Chapter 10-2 〜 家族旅行


この章でジャックたちが家族旅行するマデイラ諸島は、ポルトガル領ですが、当時英国で「the Island(島)」と言えばマデイラ島を指したほど、英国船の寄港地としてお馴染みの島でした。一番身近な海外リゾートということで、今で言えばハワイみたいな感じかな?

ちなみに、the Cape(岬)といえば喜望峰、the Channel(海峡)といえば英仏海峡、the Bay(湾)といえばビスケー湾、the Rock(岩)とえいばジブラルタルの巨岩を指します。

スティーブンとジャック、ウールコムへ帰る。家族旅行の計画がもちあがる

二人がウールコムハウスに帰って来た時、ソフィーとダイアナとクラリッサは近所の友だち数人と女ばかりでお茶しているところだったので、予告なくいきなり帰って来た二人に驚かされました。

もちろん嬉しい驚きだったのですが、後でジャックが愚痴っていたところによれば、レディーたちがあまりに仲良さそうだったので、侵入者のような気分になったそうです。「女同士というのがあれほど仲がいいとは知らなかった。尼僧院というのはあんな感じなんだろうな。」

アマンダの手紙の件以来、ソフィーとダイアナとクラリッサは仲良しになったみたいですね。3人とも、今までは気の置けない女の友だちって全然いなかっただろうから、ようやくできてよかったと、しみじみ思います。

戦争が終わってジャックが帰って来たので、ソフィーは彼がもうずっと家にいると思ったのに、何ヶ月かしたらまたチリに行くと聞いてがっかり。そんな彼女を元気づけたのは、チリに行く時に、途中のマデイラ島まで家族も一緒に乗って行って、そこでしばらくバケーションを楽しみ、後で家族だけ郵便船で帰る−と言うジャックのアイデアでした。

ダイアナやクラリッサと違って、ソフィーはほとんど旅行をしたことがなかったので、生まれて初めての海外旅行の期待で、ジャックがまたいなくなる寂しさはかなり紛れたようでした。

ジャックとスティーブンと家族たち、ウールコムの長い休暇を楽しむ

二人がウールコムへ帰ったのは、1814年の春の終わりごろ。ジャックはサプライズ号をプール(イングランド南部の港町)にあるドックヤードに預けて、ホーン岬対応の特別な補強をしてもらっていました。補強は意外に手間取り、その年の暮れまでには完成しませんでした。

この半年あまりの休暇を、ジャックとスティーブンと家族たちはそれぞれに楽しみました。

夏の間は狩りも釣りもシーズンオフなので、ジャックはウールコムハウスの庭に、アッシュグローブにあったような観測台を作って天文観測を楽しんでいました。スティーブンはもちろん、囲い込みを免れた美しいシモンズ・リーを歩き回っては自然観察を楽しみ、ウールコム付近の鳥の徹底した調査を行いました。

ソフィーとダイアナは普通に社交生活をいとなみ、ダイアナは引き続き馬たちの飼育と訓練に熱中し、クラリッサはジョージとブリジッドにラテン語とフランス語を教える一方、長年にわたって埃をかぶっていたウールコムの膨大な蔵書を読み漁りました。

キリックとボンデンが執事のムナソンと時々ケンカすることを除けば、完全に平和な、穏やかな日々が過ぎてゆきました。

秋になると、ダイアナとジャックとスティーブンは毎週のようにキツネ狩りを楽しみ、スティーブンは湖で渡り鳥の観察を満喫しました。しかし、ジャックの心は完全に海から離れることはなく、毎週必ずプールのドックヤードに馬で出かけて、サプライズ号の修理の遅い進捗をチェックしていました。

クリスマスが過ぎたころ、ジャックはプールへ行ったついでに、海軍関係の友人に会うためにポーツマスに立ち寄りましたが、その時に彼をがっかりさせることがありました。彼はコモン・ハード広場でキース卿と妻のクイーニーを見かけて、挨拶しようとしたのですが、夫妻はジャックを無視して(あるいは、まったく気づかずに)行ってしまったのです。いよいよ「黄色提督」の可能性が高くなっている、とジャックは落ち込むのでした。

家族旅行の出発日が決まり、みんなは興奮する

半年以上かかったサプライズ号の補修もようやく完了し、ある日プールから帰って来たジャックは、(1815年)2月半ばには出航できる見通しになった、と言いました。

「それはよかった。2月の後半頃、例のチリの紳士たちがマデイラ島に来る予定になっているから、案内してもらえるだろう。」「3月のマデイラ島は素晴らしいぞ。子供たちにオレンジとレモンを見せるのが楽しみだ。」「カスタード・アップルも。」「パイナップルとバナナも。」「マデイラには固有種のミソサザイがいるんだ。まだ見たこともないし、卵も見たことがない。」「2月の2週目に出航するなら、そろそろクルーを集めないとな。アメリカと講和したから拿捕賞金の約束はできないが、きっとよりどりみどりだ。軍艦がたくさんペイオフされたし、商船の活動もまだ本格化していない。」

出発の日程が決まって、ジョージとブリジッドは興奮のあまり勉強に身が入らなくなり、珍しくクラリッサがきつい言葉で叱らなければならないほどでした。ソフィーとダイアナ(主にソフィー)は、旅行の準備に追われました。荷物とかだけではなくて、留守中の屋敷や荘園や牧場の運営手配とかあるので、準備は大変なのでした。

加えて、サプライズ号の装備と人員手配が思ったより早く完了し、ジャックが勝手に出航日を早めてしまったので、ソフィーはほとんどパニックを起こしかけていました。

それでも何とか、荷物の準備と留守中の手配を済ませて、一行はダイアナの操縦する馬車でプールへ出発しました。直前まで走り回っていたソフィーは、疲労のあまり、馬車の中で口をあけて寝ていました。

ブリジッドとジョージはやさしい子供たちだったので、馬車の中では静かにして、ソフィーを寝かせてあげました。馬車がプールに着き、埠頭に停泊しているサプライズ号が目に入ると、ブリジッドが小さい手を優しくソフィーの膝に置いて起こしました。「ほら、彼女がいるわ。」

サプライズ号、マデイラへ向かって出航する

改修なったサプライズ号は、国王を迎えるかのような完璧な美しさで、レディーの操縦する馬車を待ち構えていました。サプライズの副長になったハーディング(元ベローナ号の副長)は、私有船に許される限りの正式な儀式でキャプテンとその家族を迎えようとしていましたが、興奮したブリジッドが渡り板を駆け抜けて、リングル号で仲良しになった水兵たちに抱きついて回ったので、厳粛な儀式は不可能になりました。

サプライズ号がマデイラに向けて出航すると、海が大好きなブリジッドは大喜びで甲板を駆け回っていました。ブリジッドは過去二回の航海(リングル号でシェルマーストン〜コルーニャと、郵便船でバレンシアからポーツマス)で帆船用語をたくさん覚えていたので、船中をあちこち駆け回りながら、ジョージにリギングの名前を教えました。

一行、マデイラまでの航海を楽しむ。ジョージ、父に連れられてマストに登る

すっかり先輩船乗り気取りのブリジッドちゃんに、ちょっと不満顔だったジョージくんですが、ジャックに連れられて初めてマストに登った時、父親の血を引いた生まれつきの船乗りであることを証明しました。

「初めて登った時は、この高さを嫌う人もいるんだ。」メイントップマストのクロスツリーで、ジャックは息子に言いました。「ぼくは平気です。マストの一番上までも行けます。」「いい子だ。一番上までも、そのうちに行けるだろう。でもまず、クロスツリーを完全に征服してからだ。」「ぼくも船乗りになります。これ以上いい人生はありません。」ジョージは言いました。

その後も航海は順調に続き、家族たちは船の近くを通りかかったイルカの群れ見たり、たまの凪には、ジャックとジョージが海で泳いだりして楽しみました。

ある時、船のすぐ近くで大きな海亀が目撃され、カメ好きのブリジッドは心配して、「あれは食べられないカメよね?食べられないカメよね?」とパパに訊きました。「そうだよ。彼はタイマイだ。」と答えるスティーブン。

ジョージくんもブリジッドちゃんも、すっかり父親似に育っているようで、微笑ましい限りです。(双子は学校があるためか、連れて来てもらっていないようで可愛そうだけど…)

一行、マデイラ島のフンシャルに着く

そんな航海が一週間と少し続いた後、素晴らしい航海にも負けないほど素晴らしいマデイラ島の光景が、サプライズの前に広がりました。

「パディーンがここにいたらいいのに。」と言うブリジッドに、「男がみんないなくなったから、誰かが馬を見張らないと。パディーンはライオンを二つに裂けるほど強いんだ。」と答えるジョージ。

サプライズ号は、マデイラ本島のフンシャル港に入港しました。坂の上に続く白い家並み、やしの木、さとうきび畑、ぶどう園、その後には雪をいただいた山。女たちが下で荷造りする間、スティーブンは子供たちに望遠鏡でオレンジやレモンやバナナやさとうきびを見せました。

港には英国の軍艦が4隻いて、その1隻は、ジャックがモーリシャスで拿捕したフリゲートのポモーヌ号でした。

スティーブン、ポモーヌ号の軍医からストランラー提督の噂を聞く

マデイラに滞在していたチリの紳士たちが家族を出迎え、英国式のホテルへ送ってくれました。女たちが荷解きする間、ジャックとスティーブンはフンシャルに滞在中の海軍の知り合いに挨拶しました。

スティーブンが会ったのは、知り合いのポモーヌ号の軍医でした。彼は最近クイーン・シャーロット号を訪れて、シャーマン軍医に相談されたそうです。

「ストランラー提督は、あなたの薬があまりよく効いたので、勝手に量を増やしたそうです。シャーマンが反対しても、『ドクター・マチュリンが処方した薬だ、本物の医者はただの軍医より知識があるだろう』と主張して聞き入れず、シャーマンから薬瓶を取り上げたか、別のルートから入手したようで、かなり大量に飲んだようです。今は非常に危険な状態になっています。」「知らせてくれてありがとう。すぐに提督に手紙を書きます。」

一行、マデイラを観光する。ジャックにキース卿から手紙が届く

チリ人は親切な人たちで、一行にマデイラの観光案内をしてくれたのですが、本音では、一刻も早くジャックをチリに連れて行きたいと思っていました。

そんなわけで、彼らの観光案内は、初日の午前はぶどう園とさとうきび畑、午後は大聖堂、次の日の午前にロバで登山して午後はマデイラ酒の醸造所…という感じで、日本のパックツアー並の忙しさでした。元気のカタマリであるジョージとブリジッドさえ疲れ果てるほど。

到着4日目の朝、家族たちがホテルのテラスで朝食をとりながら、「今日こそはのんびりしたい」と話し合っていると、港に英国海軍のゼベック艦がすごいスピードですべりこんで来るのが見えました。まもなく、若い海尉がジャックのところへ来て、敬礼して手紙を渡しました。手紙は、現在は地中海艦隊の総司令官であるキース卿からでした。


1815年2月28日 海上にて

マイディア・オーブリー

艇長が教えてくれたが、先日、コモン・ハード広場で君に気づかないで通り過ぎてしまったようだ。申し訳なかった。故意ではない。

海軍省の、君とドクター・マチュリンのある友人が、君の居場所を教えてくれた。

一昨日、ナポレオンがエルバ島を脱出した。

君は、現在フンシャル港に停泊中の軍艦全艦を艦隊司令官として率い、ポモーヌ号を旗艦として、即座にジブラルタルへ向かわれたい。そこで別命あるまで、全ての艦船に対して海峡を封鎖すること。正式の命令書を同封した。

君とオーブリー夫人の健康を祈る。

敬具

キース

ディアレスト・ジャック、おめでとう。愛をこめて、クイーニー




18巻蛇足:家族の肖像

18巻では、ジャックはブレスト封鎖艦隊でひたすら地味〜に封鎖任務、スティーブンの諜報活動の方も特にスリリングな展開はなく…そういった方面では、起伏の少ない巻でした。

でも、この巻の中心は、「家族」だったのだと思います。

この巻から、ジャックの家族とスティーブンの家族は、ウールコムハウスで一緒に住み始めます。ジャックとスティーブンはもともと兄弟みたいな関係ですが、今やそれぞれの妻子と、クラリッサやパディーン、キリックやボンデンも含めて、合併して一つの家族になってしまったようです。

この巻では、ジャックとソフィーは夫婦関係の根底を揺るがす大喧嘩の末、仲直りして、新たなレベルで絆を強めました。ソフィー、ダイアナ、クラリッサの女性たちは、今まではなんとなく冷たい関係だったのが、ようやく友だちになったようです。一緒には住んでいないけど家族の一員であるサラとエミリーも、グレープス亭にしっかり居場所をみつけたようです。幼いジョージとブリジッドは、将来の姿の片鱗をちらりと見せます。それぞれがそれぞれの場所に落ち着いて、大団円とまでは言わないけれど、それに近い感じになっていると思います。

この巻が、ウールコムでの長い休暇と、ほのぼのとした家族旅行で幕を閉じているのは(ナポレオンのせいで早めに切り上げるはめになったとはいえ)、まことに相応しいと言えます。

(…以下、19巻冒頭のネタバレっぽい記述になります。)

















ハッピーに終わった18巻ですが…切ないのは、「この家族」(特にスティーブン側)にとって、これが最後の幸せな日々だったと言うことです。

最後にこういう、短くても穏やかで幸福な日々を過ごせてよかった…とも思いますが、長い波乱の末にようやくこうやって落ち着いたのだから、この家族は最後までこのまま、Happily ever afterにしておいて欲しかったな…という、悲しい気持ちの方が大きいです。

この巻までなら、ほぼ完璧なハッピーエンドなので(ジャックの黄色提督問題はまだ決着していないし、ラストシーンで戦争が再開するとは言え)、これ以上先へは進みたくないなあ、という気持ちもちょっとあったりして…