Chapter 8-1 〜 ダイアナのレッスン


この章では、ジャックとソフィーの夫婦喧嘩に意外な助っ人が。こういう時、女にとって頼りになるのは、母親でも男でもなく自分より経験豊富な女ともだち、という話。私はくすくす笑いっぱなしでしたが、どうかな〜。眉をしかめる人もいるかも。

スティーブン、サラとエミリーに遠足に連れて行ってもらう

サー・ジョセフとその組織(海軍情報部)、そしてスティーブン個人にも多大な利益をもたらしたディエゴ・ディアス逮捕ですが、その後もスティーブンは、しばらくロンドンに滞在していました。ジャックと共にチリに行って独立を支援する計画(4章参照)を、委員会(前回、スティーブンをペルーに送り出した委員会・11巻10章参照)に提案する仕事があったからです。

その間、彼はもちろんグレープス亭に滞在していましたが、彼の二人の名付け子、サラとエミリーの成長には目を見張るものがありました。

二人はコックニー(ロンドン下町訛り)をすっかりマスターし、老神父が営む小さな学校に通って読み書き算数を習い、ミセス・ブロードに料理と食材の買出しを、メイドのルーシーに掃除を、ミセス・ブロードの妹に裁縫を習うと同時に、グレープス亭の客の紳士たちの使い走りをして小遣いを稼ぐという忙しい毎日を過ごしていました。

そうして稼いだ小遣いを計画的に貯めた二人は、スティーブンをテムズ川のフェリーに乗せてロンドン塔まで連れて行ってくれました。二人は番人にチップを渡してロンドン塔に飼われているライオンを見せてもらい、近くの屋台で彼にラズベリー・タルトをおごってくれました。

サラとエミリーは、何ていい子たちなんでしょうか。サプライズ号の「少年水兵」として拿捕賞金をもらった時も、スティーブンに上着を買ってあげると言っていたし。それとも、スティーブンの方に、子供が何か買ってあげたくなるような…何かがあるのでしょうか(笑)。

スティーブン、ロンドンからウールコムに帰り、ダイアナと話をする

彼が馬車でウールコムに戻ったのは早朝のことだったので、彼は直接、ダイアナたちが住んでいる棟に馬車をつけました。

「スティーブン!」まだベッドの中にいたダイアナが彼に手を差し伸べました。「帰ってきてくれて嬉しいわ。ちょうど今、あなたのことを考えていたのよ。元気そうね。服を脱いで私のベッドに来て。話すことが山ほどあるのよ。」


……
………
…………(しばらくお待ちください)

「…スティーブン、話すことが山ほどあったのに、あなたのせいで全部頭から消えちゃったわ。ねえ、艦隊から来たの?ジャックは一緒?」「いや、ロンドンからだ。ジャックには何週間も会っていない。」「それじゃ、知らないのね…」ダイアナは、ウィリアムズ夫人がアマンダの手紙を見つけたこと、ジャックとソフィーの大喧嘩のことを話しました。

「…それ以来、ソフィーは泣いてばかりよ。」「かわいそうに。しかし、元々無理のある夫婦生活だった。彼女は行為そのものを楽しめないし、妊娠を怖れてばかりいるし、冷感症と嫉妬深さは比例するものだ。一方、ジャックはいわゆる情熱的な男だ。」(スティーブン、何でそんなこと知っているの?<ソフィーに関して。 ジャックが愚痴ったのかな。だとしたらちょっと…)

「冷感症と嫉妬についてはその通りかもね。でも、ソフィーは冷感症じゃないわよ。母親がそばにいる時は、情熱的な男には物足りない相手かもしれないけど…でも、信頼できる筋によると、ジャックもこの面では達人とは言えないわ。砲声の轟く中を斬り込んで、二分間で敵艦を拿捕することはできるけど、それじゃ女は悦ばないのよ。もっと上手な相手なら、ソフィーは素敵な若い女性になって、もっと幸せになれるでしょうね。」(信頼できる筋って、自分じゃないの?>ダイアナ…しかし、二分間で拿捕って、ジャック…くすくす)

「たしかに、君はそういうことに関してはぼくよりよく知っている。」「彼女はまだ素敵な身体をしているのよ。3人も子供を産んだのに。でも、いい身体をしていたって、自分も他の人も楽しめないのでは何にもならないでしょう?

「クラリッサと私は…ああ、言い忘れていたけど、ウィリアムズ夫人はバースに帰ったわ。ブリッグズが重婚で訴えられて、モリス夫人が戻ったの。私が二人に家を買ってあげたのよ。」「バーラム・ダウンズが売れたのかい?」「いいえ、ブルー・ピーターを質に入れたの。あなたの財産の件が片付くまで…」「もう片付いた。すぐに質から出そう。そうだ、ダイアモンドに似合うものを買ってきた…」スティーブンは全裸のままベッドを降り、ロンドンで買った絹のベルベット地の包みを取って彼女に渡しました。彼女は白い胸に黒い布を当てて、喜びの声をあげました。

ダイアナとクラリッサ、ソフィーにアドバイスする

「母親がいなくなると、ソフィーは別人ね。私たち、彼女を慰めようと、『男がどこかの温かいベッドに飛び込んだからって、それは深刻な裏切りとは限らない』と説得しようとしていたのだけど、母親がバースで遊び回り始めてから、ようやく私たちの話に耳を傾けてくれるようになったの。」「ぼくも聞きたかった。」「あなたにも学ぶところがあったでしょうね。」「女性同士がこういうことに関してどんな話をするのか、まるで見当もつかないからね。」(スティーブンだけだろうなあ、妻のこういう話にこういう反応をするのって。笑)

「私たち、愛の営みには強烈な悦びがあると…なければならないということを話したの。それを楽しんで、悦びを返すのが絶対的な義務だって。快感は伝染するものだから。クラリッサは、私よりもっと遠回しに、ラテン語の書物を引用して、男がパートナーに望むことを教えたのだけど…かわいそうに、ソフィーは呆然として、女はただ横たわって待っていればいいと思っていた、と言ったわ。」(おいおい、ソフィー…結婚して何年経っているんだ。まあ、結婚が遅かったわりに、子供の作りかたについては実地で経験するまでまったく何も知らなかったという彼女ですから、無理もないかも。まあ、ジャックのせいだなこれは。彼もタイヘンだったのかもしれませんが。)

「私は『男は自分の努力を認めてほしいものだ』と言ったの。『今あなたに必要なのは、やさしくて思慮深くて、詩や音楽に歌われていことの本質を教えてくれる恋人だ』と…ソフィーがパーティで踊ったエイディーン大尉のような人ね。すごいハンサムで『アポロ大尉』と呼ばれている人だけど、若い娘には興味がなくて、近所の人妻たちが…まあ、列をなしているとまでは言わないけど、多くの女性に慰めを与えているということよ。」「会ってみたいね。」

「私が強調したのは、とにかく高潔ぶるのはよくない、高潔な女ぶることほど、女の容姿を衰えさせるものはないということよ。気取った、人を非難する表情ほど可愛くないものはないわ。夫や恋人が浮気した時の唯一の解決策は、同じことをお返ししてやることよ。復讐のためじゃなくて、高潔ぶるのを避けるためよ。自分も同じことをすれば、犠牲者面をせずにすむから…と言ったの。」

「ソフィーは、そんなひどい、不道徳なことを言うなんて、恥を知りなさい、と叫んだけど、あまり説得力はなかったわね。すぐに『でも、子供ができたらどうするの?』と訊いたもの。『絶対に赤ん坊ができると思っているの?』と訊いたら、『そう思っていた』って。だから私たちは教えたの…クラリッサはびっくりするほど博識だったわね。月のリズムだけに頼るのは完全に安全ではないと言っていたけど。」(避妊については知識豊富でも、「楽しむ」という点に関しては、クラリッサもダイアナに学ぶところがありそう。)

「でも、ひとつ心配なことがあるの…ねえ、私の下着を取ってくれる?…私たち、ちょっとやりすぎたんじゃないかと思って。ソフィーは何でも文字通りに取る傾向があるから、何もかも本気にしたんじゃないかと…まあ、どのみち彼は来週にはインドの任地に帰るそうだから…」

スティーブン、ソフィーと子供たちと朝食を取る

朝食の席でスティーブンを抱擁したソフィーは、花も盛りと輝いていて、すらりと背筋が伸び、いつにも増して美しく見えました。双子はぎこちなくお辞儀をし、ジョージは父親そっくりの顔でニコニコ笑い、ブリジッドはスティーブンの上着のすそを引き、将来はソフィーにも負けないほど美しくなるであろう顔で父を見上げて、「ディア・ディア・パパ、帰ってきてくれてとても、とてもうれしいわ。となりにすわっていい?」と言いました。

「スティーブン、ベローナから直接来たの?」「いや、ジャックには長いこと会っていない。」「私からの手紙は届いていた?」「いや。ニ、三日中に艦隊に戻るつもりだ。」「まあ、クリスマスまでいてくれるかと思ったのに…」「今日の11時に、郵便馬車でトーベイへ向かうつもりだ。」「私が送ってあげるわよ。」ダイアナが言いました。「今度は、自分の馬車でね。ソフィー、失礼するわね。馬の準備をしないと。」

ダイアナが出て行った後、ブリジッドは椅子の上で飛び跳ねんばかりにして、「私も行く!ボックスに乗る!」と叫びました。「だめだよ。絶対にだめだ。」「そうよ、ブリジッド、ダンスの先生がいらっしゃるでしょう。…ほらほら、お父様が別れ際に見るのがそんな泣き顔だなんて悲しいでしょう?髪をとかして、新しいハンカチを持っていらっしゃい。…スティーブン、今すぐジャックに手紙を書くから、渡してくれないかしら?『心からの愛をこめて』と言って。」

「ディア・ジャック−私を許してくださいますか?あなたが私より寛大な人であることを祈ります。愛をこめて、S」


以下蛇足: ソフィーとアポロ大尉の謎

さて、ここで問題です。ソフィーは、ダイアナのアドバイスに「文字通りに」従ったと思います?

…いえ、私は最初に読んだ時は、そんなことまったく思いつきもしなかったのですけど…考えてみれば、状況証拠はあるかなあ、と。(例によってガンルームを検索してみると、見つけた範囲では、「そうかもしれない」という意見が1通、「絶対にありえない」という意見が1通でした。)

状況証拠:
1) スティーブンが久しぶりに見たソフィーは、夫婦喧嘩の後ずっと泣き続けていたわりには、やけに美しく輝いていたこと。
2) やけにあっさりと、ジャックに仲直りの手紙を書いたこと。
3) 仲直りの手紙の内容が、微妙に意味深長であること。

反論:
1) ソフィーの普段の人格からして、そんなことするなんて信じられないということ。
2) ……えーと…他に考えつかない(笑)。

考えられる可能性:
1) ソフィーはアポロ大尉を訪ね、ダイアナの忠告を「文字通りに」実行した。
2) ソフィーはアポロ大尉を訪ね、彼に口説かれたり浮ついた会話を楽しんだりして、それだけでなんだか気が晴れた。
3) ソフィーはアポロ大尉と浮気することを「想像」して、それだけでなんだか気が晴れた。
4) その他に何か、ソフィーの気分を晴れ晴れさせるようなことがあった?

私に言わせれば、ソフィーとアポロ大尉(または別の人)との間に、実際に何かあったのか、何があったのか、どこまでいったのか…とかはあまり重要ではなくて(<これには反論もありそうですが)、肝心なのは、ソフィーの考えが変わったことではないでしょうか。

それまで、ソフィーはジャックが結婚の誓いを破った、許せない、とばかり考えていたのですが、ダイアナとクラリッサのとんでもない(<ソフィーにとっては)提案を聞いたことがきっかけで、自分の中にも浮気心はあること、そして、自分もその気になりさえすればジャックに「同じことをお返しする」ことができることに気づいて、それでこの件全体を、違う観点から見ることができるようになった。違う観点から見たことで、結局のところ、ジャックを愛していることを思い出すことができたのだと思います。

それと、ダイアナとクラリッサの話(実際には、ダイアナがスティーブンに話した部分よりもっと詳細であけすけな話を含んでいたのではないかと…)を聞いて、ジャックとの生活に新たな楽しみができた、ということもあるかも(笑)。

「罪を犯した夫を許す」のではなく、「よき妻として嫉妬心を我慢する」というのでもなく、ソフィーがこういう気持ちでジャックと仲直りできたことは、喜ばしいことだと思います。ダイアナ、グッジョブです(笑)。

それでも、「実際に何があったか」が気になるって?…うん、それは、それぞれの読者が、お好みに従って想像をふくらませるのが一番楽しいのではないでしょうか(笑)。