Chapter 8-2 〜 平和の兆し


ダイアナ、スティーブンを馬車で港へ送る

新しく作らせた自前の馬車の御者席に並んで座り、スティーブンを港まで送るダイアナ。後の席にはパディーンが乗っていました。

「この馬車の走りは、素晴らしくスムースだね。」「ええ。新型のスプリングがついているのよ。最高のスウェーデン鋼鉄を使って…」ダイアナは最新式の馬車の、スプリングや塗装やタイヤや、他のもろもろの装備について、熱をこめて、詳しく語りました。

ダイアナは馬車が大好きなんだな〜。現代で言うと、車好きの女性って感じ?こうして熱心に延々と語るところは、なんとなく、ジャックが帆船のことについて語る時に似ている。

「ひとつだけ、約束してくれないか?」「いいわよ。何?」「ブリジッドのことだが、前に、馬の鞍の前に乗せていて、堆肥の山に落ちたことがあるんだ。ぼくが肩に手を乗せていたのに…子ウサギを見つけたんだ。堆肥はやわらかかったからよかったが…だから、ぼくのために、ブリジッドを絶対に馬車のボックスに乗せないと約束してくれないか。高いし、道路は固いし…ぼくの気を静めるためだと思って。」「わかった、約束するわ。」

動物に気をとられると回りが見えなくなるのは、スティーブンの遺伝か…

パディーン、アイルランドの農場に気が進まなくなっている

素晴らしい天気の中、ダイアナはスムースに馬車を走らせ、気持ちのいい旅はつづきました。彼らは前回に泊まったインに到着し、ここでスティーブンは、久しぶりにパディーンと話をしました。スティーブンは、パディーンにあげる予定になっているアイルランドの農場について話しましたが、パディーンは、はっきりとは言わないものの、農場主になること にためらいを感じているようでした。

農場主になるには結婚しなければならないと思い込んでいて、それを怖がっているのだろうか?あまりに長い年月農業を離れていたので、独立してやってゆく自信がないのだろうか?あるいは…ひょっとしたら…クラリッサ・オークスへの望みのない想いを抱いているのだろうか?

パディーンがクラリッサに片想いしているというのは、スティーブンの想像であって、真相は最後まで謎のままです。純情な男を片っ端から惹きつけているクラリッサのことだから、あり得なくはないと思うけど…うーん、どうなのかな。

翌朝トーベイに着くと、今度は船を探し回る必要はありませんでした。着いてすぐ、フィリップ・オーブリーが声をかけてきたからです。彼は今、士官候補生としてスワロー号という公文書送達船に所属していて、これから封鎖艦隊に向かうところでした。

すぐに出航することになったスティーブン。ダイアナと彼は、なぜかいつにも増して別れ難く、恋人同士のように別れを惜しみました。

ジョージ、父の職業を間違って覚える

フィリップとスティーブンが、スワロー号の彼の小さな部屋に落ち着いた時、フィリップは言いました。「目上の人に対して、あまり偉そうなことは言いたくないのですが…ジャックの姑には困ったものです。

「甥のジョージは(双子も彼も、ぼくを叔父さんとは呼んでくれないのですが)、近所の小さい学校に通い始めたのですが、そこで友だちに『君のお父さんのお仕事は?』と訊かれて、胸を張って答えたそうです。『ぼくの父上は海軍士官だよ。それと、姦通者(adulterer)だ。』と。『どうして知っているの?』と訊かれて、『お祖母さんが、姉さんたちとぼくに教えてくれた』と…その話を聞いて、最初は笑ってしまったのですが、子供たちにそんな話をするなんてひどいと思いませんか?」

翌朝、スワロー号は封鎖艦隊に到着。フィリップは別れ際に、「ジャックには言わないで下さい。」と言いました。

ああ、ジョージたん、かわゆい。(<かわゆいで済ませていいのか?)もうちょっと大きくなって、その意味がわかってしまっても、パパを嫌いにならないでね。

双子とあまり変わらない年齢なのに、すっかり大人ぶっているフィリップ君もちょっとかわいいです。

スティーブン、ストランラー提督を診察する

旗艦シャーロット号に出頭したスティーブンは、さっそくシャーマン軍医に呼ばれました。ストランラー提督の心臓病が、ますます悪化していたのです。彼はシャーマンの能力をまったく信用していないので、彼の出した薬も飲まず、生活指導にも従わず、ひたすら崇拝するドクター・マチュリンの帰りを待っていたのでした。「提督で、しかも貴族である患者に言う事を聞かせるのは難しいものです。」シャーマンは言いました。

スティーブンは提督を念入りに診察し、その後、シャーマンと治療法を話し合いました。「心臓の働きを正常に戻すことが先決です。それにはジギタリスがいいでしょう。お持ちですか?」「いいえ。何人かの患者に使用したことがあるのですが、危険性が大きすぎると考えてやめてしまいました。しかし、前任者の残した乾燥葉があるでしょう。」「それで結構です。」

ジギタリスとは、心臓の薬として利用され、適量なら効果を発揮しますが、量を間違えると毒薬にもなる植物。昔の推理小説によく出てきたような…

スティーブン、ベローナ号に戻り、ジャックにソフィーの手紙を渡す

旗艦のカッターに乗ったスティーブンがベローナ号に戻ると、岩礁の測量をしていたジャックの真剣な顔が笑顔になりました。「おかえり、ドクター。ちょうどディナーに間に合ったな。元気そうだな。ダイアナは元気だったか?会ったのか?」

「彼女もブリジッドもすこぶる元気だ。それと、ソフィーからこれを預かっている…『愛をこめて』という言葉とともに。」「そう言ったのか?」「正確には、『心からの愛をこめて』だった。」

ジャックは手紙を受け取って、「失礼する」と部屋に消え、しばらく後、背筋をしゃきっと伸ばして、顔を輝かせて出てきました。「スティーブン、これは今までに受け取った中で一番すばらしい手紙だ。ありがとう。」

ジャックは、長い間手を触れていなかったバイオリンを取り出し、すばらしいトリルを弾きはじめました。

ジャックが行間を読むタイプじゃなくてよかった。まあ、手紙は一行だから、「行間」はないわけですが。…また、ソフィーが本当に行間に深い意味をこめていたかどうかも、分からないわけですが。

ジョージ君のかわいい(?)エピソードとあわせて、この親にしてこの子あり、という感じがします。なんとなく。

スティーブン、チリの計画をジャックに話す

その日の夕方、ジャックはスティーブンのウールコムの話に耳を傾けていました。

「ウィリアムズ夫人がバースに戻ってくれてよかった。」ジャックは言いました。「彼女と友だちに家を買ってくれるなんて、ダイアナは何て親切なんだ。」「ダイアナとぼくの財政状況は改善したんだ。」「おれの方もよくなった。ローレンス弁護士から手紙が来て、奴隷船の裁判のうち二つに勝って、最後の一つも勝てそうだということだ。それと、この間拿捕した私掠船で、なんとか浮き上がることができた。」

「すばらしい拿捕船だったそうだな。おめでとう。熱心に追いかけたのだろうな。」「英国の商船を追いかけていたからな。」「ストランラー提督は、君が旗艦の信号を無視して私欲のために拿捕船を追いかけた、と報告したそうだ。」「それは嘘だ。悪天候で信号旗は見えなかったし、わが国の商船を救うのは明確な義務だ。金のことは二の次だった。」

「君のことをサー・ジョセフと話したのだが、かまわなかったかな?」「もちろん、彼のことは尊敬している。」スティーブンは、ジャックの提督旗の見込み(見込みのなさ)についてサー・ジョセフが言ったことを伝えました。

「それで、別の話だが、以前にペルーに行った時会ったチリ人たちと、今回フランスで再会した。彼らはペルーの人々と同じぐらい独立に熱心で、ぼくの意見ではもっと信頼がおける。チリの場合、ペルーより海軍力の影響が大きい。サー・ジョセフはしかるべき筋に提案を行って、非公式な支援を取り付けている。」

「君は独立運動にずいぶん熱心だな。」「君が独立していない国の人間なら、君ももっと独立に重きをおくようになるだろう。」「そうだろうな。すまない。続けてくれ。」

「今はまだ、はっきり決まった話ではないのだが…この戦争はもうすぐ終わりそうで、そうなれば海軍の雇用状況は厳しくなるだろう。」「残念だが、その通りだ。」「そこで、その間、君は勅任艦長の名簿から一時的に退いて、表向きは海洋測量の仕事でチリに赴き、独立を支援する。その仕事が終われば、名簿への復帰は約束されていて、青色艦隊少将の座も、おそらく手に入るだろう。どう思う?」

「魅力的な提案だ。…ストランラー提督の影響力が大きいと言ったね。彼が死んだら、甥のグリフィスがその影響力を継ぐことはないのだったね?」「そうだ。」「提督は病状が悪いらしいが…彼は生き残ると思うか?」「ぼくに患者の話をさせようというのか?とどめを刺してくれとでも頼むつもりか?」「そう怒らないでくれよ、スティーブン…寝言だと思って無視してくれ。すまない、言うべきじゃなかった。君の計画は素晴らしいよ。サー・ジョセフに深く感謝する…少将の座が『おそらく』手に入る、という、この『おそらく』という言葉を除いては。」