
複雑な社会機構をもつ現代に生きる我々は、いろいろな悩みを持っています。 そんな悩み多き人たちに何をしてあげられるでしょうか? 簡単に分けて次の3つが考えられます。
まずは直接的な援助です。 お金のない人には貸してあげればよいし、失業中の人には就職を斡旋してあげればよいでしょう。
2つ目は助言(アドバイス)や忠告と呼ばれるものです。 仕事が思うようにいかない社員に上司が助言を与えることがこれに当たります。
3つ目は環境に対する働きかけです。 いじめが原因で不登校に陥った小学生に対して、転校の措置を取ることが該当します。
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よく考えてみるとが、友人、兄弟、親、同僚に対して、我々はこれら3つのことを、日常生活の中で ”してあげて” いるし、また ”してもらって” います。 それではこれら3つで完全に悩みは解決できているでしょうか。 答えは ”No!” です。
上の3つで解決できる悩みというのは、比較的単純あるいは表面的なものなのです。 そこで、込み入った悩みに対処する手段がカウンセリングなのです。 カウンセリングはどんなことをするのでしょうか? 実は、上の3つに比べると何もしないといった方がよいでしょう。 することといえば、黙って「傾聴」することでしょうか。耳を傾けて聴きます。 意外に思われるかもしれませんが、これこそがカウンセリングの本質です。 それでは傾聴してどうしようというのでしょうか? それは気づき、あるいは自己洞察 を待つのです。 これは自分自身の主体的な努力によって、自分の可能性を発展させていき、問題解決の道を探っていくという点にポイントがあります。
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カウンセリングに関連してもう一つ指摘しておきます。 誰しも悩みを持っていると、誰かにそれを話し、聴いてもらいたい、そしてわかってもらいたいと思います。 自分の悩みを言葉で表すこと(言語化という)の目的は、相手に自分の悩みをわかってもらうことだと考える人が多いのではないでしょうか? 実はそうではありません。 言語化の本当の目的は、話し手自身が自分の悩みを整理し、解決への糸口を見出すことです。 カウンセリングの基本は傾聴だといいましたが、まさにこのような前提があります。 しかし、日常生活に於いては、相談を受けた相手は必ずといってよいほど、冒頭に述べたような3つの手段を使おうとします。 したがって、カウンセリングが日常生活の場では無理で、特別な「場」を設定し、特別な「人(心理学の勉強をした人など)」 によって行う必要があります。
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参考図書: 河合隼雄著 カウンセリングの実際問題 誠信書房