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このページは、『GRAFFITI ONLINE』の許可を得て、
ウォーレンとのインタビュー(オリジナルはこちら)を日本語に翻訳したものです。

『GRAFFITI ONLINE』は、ハード・ロックのギタリスト達に焦点を当てた、月刊ウェブ・マガジンです。
次回はジョン・サイクスのインタビューを掲載予定で、その後も、スティーヴ・ヴァイやジョージ・リンチなどが登場する予定です。

ウォーレン・デ・マルティーニ
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Graffiti Online:ラットの新しいレコード契約はどうなっているんですか?
Warren DeMartini:
もう、ソニー・レコードと契約したよ。皆、とても喜んでいる。1月から契約のための交渉が続いていたんだ。早く活動したくて、ウズウズしているよ。
GO:ラットには沢山の作品があり、あなた達は独特のサウンドを持っています。ソニーはラットを新しい方向に導こうとするでしょうか?
WD:
いいや、そうじゃないから彼らのことが気に入ったんだ。ソニーは、モトリー・クルーがやろうとしたこと(流行に合わせるためにサウンドを変えたこと)を僕達にやらせようとはしなかった。彼らは、ラットらしく聞こえる1999年のラットのアルバムが欲しいんだ。だから話は順調に進んだよ。
GO:では、この契約に満足していますか?
WD:
うん、ものすごくね。僕達が90年代のスタイルの中で変化し続けようとしなかった理由の1つは、ずっとラットでいたかったからなんだ。何年か休みを取って、シーンの変動が収まるのを待ってたんだよ。
GO:あなたのソロ・レコード(『CRAZY ENOUGH TO SING TO YOU』)は、アメリカでは入手するのがとても難しいですね。
WD:
うん、今、therattpack.comで買えるように、準備中なんだ。スティーヴン(パーシー)がRATTの活動停止中に作ったもの(アーケイドとヴァーテックス[とVDも?--訳注])のレコードもそこで買えるようになるよ。
GO:今でもSOLDANOのヘッドを使っていますか?
WD:
ああ。SOLDANOの仕事が好きなんだ。“別の”有名なアンプ会社がどうなったか、知っているだろ? せっかく素晴らしいアンプを作り始めるようになったのに、品質は低下してしまった。それはアンプでもギターでも何にでも言えることだよ。だからヴィンテージの機材の価値が高くなるんだ。80年代と90年代に作られた機材が、60年代や70年代に作られたものと同じ価値になることはないと思う。、
GO:そうですね。でも、マイク・ソルダーノ氏本人に直接電話をして、あなたが使っているヘッドについて細かい質問ができるなんて、最高の気分でしたよ。[GOが行なったマイク・ソルダーノへのンタビューは、こちらにあります。英語ですが、ソルダーノ氏はその中で、ウォーレンのこともすごく好きだった、と話しています。--訳注]
WD:
そうだね。彼は本当に素晴らしいと思うよ。何もかも、自分のところでやっているんだ。僕が使っているのはSLO100だよ。ディストーションのヘッドルームのすべてが僕には魅力的に感じられる。ゲインをディストーションから切り離すようになったんだ。SLO100は、ヘッドルームとゲインがたっぷりあるから、ディストーションとパンチの量をコントロールできるんだ。ディストーションを多くすればするほど、パンチは犠牲になることが多いんだよ。だから、SLO100は、僕がやろうとしていることに、ぴったりなんだ。
GO:ソルダーノのサーフ・ボックスも使っていますか?
WD:
うん。"So Good, So Fine"という新曲で、トレモロ・セクションを使っているよ。
GO:オーディエンスは新曲を気に入っているようですね。
WD:
去年の夏にリリースした『COLLAGE』の曲より、新曲の評判の方がずっと良いようだよ。
GO:『COLLAGE』は、どういう意味を持つアルバムだったのですか?
WD:
あれは、ボックス・セットの一部か何かになるようなものだったんだ。スペースの関係でアルバムに収録できなかった曲を集めたものだよ。
GO:そこのところを理解していなかった人達もいましたね。
WD:
うん、そうなんだ。そのことを広く知ってもらうことがなかなかできなかった。スティーヴンがステージで事故に遭ったので、あのアルバムは、説明なしに出てしまったという感じだったんだ。
GO:ソロ・レコードではヴォーカルも担当しましたが、RATTの曲でもあなたの歌声が聞けるでしょうか?
WD:
もちろんだよ。歌はどんどんやっているよ。
GO:ホワイトスネイクに短期間いたんですね?
WD:
90年代の半ばにはやることもあまりなくてね。ヨーロッパ・ツアーでギターを弾くという仕事があったんだ。ラットではヨーロッパ方面にはあまり行かなかったから、ライヴでプレイし、ヨーロッパを見るという、素晴らしいチャンスだったよ。
GO:若い頃はどういう人達の影響を受けましたか?
WD:
アメリカの音楽よりも、ブリティッシュ・インヴェイジョンの方が好きだった。僕は大家族の末っ子で、兄達はビートルズ、ザ・フー、ジェフ・ベックなんかに夢中だったんだ。後になってから、ウリ・ジョン・ロートやマイケル・シェンカーなんかを聴くのがすごく好きになったし、それから、ロビン・トロワーも大好きになったよ。
GO:あなたのプレイはどんどんブルージーになっていくようですね。意識してやっているんですか? それとも、あなたのスタイルが自然に発展しているんですか?
WD:
自分のスタイルが進化しているんだと思う。受けた影響のすべてが混ざって、僕のプレイになっているんだ。80年代よりも、その傾向が強くなっているね。
GO:『OUT OF THE CELLAR』には今でも満足していますか?
WD:
うん、今でも大好きだ。あのレコードが出たタイミングにはびっくりしたよ。真剣にプレイし始めたのが'78年から'79年で、1983年には、もう、メジャー・レーベルのためにアルバムのレコーディングをしていたんだからね。僕が受けた影響がかなりはっきりと出ているレコードだけど、ものすごく誇らしいアルバムだよ。
GO:あなたはいつも良いギター・サウンドを出していますが、あなた自身が作るサウンドは何%ですか? プロデューサーはどれくらい貢献しているんですか?
WD:
古いエキゾチックなマーシャル・アンプには、人間には正確に調節できない周波数に合わせるという能力があるんだ。『OUT OF THE CELLAR』の後、前よりも少し金を払って、そういったヘッドを色々と使えるようになった。'70年代以前に作られたマーシャルを、15台から20台ぐらい持っていて、それを試すことができたんだ。
GO:数年前、ジョージ・リンチがその中のいくつかを人質に取ったんですよね?
WD:
(笑いながら)壊れたから売るつもりのアンプが2台あって、それを廊下に置いてあったんだ。ジョージは、いつも僕のマーシャルを1台貸してくれと言っていたから、その壊れたマーシャルの1つが、彼に貸すつもりのアンプだと思って持って行ったんだろうな。あの時はすごく可笑しかったよ。『Jimi Hendrix Live From The Fillmore East』を手に入れたので、ジョージとマイケル・シェンカーと一緒に、それをチェックしていた時だったんだ。そして、突然姿を消したジョージと共に、2台のアンプも消えていた。翌日、ジョージの娘さんの誕生パーティに行ったら、彼の家の居間にそのアンプが置いてあったよ!
GO:自分で歌うようになってから、曲作りのスタイルはどのように変わりましたか?
WD:
ヴォーカルのアイディアを伝える時に、スライドを使う必要がなくなった。でも、僕のアイディアの殆どはギターから出てくるよ。 
GO:ラットには完成した曲を持って行くのですか?
WD:
完成した状態か、それに近い状態だね。曲によって違う。
GO:90年代のアメリカの音楽市場がこういう方向に進んだのは、何が原因だったと思いますか?
WD:
“コーポレート・ロック”と呼ばれたものが過剰飽和状態になったためだと思う。80年代のロック・ミュージックは、レコード会社の巨大化と、時期が一致していた。どのレーベルも、“今月の人気商品”を欲しがっていたよ。
GO:80年代初期のカリフォルニアのシーンは、とても健康的だったのでしょうね。
WD:
クレイジーな時代だったな。シーンが大化けしそうだと、皆が感じていた。
GO:音楽業界はラットをどのように扱ったと思いますか?
WD:
ラットは、僕達がやれると思っていたことをはるかに越えてしまった。ファースト・アルバムが出た時に、ロビンとそういう話をしたのを覚えてる。レコードを出してプレイできるだけでも最高だと思っていたんだから。僕達は、ただ、信じている音楽をプレイし続けてきただけだよ。

Interviewed by G.Paul Smith in September 1998. Japanese translation by Lieju. All rights reserved.


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