お庭のことなど



 

 何回か、お稽古に通ってみるまで気が付かなかった事の一つに、先生のお宅(玄路庵)の「お庭」の
見事さ、があります。

 「月見の茶会」のおりには暗くてよく見えなかったお庭でしたが、昼間伺うと、門から母屋に伝う
飛び石の路地も、蹲(つくばい)周りの景色も、印象が違いました。寒い時期でしたが、お庭に多くの
椿が咲いているのが見えます。 紅・白・朱色・・・・   地植えの、それこそ木全部が花に包まれた
ような椿の木立にはメジロが遊びにきており、また、福寿草の黄色がアクセントをなしています。
春もたけなわになる頃。視線を膝より下に移すと、そこは僕が名も知らない花で埋めつくされます。
花の一番多かった初夏。そして夏、秋までの間、その景色は、花の種類こそ違え変わることが
ありませんでした。

 稽古に通いはじめた頃は、先生もまだまだお達者で、よく庭の手入れをして居られました。
晩秋のある日、 いつものように門をくぐると、先生が庭の隅に屈んで、なにやらしておられます。

 「こんにちわ」
 「おぉ、よぉお越さはったな。あがってご自分で一服して、準備しといてね」
 「なにされてるんですか?」
 「昨日庭を箒で掃いたんで、落ち葉の残りをひらってるの」

   先生の手元を見て、絶句。 右手には大工道具の「錐(キリ)」が握られていました。

 「そ、それで、全部ひらいはるんですか?」
 「そう、これが一番便利よ」

  ・・・ そういう問題じゃないというか ・・・ お庭は、テニスコート2面はとれる広さでしたから。

 せっせと落ち葉拾いを続ける先生の左手には、既に満杯のちり取りが握られていて、その周辺には
文字通り「塵一つ落ちていない」お庭が広がっていました。春夏秋冬、一年中花の絶えることのない
お庭は、こうして維持管理されていたのです。


 二年目の春だったと思うのですが、先生に無心をしました。玄路庵に来る途中の、門の前で
目についた「菫」を掘り上げて、持ち帰ってもいいでしょうか、と言うお願いです。
先生はなにやら面白そうに僕が喋るのを聞いて居られましたが、僕が言い終わると同時に破顔一笑、
あんなんでよろしかったら幾らでも持ってお帰り、と言われました。そして、その翌週から、「稽古前の
お庭の見廻り」が始まったのです。

 「見廻り」と書きましたが、要は先生の後ろにくっついてお庭を歩き、雑草を曳き、肥料を遣る。
力仕事の手伝いだと、そう思っていました。ところが・・・どうも様子が違う。
 お庭には、多くの山野草が育っていましたが、群落になっている所に来ると先生は立ち止まります。
「今日はお車でしたか?」と、まず尋ね、そうですと答えると必ず、次のように言われます。

 「これは蛍袋。抜いてごらん。それだけ根が付いてたらじきにつきます」
 「これが二輪草。ちょっと掘らなあきません。スコップありましたやろ? とっておいで」
 「蹲の後ろの所に椿がいてましたやろ?そぅそぅ。背が30cm位の。あれ持っておかえり。」
 「これは唐糸草。お花は葉っぱで名前を憶えるんです。おうちのところにはもう行ってましたか?」

 お庭を一廻りする頃にはいつも、数種類の花の苗やら根っこやらを手にして水屋口に戻り、稽古が
終わって辞去するときに、濡れ新聞紙にくるんだ苗を持ち帰る。苗は、翌日、日曜日中には新しい鉢で
我が家のベランダの一員になる。 一年の間で、ベランダは足の踏み場もないようになりました。
 「菫を無心するような」門弟に、お茶花の基礎を教えようとして下さったのでしょう。

 ただ、未だに、どうしても解せないこともあるのです。
「花が好きだと言ってもいない僕」が、どうして「花好き」だとわかったのでしょう?

  

     今となっては、それはどうでも良いことだ、とも思っています。


 「玄路庵のお庭の花」が、今年も、我が家のベランダで花をつけていますから。




 


topページに戻る][お茶ページに戻る