大阪・岸和田だんじり祭(岸和田地区)

 毎年9月の14・15日、大阪南部の岸和田市岸和田地区、春木地区では「だんじり祭」が行われ、岸和田市内にある
80台の地車(だんじり)のうち、岸和田地区20台・春木地区14台のだんじりが街を錬り、道を駆け抜けます。
 今年 2002年は、この「だんじり曳行」が始まってちょうど300年、そして、だんじり祭のすべてを取り仕切る「年番制」
が出来てから200年目にあたる記念の年、なのだそうです。
カメラを片手に、「燃えるだんじりの街」を歩いてみました。


南海電車岸和田駅に到着したのは午前10時30分頃。
駅前の交差点には、各町のだんじりが次々と登場し、
「やりまわし」の妙技を披露して行きます。

「やりまわし」とは方向転換のことで、京都の祇園祭
では「静止状態」で山鉾の向きを90度曲げる(辻廻し)
わけですが、だんじりでは、カーブ手前で一旦停止し、
思い切り助走を付けてからカーブに飛び込みます。

「大工方」と呼ばれる人たちが、大屋根(前)の上に
一人、小屋根(後ろ)に三人乗り、曳行の指示を
出しつつ、屋根の上で舞い飛びます。その姿はまさに
「迫力満点」です。

 ところで、だんじり自体には方向転換装置などは
ついておりませんので・・・(ブレーキはついています)
 
要所には土嚢が積まれてたり、店の軒先には
防御用の木の柵が組まれていたりします。また、
特に危ない箇所の電信柱には分厚いクッション材
が巻き付けられています。
やりまわしの跡。重量4トンのだんじりが旋回した
あとには、くっきりと車輪の木屑がこびりついて
いました。


誰ですか?こんなとこの標識曲げたのは・・・・

 (注:クランクの奥の、一番危なそうな位置に
立っていた標識ですが、何で曲がったのか確認
したわけではありませんので念のため)
では、どうやってだんじりの向きを変えるのか?

このだんじりは、今から右にカーブをきるところです。
綱の曳き手は左奥の方で思い切り綱を引いています。
写真の右側、だんじり後部で白い布で巻かれた部分、
これを「大梃子」と言い、樫の木で出来ています。この
梃子棒には1m程の縄が何本も結びつけてあり、
「後梃子」と呼ばれる人が、だんじりよりも早く、全力で
縄を曳きながら写真手前の方向に駆け抜けます。
だんじりは、後輪側にかかった遠心力によって見事に
右カーブを切り、駆け続けます。力が弱いと左側、逆に
掛かりすぎると右側に、だんじりの頭が大きく振れて
しまい、ブレーキが掛けられてしまいます。

一方、後梃子の人は、自分たちで起こした遠心力に
よって、若しくはスピードによって、かなりの人が転倒
します。この写真を撮ったのは割と広い交差点ですが、
狭い、道幅5mくらいの交差点でも同じやり方でしか
だんじりを廻しません(一度だけ「ゆっくり」廻すのを
見かけましたが)。人混みを厭わないのでしたら、是非
交差点でのやりまわしを見られることをお勧めします。

なお、この交差点で1時間弱いる間に、救急車が2回
やってきました(^^;
市街地内でのだんじり曳行は、曳行する道と、その道
での進行方向が決まっているだけです。つまり、「ここで
待てば、必ずこの順番でだんじりが来る」というような
事はありません。道幅の狭い場所でだんじりが行き遭う
と、どちらが先に動くかを決める「交渉役」という人が
各だんじりに居るほどです。
 道幅一杯に溢れるような曳き手とそのかけ声、
鼻先をかすめていくようなだんじり囃し。これらもまた
この祭の魅力です。

 ただ、交差点にいると、観光客の背後からだんじりが
やってくることがあり(突っ込んできはしませんけど)、
その度に右往左往することになります。
だんじりの先頭には、必ず「纏(まとい)」が立ち、町名を記した旗がそれに続きます。
曳き手は「綱先・綱中・綱元」の3グループに大きく分かれ、それぞれ「小学生・中学生・
高/大学生」があたります。綱中までには女の子もたくさん混じっています。いったい何人
位の人が綱を曳いているのか気になって、休憩中の「後梃子責任者」の襷をした人
(役目のある人はみんな襷をしています)に聞いてみましたところ、「綱先と綱中で100人、
綱元で100人、後梃子で100人」とのこと。「関係者全部入れたら、700〜800はおる。
多いとこやと千人超えるなぁ。ここら漁師町やから」と、豪快に笑われました。

だんじりの中に下がっている「鉦」。京都祇園祭の
それが「茶碗」サイズだとすれば、これは間違いなく
「洗面器」サイズです。だんじりの本体には、この他
「大太鼓」「小太鼓」が据えてあり、横笛とともに
腹の底から響くお囃子を聞かせてくれます。
なお、だんじりによってお囃子の調子は違い、
祇園祭の「コンチキチン」の旋律が残っている
だんじりもあるとのこと。
夜の「灯入れ曳行」までの時間、「だんじり発祥の地」
三の丸神社に足を伸ばしました(すぐ近くです)。

無住の小さなお社の奥に小さな祠があり、そこに
伏見から勧請されたお稲荷さんが鎮まっていました。
夕暮れ時、各だんじりには提灯が取り付けられ、
「灯入れ曳行」の準備が整います。この筋には5台の
だんじりが並んでいて、全ての提灯に灯が入ると、
昼間見たあのだんじりとはまた違った美しさを感じます。
灯入れ曳行開始。曳き手の数はこちらの方が多い、
とのことですが、街の中をゆっくりと曳いてゆくためか
囃子方も含めて中学生主体(?)のような感じ。
主力の綱元はだんじりの後ろのほうで、祝い酒を
頂きながらの曳行です。なにしろ、だんじり後部には
生ビールの樽が5、6本は積まれていました。戻って
来る頃には総重量がだいぶ軽くなるはずです(^^)

かつて日本一の高さを誇ったアーケード(今は仙台
の商店街が一番高い)の下を行くだんじり。お囃子の
音が響き、独特の雰囲気です。

面白いなと思ったのは、前に飾る提灯全体(上から
5段目まで)が、上下可動式になっていることです。
信号機だとか、商店街の横断幕・電線の前に来ると、
提灯の上にのぼった見張り役が高さを調整して、
障害物をクリアしつつ、夜の曳行は続きます。
だんじり庫  だんじり本体は、祭の後も解体をせず、
そのままの姿で仕舞われます。各町ごとにだんじり蔵
がありました。


車輪は踏み面の幅が20cmほど、直径は50cmほど
あります。これは用済み車輪で作られた規制ロープ
立てです。

15日「宮入」の経路沿いは、場所取りのテープで
隙間なく覆われていました。「この場所取ったら(横
取りしたら)10000000000000000円」だそうです(^^;)


公式には使用禁止ですが、脚立が参観重要備品の
ようです。若い女の子が、彼氏の雄姿を見るためか、
身の丈より大きい脚立を担いで行き交う姿を多く
見かけました。



[開催日時]
(9月14日) 6:00〜7:00(曳き出し)
        9:30〜11:30(町内曳行)
        13:00〜17:00(町内曳行)
        19:00〜22:00(灯入れ曳行)
(9月15日) 9:00〜12:30(9:30から各だんじりが分かれて神社に参拝)
        13:00〜17:00(町内曳行)
        19:00〜22:00(灯入れ曳行)

[会場]
        南海電車岸和田駅・蛸地蔵駅下車 歩いて30分くらいのエリア一帯

  道端に立って、また、歩き回って。いろいろな角度からどうぞ。なお、有料の観覧席
  があり、やりまわしを観覧するのには絶好のポイントですが、少々高くつきます。

[アドバイス]
なんと言っても第一にあげれるのが、「祭をやっている人にとってはホントに命懸けの祭である」ということ、これに尽きます。
今年も2件ほどの事故があったようです。会場では、運営されている年番の方の指示には絶対に従いましょう。たとえそれが
「自分の後ろに観客が100人いる状態であと5歩後ろに下がれ」と言われたとしても、下がるべきです。
年番の方たちは、誰よりも観客の安全を考えておられることがよく分かりました。
 また、これらの方が暇な時間帯には、いろいろ分からないことを教えて貰う、質問してみるのもいいかもしれません。
見かけははっきり言って迫力があります【抑制表現】が、みな気さくな方たちで、親切です。大人のお祭だと感じました。

あと、お手洗いですが、駅周辺や、会場周辺のコンビニなどは大渋滞となっていました。「だんじり会館」そばのトイレは、
歩いて5分ほどの距離にありながら、からっぽでしかも手入れされているため、お勧めかと思います。




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