手話の歴史


・手話の誕生


 
1760年に、ミシェル・ド・レペがフランス・パリに最初の聾唖(ろうあ)教育施設を創設し手話での教育を始めたことが最初とされ、アメリカではレペの弟子から手話法を学び帰国したギャローデットによって広められました。
 欧米と比べ日本における手話の歴史は浅く、本格的な手話の成立は1878(明治11年)古河太四郎が京都で日本で始めての聾学校、「京都訓聾唖院」を設立し、そこで日本手話の原形というべき言語が生まれました。
 
「京都訓聾唖院」初代院長の古河太四郎氏は、様々な教育法を試みたが、最終的に手話法の教育に専念していきました。
 古河氏は、生徒たちが日常的に手話を使って会話をしていることに着目し、その手話から教授用の手話を考察していったのです。
 生徒の中で自然にかわされていた手話は、教育により言語的機能をもった手話へと変貌を遂げていきました。
 1908(明治41年)10月に東京で開催された聾唖教育講演会に、京都から聾唖者代表が参加し、東京と京都の聾唖者が集った初めての日でもありました。
 その後、この出会いをきっかけとし「全国聾唖団体」が結成され、手話は急速に発達していきましたが、聾唖者同士の交流が始まるにつれ、相手の手話がわからず会話ができないという問題が起き、その問題に先駆け1969(昭和44年)、全日本ろうあ連盟が編集発行した「わたしたちの手話」(第1巻)より、全国に標準手話が制定されるようになりました。
 それが「日本手話」です。
 しかし1963(昭和38年)に、京都で手話学習会「みみずく」が誕生して以来、健聴者でも手話を学び使えるようにと「日本語対応手話」が生まれました。
 この様に一般的手話は、大きく2つに分類されます。
 一昔前ですと、伝統的手話と同時法的手話に分かれていましたが、最近では、「日本手話」と「日本語対応手話」に分かれているようです。
 この2つの手話は、どう違うのでしょうか?

日本手話」・・・・・とは、日本語と異なる独自の体系をもつ言語で、聾唖者同士の交流から生まれました。
日本語対応手話」・・とは、日本語の文章に手話の単語を当てはめていく手法で、音声言語のまま手話表現します。
(皆さんが手話講習会で学習しているのも日本語対応手話ですよ)

 「日本手話」と「日本語対応手話」との大きな違いは、日本言語の主副関係にあります。
 つまり、「日本語対応手話」は日本言語を主体として手話言語を表現するのに対し、「日本手話」は手話言語を主体に日本語は助詞的な役割として使われます。
 最近の、聾唖者は聴者と会話するときは日本語対応手話、聾唖者同士なら日本手話と使い分けているようです。
 しかし、聾唖者からみて日本語対応手話は「時間が掛かるし、まわりくどい表現が多いから理解するのがたいへん」だと言う声も聞かれます。
 健聴者には慣れ親しんだ日本語も、聾唖者にとっては難しい言葉なのでしょうね?