Chapter 9 〜 終戦


ブレスト沿岸艦隊、封鎖を続けている

この18巻9章で、このシリーズはついに1813年の永久ループを抜け出して、1814年に突入します。

スティーブンがソフィーの手紙を持って艦隊に戻ったのが、1813年の晩秋のこと。その後、1813年のクリスマス、1814年の新年、1月2月3月と、ベローナ号たち沿岸艦隊は封鎖任務を続けていました。

その冬はずっと悪天候と逆風が続き、補給船も郵便船も長く途絶えたままでした。別名を「シベリア」と呼ばれるブレスト沿岸で、ジャックたちは世界のニュースから取り残され、ひどい食糧不足に悩みながら、ひたすら行ったり来たりを繰り返していました。

ここで、ジャックとスティーブンがニュースから切り離されている間の陸の戦況を、ほんのさわりだけまとめておきますと…

ナポレオン軍は「ライプツィヒの戦い(諸国民の戦い・1813年10月)」に大敗した後、急速に勢いを失いました。ウェリントン将軍の英国軍はスペインで「半島戦争」に勝利してフランスに進軍し、ナポレオン戦争はいよいよ終わりに近づいていました。

1814年に入ってからも、ナポレオン軍は局地的な戦闘で何度か勝利をおさめていましたが、全体的な劣勢は覆しようもなくなっていました。3月末に対仏連合軍がパリに入城。ナポレオンはエルバ島に追放されました。

ナポレオン戦争はすごく範囲が広くて、戦況といっても簡単には理解しにくいです…中心はどうしても陸軍のことになるし。ジャックたちのやっていることも、重要な一部なのでしょうけどねー。

フランス艦がブレスト港を脱出する

そんな陸の戦況は露知らぬジャックとスティーブン。ある豪雨の日、二人は一緒にディナーを食べていました。補給船が途絶えたままなので、ディナーと言っても、コクゾウムシも手を出さなかったほど古い乾燥豆とその横で飢え死にしたコクゾウムシを一緒に煮たスープと、世界中を旅した経験をもつ塩漬け肉、という貧しいものでしたが…食器だけは素晴らしく豪華な銀食器のセットでした。

それは私掠船を拿捕したお礼に西インド貿易会社にもらった食器で(12巻)、最近の財政危機の際に売ろうとしたけど、感謝の言葉が刻まれているのが嫌われて売れなかったものでした。お金の見通しのついた今では、売らなくてよかった、とジャックは思っていました。

食事の途中で、ジャックは突然、獲物の匂いを嗅ぎつけた猟犬のような表情になりました。「何か聞こえなかったか?」「遠雷でなければ、砲声のようだな。」

ジャックは甲板に駆け上り、艦を方向転換させて音の方へ向かいました。「ラミレス号とアブキール号(沿岸艦隊の他の艦)が、砲台と交戦しているか、あるいは、ブレストのフランス艦隊が港を出たかだ。」

視界のきかない豪雨の中、逆風をついてラミレス号たちの方へ向かうベローナ号。近づくにつれ、音の正体が砲台ではなく、軍艦同士の海戦であることがはっきりしてきました。ジャックは逆風に強いリングル号を先に行かせ、様子を探らせました。

戻ってきたリングル号のリードの報告によれば、ブレスト港から脱出したフランスの74門艦2隻が、ラミレス号とアブキール号と交戦していて、アブキール号はすでにかなり叩かれて、マストを失っているということです。

「戦闘配置につけ。ドクター、そろそろ下に行ってくれ。」

オーロップの救護室に降りたスティーブンは、助手たちと準備を整え、耳をすませて待っていましたが、ラミレス号や敵艦の砲声は遠くに聞こえるものの、いつまでたっても、ベローナ自身の舷側砲の音が響くことはありませんでした。

やがて、使いの士官候補生が来ました。「艦長から伝言です。アブキール号の軍医が、ドクターにお手伝いいただけたらありがたいとのことです。」「我々が戦闘することはないのだな?」「残念ですが、そのようです。フランス艦は港に帰ってしまいました。」

二隻のフランス戦列艦は、ラミレス号とアブキール号に加えて、ベローナ号と他に二隻の英国艦が駆けつけたのを見て、形勢不利と見て逃げてしまったのでした。

「残念だった。でも仕方がない。」ジャックはスティーブンに言いました。「追跡はできなかったのか?」「追跡して拿捕したとしても、この満ち潮と逆風の中をどうやって連れて戻るんだ?晴れてきたから、砲台からも丸見えだ。」

ようやく旗艦と補給艦が現れる。ストランラー提督、すっかり元気になっている

そういうわけで、この海戦(未遂)の後も、ベローナ号たち沿岸艦隊は港の封鎖を続けました。補給船は一向に現れず、ますますひどくなる物資・食糧不足に耐え、すきっ腹をかかえてひたすら行ったり来たりを繰り返すジャックたち。

…ある日、旗艦シャーロット号が、ようやく補給船を連れて現れるまでは。

沿岸艦隊の各艦は、提督の査察にそなえて、大急ぎで艦の準備を整えました。意外にも、予想された「艦長、旗艦へ出頭」の信号旗が上がる代わりに、ストランラー提督自らが、それも先任艦長のいるラミレス号でなくベローナ号へ向かって来たので、沿岸艦隊は驚きました。「オーブリー艦長、今日の午後、沿岸艦隊の艦長全員をディナーに招待する。しかし、その前に、ドクター・マチュリンにお目にかかりたい。」軍医を連れて現れた提督は言いました。

ベローナの士官たちは提督の来訪に備えて、人間の力の及ぶ限りのスピードで、艦のあらゆるところを、提督も文句がつけようのないほど磨きたてていましたが…ドクター・マチュリンをきれいにするのをすっかり忘れていました。

そういうわけで、ドクターは汚れた服に無精ひげを生やした、いつにもまして汚い格好で現れますが、提督は気にしていないようでした。スティーブンがキャビンに入ってくると、提督は文字通り椅子から跳び上がって、手を差し出しました。「ドクター・マチュリン!あなたの処方して下さった薬にお礼を申し上げたくて参りました。効くとは思っていましたが、これほど効果覿面だとは!今朝など、メイントップまで駆け上がりましたよ。」

スティーブンはシャーマン軍医と二人で彼を診察し、病状が大幅に改善していることを確認しました。しかし、マチュリンはシャーマンに、ジギタリスの扱いにはくれぐれも注意するよう念を押しました。量は少しづつ少なくしてゆき、本人には薬の名前を絶対に教えないこと、本人の手の届くところに置かないこと。船乗りというのは、薬はたくさん飲むほど効き目も大きいと思っているので、勝手に量を増やして飲むことがあるからです。「敵に殺されたより多くの船乗りが、自分の判断で勝手に薬を飲みすぎたことで死んでいます。」スティーブンは言いました。

提督、艦長たちを招待したディナーで終戦が近いことを告げる

旗艦のディナーは豪華なもので、長らく空腹をかこっていた艦長たちはガツガツと食べることに集中していて、いつになく静かな集まりになりました。恒例のロイヤル・トースト(国王に乾杯)の時、ストランラー提督はグラスを手に語り出しました。

「紳士諸君、国王に乾杯する前に、乾杯により熱が入るようなニュースを話しておこうと思う。しかし、まず、諸君がこの悪天候によって長らく世界から切り離されていた間、大陸で何が起きたか話しておこう。

「ナポレオンはライプツィヒで大敗を喫したが、その後もドイツ・オーストリア軍を何度も破っている。ほんの1〜2週間前にも勝利をあげた。しかし、それが彼の失敗だった。ナポレオンは北東に勢力を集中しすぎ、パリはほとんど防衛されていなかったので、その間に連合軍がパリに入城を果たした。

「ウェリントンは知っての通り、トゥルーズを奪い、アドゥール川を越えて、すばらしいスピードで北へ向かっている。 現在シャティヨンで会議が開かれているが、ナポレオンはライプツィヒの後でさえ講和の申し出をすべて蹴っているので、彼が会議から得るものはないだろう。ナポレオンの軍は、すでに崩壊したも同然だからな。

「先日、ブレスト港から脱出しようとした戦列艦は、彼らの最後の試みとして終結しようとしていた艦隊に参加するはずだった。しかし、勇敢なるラミレス号のファンショー艦長のおかげで、フランス艦隊の終結は阻止された。

「未来を予測するのは不吉とされているが、もうすぐシャティヨンの会議が妥当な結論に終わり、ナポレオンの失脚、終戦、我々の帰国も遠くないと言ってよかろうと思う。紳士諸君、国王に乾杯。」

ジャック、終戦に不安を感じている

提督のスピーチはもちろん、艦長たちの椅子の後に立ってたキリックをはじめとするサーバントたちから、たちまち沿岸艦隊中に広がったのですが…提督の話し方が少しわかりにくかった(私も…)のと、補給船が運んできた食糧と家からの手紙にみんなすっかり気をとられていたので、もうすぐ戦争が終わるという実感が水兵たちの間に広がることはありませんでした。

しかし、艦長と士官にはそのことは十分伝わっていて、ウールコムから手紙が届いたにもかかわらず、ジャックの気持ちは沈みがちでした。

「提督の言ったことは本当だと思うか?」ジャックはスティーブンに言いました。「ぼくの聞いた話と一致している。」「ファンショーのことを悪く言う気はまったくないが、提督はベローナ号のことにも一言ふれてくれてもよかったと思う。あそこでベローナが駆けつけなければ、大変なことになっていた。提督は報告書でも、ベローナにはまったく触れないつもりだろう。君のチリの計画があってよかった。大西洋のこちら側には、名を上げるチャンスはもうないだろう。悲劇の女王を気取るつもりはないが、なんだか黄色いものがこみ上げてきたような感じだよ。」

その翌日、ジャックはワードルームのディナーに招待されました。ようやく補給された食糧とスティーブン提供のワインのおかげで、ディナーは気持ちのいい食事になりましたが、艦長と同様に士官たちも、終戦への心配と将来への不安を押し隠しているようでした。

「旗艦の持ってきた新聞と提督の話によれば、我々はもうすぐ『ビレイ・オー(中止)』と命令されるようだ。」ジャックは言いました。「戦争はもちろん悪いことだ。しかし、それが我々の人生なんだ−もう20年以上も、ずっと。我々のほとんどにとっては、それがなければ任官や昇進の希望はない。1802年のアミアンの和平の時、私は絶望のあまり、縄を買う金があったら首を吊っていたぐらいだが…平和は長続きせず、1804年に私は勅任艦長になった。つまり、ひとつの和平が信用できないものだったのなら、同じ相手との和平が、今度も破られないという保証はない。我が国には防衛が必要だ。特に、海の防衛が。…それを言った上で、ペイオフに乾杯しようじゃないか。平和な、楽しい、そして何より、短い上陸休暇になりますように。」

戦争が、それも自国の勝利で終わりそうだというのに、素直に喜べないとは因果な商売であります。ご存知のように、ここでのジャックの予言は、図らずも大当たりになってしまうのですが。