、激しい風の中を必死で進むうち、いつの間にか日が落ち…エデュアルドは小さな岩の割れ目を見つけました。スティーブンをその中に押し込んで、入り口近くリャマを入れて、自分はその間にうずくまりました。リャマも奥に入ろうとしましたが、エデュアルドが足を縛ると諦め、首だけつっこんでスティーブンの膝に頭を乗せました。

「こんなことになってすみません。」激しい風の音の中で、エデュアルドは言いました。「しかし、夜明けには風は止むでしょう。コカの葉はいかがですか?」スティーブンは疲れきり、自分のポケットのコカを取り出す気力・体力さえなかったので、差し出された葉をありがたく受けました。

寒さが募る中、頼りはコカの葉と、リャマの首の温かさだけ。眠ったのか、眠っていないのか、自分でも分からないうちに、気づくと懐中時計が5時半を告げ、風は止んでいました。かわいそうに、膝の上のリャマの首は冷たくなっていましたが…もっと深刻な問題は、ポンチョに覆われていなかったスティーブンの脚の感覚が、まったくなくなっていることでした。割れ目の入り口はほとんど雪で覆われ、上のすき間から光が射していました。

「エデュアルド、神と聖母の祝福を。夜明けだ。」エデュアルドは目を覚まし、雪をわけて割れ目を出ました。「道の雪は押し流されています。テュペック(彼の部下)たちが迎えに来ています。」「エデュアルド、マイディア…私の脚はひどい凍傷になっているようだ。運が良ければ、足の指を失うだけで済むだろうが、それでも、しばらくは歩けなくなる。」スティーブンは、真っ青になった足を雪でこすりました。

「心配なさらないで下さい。アリカまで、ペルヴィアン・チェア(ペルー人の椅子)でお連れします。パチャクティク・インカ(15世紀のインカ帝国皇帝)ご自身のように、山も谷も吊り橋も、ペルヴィアン・チェアに乗ったまま越えてゆけるでしょう。」