まいまい出産日記
(1)破水した!!
[3月24日 15:00-17:00]
午前中の検診を終えて、 午後は少し休もうとソフロロジーを聞きながら横になっていたら急に破水した。お祭りで売っているヨーヨーを針みたいな尖ったもので 「パチン」と割ったような感じで、たくさんの水みたいなさらさらした透明な液体がでた。
慌てて、いきつけの病院に行く。 病院についたら、まず尿検査をする。次に院長先生から陣痛室のベッドで子宮口が開くまで過ごすということ、破水をしたら48時間以内に 出産をしないと外からのばい菌が子宮内に侵入して感染症を起こす恐れがあるので、期限付きの出産である ことを説明された。その時点では子宮口は1.5ミリしか開いてなかったので48時間以内に出産できるか とても心配だった。
(2)妊娠中毒症!!
[3月24日 17:00-24:00]
尿検査の結果はタンパク尿で、血圧も基準値を上回る値だったので妊娠中毒症であることを 告げられた。「妊娠中毒症の場合は何がおこるかわからないので覚悟していて欲しい」と院長先生にいわれた。 明らかに「出産で何かあった場合は妊娠中毒症だったので医者のせいではない、仕方がないのですよ」と 言っているようだった。更に昨日の妊婦も妊娠中毒症で途中で意識を失い、大きい病院に運ばれて出産した ことを私に話した。これから出産するというのにそんなに患者を脅してどうするの?という感じだった。 更に、看護婦からは早めに大きい病院に移った方がいい、とも言われたが初めての出産でそんなことを 言われてもよくわからず、ただうなずくだけだった。
ちょっと病院の対応には疑問があったが、その夜 陣痛室で過ごした。
(3)強い陣痛が来ない!!
[3月25日 0:00-19:00]
一晩中陣痛に耐えたその甲斐あってか、次の日の午後2時に子宮口がほぼ全開に近付い たので分娩室に入った。
ところが、強い陣痛がこなくて、なかなか産まれない。陣痛促進剤を使いたいのだが妊娠中毒症ということで 少量しか飲めない。そんなこんなで分娩室に入って2時間3時間と過ぎていき、お腹がすいては体力が もたないからといって、おにぎりを無理矢理口につめこまれたりなにがなんだかわからない時間を5時間くらい 過ごしていた。(今考えるとすさまじい光景だった気がする)
そこへその病院の理事長(よぼよぼのおじいさんで院長先生のお父様)が来て、院長先生に「お前は学会があるから 学会の方に行きなさい。陣痛がくれば産まれるんだから」と言った。 院長先生が「患者の方が大切ですか行きません」と言うと「勝手にしなさい」と言ってどこかに 行ってしまった。陣痛がくれば産まれるのはあたりまえ!!でもその陣痛がこないから産まれないんだよ!! 全くの他人事として扱われた私は少し頭にきたけど、まずはまいまいを産むのが先決。とりあえず 患者が大切と言ってくれた院長先生の指事に従って少し体を休ませることにした。 そこで改めて血圧をはかったらびっくりするくらいの高い値。 寒気もしてきて熱があがってきた。この病院では出産できないと先生は判断して大きな病院に救急車で 運ばれることになった。そんな状況でもまいまいはすごく元気だったらしい。
(4)帝王切開!!
[3月25日19:00-24:00]
大きな病院に着き、私は病院の入り口からたくさんのドアを通った。 手術室らしいところに着いたがさらにまた奥のドアを抜ける。このまま行くと病院の裏口にでてしまうのでは ないかというくらい奥へ奥へと運ばれた。 やっと手術室らしいところに着いたが、隣には私と同じ担架に乗っている妊婦がいた。 後からその人本人に聞いたのだが、私の手術の方が優先されて、その人の帝王切開の手術が後回しになったとのこと。 私の手術が夜の10時くらいだったので、その人の出産は当然日付けが変わり、赤ちゃんの誕生日も 一日ずれた。出産って何が起こるかわからないと初めて知った。
手術室らしきところで隣の妊婦が別室に運ばれた後、先生が胎児の状態をみにきた。 どうやら胎児は変な回転をしてしまったらしく頭が出にくい状態にあり、それで出産ができなかった ことがわかり、急きょ帝王切開をすることになった。帝王切開という言葉を聞いた時、私は少し恐かったが、 「結局帝王切開なら、頑張って逆子体操することなかったんだ」とのんきなことも考えたりした。
その後、事務的に手術の手続きを済ませ、麻酔科の先生が酸素マスクみたいなものを私の口に当てながら 「息を吸って」と言うのと同時に私は息を吸った。そこから記憶がなくなった。
(5)いつ産まれたの?
[3月26日?時]
目が覚めると、目の前にパパがいた。私は個室にいて関係者以外立ち入り禁止状態だったらしい。 体には点滴や尿の管がたくさん付けられていて、操り人形状態。 腰か子宮か帝王切開の傷口かどこかわからないけどじわじわと痛んできた。
産まれたまいまいのことなんか一瞬思い浮かばなかったが、次の瞬間、パパにまいまいはどこにいるか 聞いた。
するとパパは、既にまいまいを抱っこしたこと、まいまいは元気でおめめがスゴく大きくて 新生児室に寝ていることを話してくれた。 まいまいが手術室から出てきて数時間してから私が出てきたことも教えてくれた。全身麻酔で眠っていた私は いつまいまいが産まれたかわからず、しかもまだ抱っこもできない。 全身麻酔の帝王切開で、出産時の痛みは経験しないで済んだけど、出産する瞬間の感動を味わうことができなかった。 私は、出産するのも初めてで、お腹を切られたのも初めて、体にたくさんの管をつけられたのも初めて、 当然入院するのも初めて。初めてづくしの入院生活が始まった。
(6)まいまいとご対面
[3月27日]
病室でまいまいと対面。 すごく元気。目が大きくて、二重だ。
生まれた時から二重の赤ちゃんっているんだ。
初乳を飲ませた。
看護婦さんが私のお腹の上にまいまいを置いたらまいまいは私のおっぱいを 探して飲んだ。生まれたばかりで目が見えないのにちゃんとおっぱいを探し当てるなんて、かわいい!!
私はまいまいにメロメロでした。
4時間おきに看護婦さんがまいまいを病室まで連れてきてくれて 母乳をあげることになった。
次に私の食事。初めての流動食。まだ体が思うように動かないので食べさせてもらうが、 食事という気がしなかった。
夜の母乳は私の調子が悪くてあげられなかった。
(7)私の顔ムクんでる!?
[3月28日]
初めて自分の手をじっくり見た。なんかムクんでて、ひとまわり大きくなってる。 いつもは血管の青い筋が見えるのに全然見えずにふっくらと女性らしい手になっていた。
パパに聞いたら、顔もかなりムクんでるらしい。お見舞いに来た人たちもびっくりしていた。
このまま治らなかったらどうしよう。足を見たら2倍になっていた。
(8)まいまいは元気なのに・・・
[3月31日]
まいまいの黄疸の検査の結果は異常なし。
生まれてから数日くらいで少し体重が減るらしいけど、 母乳もミルクも飲んで順調。
なのに、私は妊娠中毒症の後遺症で、ムクんでる、夕方熱がでる、 血圧は下がらない、で、初めての入院生活にイライラがつのるばかり。
いつになったら元気になるのだろうとか、このまま血圧が下がらなかったらどうしようとか 色々考えてしまい、情緒不安定になり、大泣きしてしまった。
健康であるということがどんなに恵まれているか、初めて実感した。
今までの不摂生の生活を反省!!
(9)看護婦さんは疲れてる?
[4月4日]
私を担当してくれる30歳くらいの看護婦さんは忙しいそうで、担当の挨拶に来た日以降顔を見せない。<
その間は何人かの若い看護婦さんがお世話してくれた。
やっと担当の看護婦がきたと思ったら、 「子供を産むとお姑さんがあーしなさい、こーしなさいと育児に色々と口出ししてくるのよ」と 話し出す。
さらに「育児の合間に育児を手伝ってくれないダンナの食事の支度をしなければならないし」 と話は続く。
自分のグチを患者に話して発散してるのかい?
もう1人の30歳くらいの独身看護婦さんはさっぱりしている性格だが、自分達の仕事をできるだけ少なくしよう という態度が見栄見えで、新米ママの育児に対する不安な気持ちをくんでくれなかった。
自分の仕事や私生活が大変みたいで、看護婦さんは疲れているんだなと感じた。
しかし、ベテランの看護婦さんは気持ちに余裕があるみたいで色んな雑談をしてくれて、和ませてくれる。
(10)やっと退院
[4月9日]
今日、退院許可がでた!!明日退院できる。 長いようで短い入院生活だった。まいまいは元気だったんだけど、私の身体の回復を待っての退院だった。
普通分娩だったら5日から1週間で退院できたのに。
でも、普通分娩の人が退院する時に[「5日で退院するのは家に帰ってからの育児が不安だ」と言っていた。
病院にいる頃は育児のわからないことはすぐに看護婦さんに聞けたけど、家に帰ったらすぐに聞ける人が いないということだった。
そうか、そういうことを考えると長く入院した私はいろんなことが聞けたのでラッキーだったかもしれない。