初めての稽古   



 

 「月見の茶会」に招いて頂いたものの、僕にとってまだまだ「茶を習う」と言うこと自体は、非常に
縁遠いことのように思われました。その最大の理由は「時間のなさ」です。当時まだ「週休一日」
だった僕にとって、自宅の甲子園から京都下鴨までは、車(高速に乗って)で1時間半、電車だと
片道2時間半掛かるという、文字通り「東京とどっちや」の場所であり、そこに通うと言うことは
「休みを全部(家のことはなんもせずに)それに使う」事を意味していました。幾らなんでもそれは
無理・・・・ と言って、別の先生に就くこともあまり乗り気がしなかった丁度その頃です。

 まず、仕事の方で、休みが「週休二日」となりました。そして、「僕が行きたがっている」と聞いた
先生が、それまで稽古日になっていなかった土曜日にも、「よければお越し」と言って下さり、
教えていただけると言う話を聞き、僕の決心も固まりました。

 商社の情報処理セクションで7年勤務し、「毎日CRT眺めて暮らす」生活でしたので、きっと
「お茶の世界には、それとは全然違った何かがある」と、思っていたのだと思います。
(いや、むしろ、最近(これを書いている今)、またそう思うようになりましたが・・・・)

 年が明けて、立春の頃だったと思いますが、初めて稽古で下鴨まで出かけました。


先生によって、いろいろな点前から始めることとは思いますが、僕の場合(いや、「こちら」の場合、
が正しいでしょう)、最初に教えていただいたのは、「お盆点て」でした。運びも何もない、ただ
「丸いお盆と茶わん、茶筅」だけの点前です。

 横に座った先生の所作を見ながら、後をついてゆくわけですが・・・・

 「なんて、無駄な動きがない世界なんだろう」

 一回目のお稽古が終わる頃、実感していたのはこのことでした。 お盆の上に並べた道具が、
お茶を点てた後、綺麗に元の場所に収まり、身につけた袱紗も、初めとおなじ所に収まる。

 自分でしてみないとわからないことが、やってみてわかる。
 頭の中で、知識としてしか知らなかったことを、自分の手の中で記憶する。

仕事で使うのとは違った「頭の領域を使う」経験を、久しぶりに持って、「興奮」したのかも
しれません。でも、その分を割り引いてみても、「お茶の世界」は、僕の想像とはかなり
違う世界のように思われました。


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